14.邪獣(ジェヴォーダンの獣)

 カラーデルは流れ矢が当たらぬよう距離を取っていた。

 所謂いわゆる、『高見の見物』だ。

 戦闘が終わって、疲弊した半妖魔戦団ティタ達も始末できるを抱えてだ。

 しかし、檻の中に入れていたシデレラの咆哮で途端に凶暴になる。

 檻から出せと言わんばかりに、禍々しい唸り声をあげている。

 妖しい杖を持つ男が連れてきた大型魔獣。

 大人の牛の何十倍もの大きさで、見た目はハイエナに似ている。

 広い胸部を持ち、長く曲がりくねった尻尾は、ライオンの様な毛皮の房で先端まで覆われていた。

 そして、小さく真っ直ぐな耳と巨大な犬歯がはみ出ている、筋骨隆々とした四肢には全身が赤い毛で覆われ、特筆すべきは黒い縞が背中の長さ分あった。

「さわがしい、ぎょさぬか!」

 カラーデルが魔獣をなだめるように、檻の近くに立っている獣使いに指示を出す。

 だが一向に従う気のない魔獣は体を檻に当て、檻の囲いから飛び出してきた。

 散開するカラーデルの部下達。

 先程まで周囲を守っていた兵士達も、命をしてまでもカラーデルを守る気は居らず、我先にと逃走している。


 途端に、カラーデルを含む、周り一帯の大地が黒く滲むように染まっていく。

 大櫓辺りから長い筒それで見れば、巨大な黒い文様の魔方陣の円。

 しかし近場で見れば沼のような禍々しい瘴気を放つ大地のようだ。

 大型魔獣は周りを警戒する。

 彼の発したものでは無いようだ。

 「ひっ!」

 カラーデルはその黒い沼に四肢を捕らわれ、沼から伸びてきた何かを見て声をあげる。

 彼の視界に飛び込んできたものは、片腕と喉の辺りの部分の掛けた、眼球もえぐれた、干からびた死体。

 つい先日までは威勢のいい、だ。

 他にも腐敗した人間だった物が、意思が有るわけでもなく生者カラーデル達を掴み、

 引き擦り始めた。

 あたり一帯はさながら地獄の様相。

 大型魔獣の周りにいた生者カラーデルととりまき達がほぼ沼地に吸い込まれると、黒い沼は大型魔獣の足元に吸い込まれるようにして、消えた。


「ヴィート、お前はティタそいつ一騎打ちタイマンするといい。」

 ルマリアを抱えたミカゲは決め顔でヴィートに言う。

「お前の実力を見せる時だ。俺はあっちの大型魔獣おきゃくさまの所に行ってくるとしよう。」

団長おやじ!それはねぇよ!!ティタの姉貴担いであからさまに、『お前のネイサンを助けたければ掛かって来るがいい』ってパターンでティタとさっきまでやろうとしてただろう?!」

