10.帰路

 王都に向かう街道。

 そこはめったに使われない道であった。

 その道を帝国との国境付近まで整備させて、馬車でも普通に進むことが出来る様になったのは、数年前に終焉しゅうえんしたと思われる魔王軍との戦いに他ならない。

 戦争による副産物。

 必要になってからするのでは、勿体無い。

 必要であろうと予測し、それを時機タイミングを見て利用する。

 これからの人にはそういう『先見』を持って貰いたいものだ。


 数頭の馬に引かせた馬車の中で、彼女は、『戦争』という言葉ワードから思考をひろげていた。

 車輪は四つ。箱形の馬車でコーチと言われるタイプだ。

 前輪と後輪は別連結で、街道から来る衝撃を緩和する、板バネのような物が後輪の軸の辺りに。

 前輪にはコイル状の様な物が取り付けられていた。

 馬車の衝撃緩和の機構もそうだ。『智の勇者』の知識の公開によって、いの一番に物好きなおっさんが制作に取り掛かった。

 公には王国の中央のなんたらさんがであるのだが、非公式ではミカゲおっさんの作ったこのタイプが一番初めで、出回っているどの馬車よりも、には性能は一番だろう。

 ちなみにコーチという馬車は基本4頭引きの大型馬車であるのだが、それ以下の数頭でも引ける特別なタイプで、元々を、馬が引くタイプに改造しているだけで、馬が引くならの種類と言う事だ。


 その馬車の中、ルラースのマントの様に『青』を基調とした長めのスカートのワンピースを着た黒髪の女性。

 瑞々しく張りのある肌。

 しかし、若いだけでない、只者で無いオーラを放つ彼女。

 そして柔らかそうなクッションの座席に座り、足を組んで座っている。

 スカートの前の辺りに長めのスリットがあり、そこから組んだ足が覗き、その白さを強調していた。

 彼女の座席の横に置かれたいかつい分厚い本と、その上に置かれたつばの広い帽子。

 立て掛けている長い杖。

 長い黒髪に頬と胸元を隠し、その髪を口に咥えたり指で遊んでいる。

 外を見る瞳は片眼が赤、もう片方は澄んだ薄い青色をしていた。

 その向かいの席には、ルラースと同じ青のマントを付け、「正装」した騎士が一人、緊張した面持ちで正しく座っていた。


「そこまで緊張せずとも、この子は噛み突いたりはせぬぞ。」

 女性が緊張した騎士に何回目かのその言葉を言う。


 騎士と彼女の間には灰色のクッションがあった。

 いや、正確にはそのクッションは生きていて、騎士の顔を時折見つめていた。

 かなりでかい、大の大人が寝ても少し余裕のある車内だが、その殆どをこの灰色の狼は占拠していた。

 彼女の使い魔の狼だ。

「いえ、緊張しているわけではないのです・・・。」

 騎士は何度目かのその返答をする。


 大きく窓が有るとはいえ、馬車の中に男女二人と使い魔。それも恐ろしく美人で、髪を遊ばせて居る仕草など、単的に言うなら妖艶エロティックだ。

 騎士は心の中で神に祈り、理性を保つので正一杯だった。

「ワシが魅了の魔法チャームでも掛けたら、盛りの付いた犬の様に腰を振ってきそうじゃな。」

 彼女はクスリと笑い、騎士の顔に視線を移す。

 わざとらしく、ゆっくり足を組みなおすが、スリットから覗く白い絹の様な肌の足筋が、見えそうで見えない足の付け根を、灰色の狼の体が絶妙に邪魔で、想像を掻き立てられる。

「ステイシア殿、どうかそれだけは。私には心に誓った婚約者フィアンセがいますので・・・」

「ではこの任が終わったら、婚約者フィアンセも大変だのぉw」

 意地悪な目線を騎士に向けながら、少し前屈みに、胸元を強調させた。

 顔も美形な上に、色白で張りのある胸の谷間。白い肌と綺麗な脚。

 そして、妖艶な色気。

 例えるなら、夢魔サキュバスとその使い魔と同じ部屋に閉じ込められているようなものか・・・。

 暇つぶしとしてステイシアに絡まれ始めたかわいそうな騎士は、交代迄の後数分を必死に耐え続けていた。

 


