11.帰路 その荷(弐)

 追跡を終えたイートとフィートは、名も無き森に入る前で、時間的にも抜けるか野営するか判断に迷っていた。


 時間もすでに日が沈みそうな頃合いだ。

 ヴィート達とゴブリン達の後方から殲滅おかたづけしているときに、逃走する大きなゴブリンの音をイートが察知し、ヴィートの指示で後を追っていたのだ。

 援軍などの二次的戦力の確認や、そうでなければ時期を見て掃討、駆除するためだ。

 村からの距離にしても拠点が近くにあるようなら、冒険者に任せるより自分達で叩けばいいと判断しての追跡だった。

 自警団一の早足と聞き耳ならば、その任も然程苦ではない。

野兎ごはんは有るけど、こうも障害物がないと、泊まって野営するより、移動したほうがいいかもね。」

 イートが提案する。

「その辺はお前の方がしっかりしてるから任せるよ。」

 とフィート。

 体力も気力もそれほどきつくはない。

 しかし、名も無き森の周辺は、魔の森程驚異はないが、夜になればまた様相も変わる。

 警戒しながらの森は少し精神的にもきつい。

 見晴らしのいい小高い起伏の、少し岩のある所に移動して、野兎をごはんにしようと準備をする。

 しっかり食べれる時に食べて、少し遠回りだが、森を迂回するように「草の門」に行こうというのが二人(ほぼイートの)案だった。

 近くの手頃の岩を幾つか円形で並べ、簡易的なかまどを準備する。

 クックリで器用に、少しその中心に穴を掘る。

「丸焼きにするにしても、調味料は欲しいところだな。」

 準備に集中する二人の近くで声がする。

 二人は声の主を知っているので、顔をむける。

「ルードさん!」

 イートが珍しく高い声を上げる。

 大櫓にいた、顔に傷のある痩身の男である。

 イートの耳にも聞き取ることのできない歩行や、身のこなしは、

 彼がイート以上のそういった技能の上級者で有るに他ならない。

 イートは尊敬する上司の一人に笑顔だ。

 フィートはお腹が空いているのか少し不機嫌そうだ。

「報告は帰ってからヴィートに詳しく伝えてくれ。

 帝国側からお客さんが来た。明日か明後日には一悶着有りそうだから、

 食事を済ませたらゆっくりでいいので村に戻ってくれ。」

 いつの間にか連れて来ていた馬を一頭、二人の処に引いてくる。

「ルードさん、野兎有りますのでどうですか?」

「いただきたいところだが、団長から他にも頼まれていてね、

 すまんが村に帰ってきてから、ゆっくり頂こう。」

 ルードは腰に同じように野兎をくくり付けていた。

「香辛料と塩で固めておくよ。」

 ルードは馬の鞍に括り付けたリュックをイートに渡す。

 中には調理器具や調味料、パンや飲み水、果実酒も入っていた。

「ではまた後でな。」

 そういいながらルードの姿が、じんわりと滲んで消えた。


「とりあえず、飯食おうぜ。」

 空腹のフィートは気が荒い。

 イートはさっそくルードから渡されたリュックの調理器具を確認し、

 調理に移る。

 フィートはその辺に落ちてる小枝で、竈の中に枠を作る様に積み立てる。

 枯草を少しその中に。

 その上に、フィートから渡された黒い木を何本か置く。

 フィートが何かつぶやくと、枯草が燃え始め、周りの木の枝に移る。

 クックリを団扇のようにあおいでいると、黒い木が一気に火に包まれて、

 その後じんわりと赤みを帯びていく。

 イートは腰に吊るした野兎の一匹を皮と身にけていく。

 そして、その身を一口大にして、調味料をまぶし、串に刺す。

 コップに水と、少し酒をいれてフィートに渡す。

「とりあえずそれを焼いて食べてて。」

 一口大の兎の肉串を、出来次第フィートに渡していく。

 クックリの刃の上には串焼きが何本か積み重なった。

 イートは、さらに野兎の身を、今度は内臓の肝臓と心臓の部分を酒で少しつけ洗いして、水と酒で煮始める。

 フィートの串の壁の横に鍋を突っ込む形だ。

 リュックの中にあった乾燥野菜も、まとめて突っ込んで汁物を作るようだ。