「いや、ティタこいつの姉とか知らなかったぞ。ただあそこに置いとくのは嫌だったから担いで来ただけだ。」

「待て、なぜ姉上を呼び捨てにする、聞き捨てならんぞ!!!」

「おw、ティタ、団長おやじとやるなら俺が大型魔獣あっちに・・・」


 三者三葉コントがわーぎゃー言っている間に、走竜シデレラを目視し、確認した大型魔獣おきゃくさまがこちらに向かって動き始めた。

「「「イート!!」」」

 ミカゲの、怒号のような声で周りの空気は震え、コントは終了する。

 中には気を失った兵士が目を覚まし、辺りを見渡すほどだ。

 真っ先に呼ばれたイートの操舵する戦車がミカゲの元に。

「ルマリアを頼む。」

 ミカゲはルマリアを渡す。

 ルマリアも先ほどのミカゲの声で体をピクリとさせ、若干意識を回復していたようだが、まだ現状を理解していない。

 ミカゲが肩から降ろそうとすると、ミカゲに手を伸ばすが、そのままゆっくりとまた眠る様にイートに体を預けるように倒れた。

 パーチやスチュアートは戦車から降り、ティタの部下兵士達殿しんがりに着き、ルラースの陣の方向に促し始める。

 もうすぐここに来るであろうお客さんをもてなすための配慮だ。

 イートの代わりにケットが手綱を持ち、戦車がゆっくりと陣に向かい始める。

「「「フィート!大型魔獣やつはシデレラ狙いだ。ルラースのまで行け!!」」」

 フィートは頷いて、シデレラの背に飛び乗って走らせ始める。

 ステイシアは杖で戦車の底板を一回「コン」とたたく。

 途端にシデレラに組付けていた戦車を引く部品が外れていった。

 だが、戦車はそのままバランスを崩すことなく、滲むように現れた灰色の大狼の体に組み付く。

「あれは魔界にも数体しかおらぬ異界の邪獣ジェヴォーダンのけものじゃ。まぁ良くもあんな大型魔獣やっかいなものを。

 まぁ、ミカゲおまえ達なら大丈夫じゃろ。邪魔者の駆除おそうじは済ませたし、愉しませてくれるじゃろ?w」

 ステイシアはミカゲの横に戦車を付け、にたりとわらう。

 ティタは向かってくるジェヴォーダンの獣おきゃくさんよりもステイシアに戦慄を覚えずにはいられない。

ティタおい、士気のない兵士を戦車の向かった先に走らせろ。その間ヴィートとお客さんヤツの相手をする。」

 ミカゲの指示でティタは動ける兵士達に指示する。

 促されるまま丸盾と長槍に行くものと、改めてティタに言われ、負傷した同僚たちを担ぎ移動していく。

 さっきのミカゲので意識を取り戻した兵士も多く、皆おぼつかない足取りでヌタ場の向こう側へ。

 次第にヌタ場が、水の抜けた田んぼのように干からびてゆく。

 ステイシアがヌタ場の近くで杖を何回か上下させていた。

 その後何かつぶやくと走り出し、邪獣と肉薄しそうなミカゲとヴィートの後のあたりに杖を向けた。

 ぼわっと走竜の姿が。

 幻術か?実体はないもやのようだが、お客さんにとってはそうは見えず、興味の持った獲物に、うなりをあげて加速してくる。

 避難する兵士達との距離を稼ぎ、ヴィートは持っていたフレイルを、お客さんの目の前に投げつける。

 全く気にすることなく突進。フレイルは見えない何かに弾かれてぐにゃりと曲がる。

「あ、こいつ物理防御スキル持ちだ。」

 ヴィートは気の抜けた声を出しながら腰に装備しているロングソードを抜く。

フレイルの打ち直しあれ給料こづかいから引くからな。」

 ミカゲがそう言うと無手のまま、邪獣おきゃくに加速して近づいていく。

 邪獣は気にせずミカゲを踏みつけようと少し歩幅を広めに、片足の裏で思い切り踏みつけた。

 一転。

 何かにつまずいた様にミカゲを踏んだはずの足が曲がり、背中から大地に叩きつけられてそのまま滑っていった。

 ミカゲは仁王の門構えのように構えていた。

 邪獣の興味が、ミカゲへの憎悪に代わる。

 起き上がり高らかに吠える。

 ミカゲは横に素早く飛びのく。

 咆哮の、大地を削る衝撃は、腕で剣と十字の構えを取ったヴィートを、数メートル後ろに後退させた。


「あちちち!!!」

 足がひざ下まで大地に埋まっている。

「すげぇ!衝撃波並みの咆哮かよ!!」

 ヴィートは足を引っこ抜きながらさもうれしそうに言う。

 ミカゲは腰の刀をゆっくりと抜く。

 中段に構え、邪獣を刀の切っ先越しに見る。

 ビクンと邪獣が肩を反応させ、身構える。

 ヴィートも、半身で走り始めるようにかまえ、腰を落とす。

 何時でも走れそうな構えだ。

「いくぞ。」

「あいよ!」

 邪獣の視界から、完全に二人が消える。

 視覚から嗅覚の探知に切り替える本能的な数秒しゅんかん

 ミカゲは躓かせた前足の腱に、カタナを一閃。

 光の文様が現れるも、まるでガラス細工が壊れるように文様が消え、

 邪獣の足からどす黒い噴水のように飛沫が上がる。

 ヴィートは邪獣のミカゲが切り付けた対角の後ろ足に回り込み、物凄い数の斬撃をあびせる。

 はじめは文様が光り輝いていたが、みるみるその光を失い、先ほどのミカゲの斬撃のように文様は消え去ると、横一閃、邪獣の足を薙ぐ。

 巨体を支えることが途端に出来なくなり、邪獣は横に倒れる。

格好よく鞘にロングソードを収めるヴィート。

 先程大地に埋もれ、すっぽ抜けたサバドンのない足とはずれた脛当てが彼のキメを半減させていた。


「ステイシア」

「なんじゃミカゲ」

 いつの間にか近場で観戦していたステイシアが返事をする。

 片手に持った酒瓶を飲み干し手放すとそれがふっと消え、新たになみなみと入った酒瓶が現れる。

 そしてまた飲み始める。

 灰色の大狼は大きな欠伸をする。全く邪獣に対して、痴女あるじ同様、無関心だ。

 巨体を支える四肢の半分を力を込めることが出来なくなり、うめく邪獣を見ながら、

「・・・こいつ、うまそうだな。」

 と言った。

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