 馬車の側面には狼の文様。この領地ではよく見かける「銀狼騎士団」の文様だ。

 魔の森に住む神獣の銀狼フェンリルを象ったもので、この領主シデラース領の家紋にもその狼の文様は使われていた。

 彼女は湖の村の守備隊の一人で、定期的な報告で王都に行き、領主に謁見して定期報告をした帰りであった。

 警備など不要というのは誰もが判っている事なのだが、領主の息子の一人も守備隊の一人で、この騎士たちも彼の処に向かうがてらであった。

 馬車の前と後ろに騎馬二体づつ。その後を貨物の馬車が一台。

 殿にも騎馬二体。

 そしてステイシアの遊び相手の計7人。

 騎士の中に女性騎士がおり、殆どはその騎士が相手をする予定だったのだが、

 同姓でさえ緊張してしまう美女と馬車によってしまい、現在いじられてる彼がその代わりだ。

 狼は体を丸めて寛いでいた。騎士を見たり、足でちょっかいを出してくる主人に顔を向けたりしていたが、窓の外を見上げ、紅潮する騎士を弄る主人に顔を向ける。

「ナニか来るぞ。」と狼の口から言葉が漏れる。

「大丈夫じゃ、索敵の魔法にはかなり前からかかっておる。野盗か何かかのぉ。もう少ししたら矢が飛んでくるからとりあえず馬車を停めてくれぬか。」

 ステイシアは杖を持ち帽子をかぶり、立ちながら騎士に言う。

 馬車が止まり、騎馬に乗った騎士たちも緊張が走る。

「貨物の馬車も近くに、矢除けの魔法を使う。」 

 馬車からステイシアは出て来て、手に持った杖で地面を二回たたく。

 荷馬車がステイシアの乗っていた馬車の横に着く。

 カツンと音がして馬車や身構える騎士達の近くに矢が転がる。

 数本飛来した矢も同じように見えない何かにカツンと当たり、地面に転がる。

 道の横の林から、道の後ろ、前からと、馬に乗った者や手に手に獲物を構えた

 男たちが周りを囲む。

「荷物と女を置いて行け。」

 一際体格も良く、使い込まれた斧を持ち、獣の皮を服のようにした髭面の男が声を放つ。

 「こっ・・・!」

 騎士の一人が、この馬車の一団をと高らかに言おうとする口元に、いつの間にか近くに来ていたステイシアの杖と、顔が寄る。

 野党の視線が突如ステイシアに集中する。

「夢魔か?かなりの上玉だな。」

「夢魔とは。それは誉め言葉かの?大した精力も無さそうじゃし、気にも止まらなかったわ。」

「気の強い女だな。きらいじゃねぇ、一晩中まわしつづけてや「むりじゃ。」」

 野盗の話しにかぶせるようにステイシア。

「どれもこれも、わしの中に挿入はいっった瞬間萎えそうなやつらばかりじゃ。全員相手をしても一晩もかからんぞ。

 わしのそばにおる騎士殿の方が、尽くしてくれそうじゃ。」

 口元からぺろりと舌を出し、舌なめずりするステイシア。

 罵倒されているのだが、その言葉に想像と妄想を働かせ、つばを飲み込む野盗と男の騎士達。

 女騎士は時と場が違えば、相手によっては言ってみたい!とその言葉に痺れている。


「お、女以外はこごっ!!」

 斧を持った野盗が声を出した瞬間、大きな灰色の塊が覆いかぶさり、

 その喉元と肩から赤い血しぶきが上がる。

 狼の口から、さっきまで斧の男の、肩と喉口周りの部分が吐き出される。

「ステイシア、どうする?皆、噛み砕くか?」

 灰色の狼はステイシアに指示を仰ぐ。

 野盗のリーダーは瞬殺。回転の速い者どもはすぐさま逃走準備に入る。

「動けぬぞ。」

 ステイシアの声が不自然に周りに響く。

 野盗達は逃げようにも、足が縫い付けられたように動けなくなってることに気づく。

 馬に乗っていた野盗達も、馬からぼとぼととおち、呻いている。

「・・・お主ら、愉しませてくれるのじゃろう?・・・」

 ステイシアの笑みは、使い物にならなくなるまで遊んでよいおもちゃを見つけて、さもうれしそうだった。

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