 ウサギと酒と野菜の香りが、鼻孔を刺激して食欲を誘う。

 パンを薄く切ってフィートに渡そうとするが、逆に、口元に焼けた串をフィートから差し出され、そのままかぶりつく。

 いい塩梅で油分の少ない兎の肉に、調味料が利いている。

 村ならお米とその後麦酒がいいなぁ・・・

 イートはそう思いながら口を動かす。

 ある程度口の中が留守になると、調理で手が出せないイートの口元に、フィートの飲んでいた水で薄めたワイン(さっきイートの入れたものよりワイン多め)が入ったコップが出てくる。

「馬自分が引くからだめだよぉ。」

 イートは言うがフィートはさげない。

 もぅというかんじで少し口をつける。

 煮て、灰汁あくの取った兎の酒煮スープを小鍋に移す。

 そこに、袋から発酵臭のする調味料を鍋に入れ、かき混ぜる。

 途端に香りが増し、イートは少しスプーンでかき混ぜたスープを味見する。

 もちろん、もう一回すくってフィートの口に持っていく。

 さらに余った肝臓は新たにさばいた肝臓と一緒に、小さいフライパンに投げ入れられていく。

 調味料で少し炒め、叩くように炒っていく。併せて追加で捌いた兎の足を、下味をつけて丸焼きだ。

 焼け崩れたレバーを、切ったパンの上にのせ、かぶりつく。

 本来ならしっかり下処理して、フィートやケットも好きな、レバーパテにしたいところだが、まぁ、レバー炒めでパンと腿にかぶりつく。

 野営で姿焼きでもと考えてたら、うれしい支援物資で、いい食事を摂る事ができた。

「フィート、あまり飲みすぎちゃだめだよ。」

「俺が悪いんじゃない。アテがうますぎるから奨む。」

 フィートもパンの上に、炒めたレバーをのせてかぶりつきながら、酒の入った袋そのまま口をつけている。

 スープにもすでにひたされたパンと、焼けた櫛が何本か刺さっていた。

 ひとしきり食べた後、イートは残りの野ウサギを捌き、下処理していく。

 かえって仕込もうとしたが、ある程度道具もあるし、良いだろう。

 毛皮は帰ってなめせばいいか。ということで肉だけ、使える内臓と

 食べる肉にわけ、他の物はかまどの近くへ。

 匂いを嗅ぎつけた獣たちが処理してくれるし、魔素の多いこの地ではすぐに吸収され、風化してしまうからだ。

 リュックにパンパンになったを馬に括り付ける。

 いい加減飲んだフィートがすでに横たわっている。

「さぁ、帰るよ、フィート。」

 馬も草を食んでいたが、そろそろ行くかなと顔をあげる。

 イートから少し手桶で水を飲ませてもらう。

「村までよろしくね。」

 馬の鼻面を何度か撫で、機嫌を取る。

 フィートに肩を貸して先に馬に乗せる。

 一応意識はあるのか、座ってはいる。

 フィートが力なく手を伸ばす。

 一応上に引き上げてくれようとしているようだ。

 イートの後ろにフィート、そして括り付けたリュックが背もたれ代わりになってフィートを支えている。

 フィートが後ろから、腰に手を回してくる。

 落ちないようにしようとしていたイートにとってはありがたい。

 だが、フィートは、イートの革の装備と下に着ている服の間に手を滑り込ませてくる。

 「ちょ、フィート!」

 もぞもぞと、フィートの手はイートの体の上に入っていく。

 皮鎧も体に合わせて締めてフィットすることもできるのだが、

 いつの間にか緩められて、フィートの手の進行を許してしまっていた。

 フィートの両手が、イートの胸元の何かを捉え、指先でゆっくり転がす。

 「んっ!」

 手綱を持つイートは少し体をビクつかせる。

 馬はその動きを勘違いしてか、気を利かせてか、動き出す。

 イートに体を預け、無意識に、イートの小ぶりの胸を揉みしだく、やりたい放題のフィート。

 仕方なく・・・嫌ではないが、責め苦に耐えながら手綱を握るイートに、ゆっくりと歩調を合わせて歩く馬が、村へと続く道に向かって歩き出していた。

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