第5話 レイティア

 ムサシマルがそう言いかけた時、二人の女性が店に入ってくる。

 一人は金髪を編み込み、後ろでまとめて小柄な美少女。

 その可愛らしい顔は不機嫌そうに歪んでいる。笑えばものすごく可愛くなるのに……。

 もう一人は金髪の少女より頭一つ背が高い。

 短髪赤毛でこちらは明るい笑顔を見せていた。


「リタ殿! こっちじゃ」


 俺にしたように、二人の女性に手を振るムサシマル。

 二人の女性はムサシマルに気がつき、こちらに近づいて来た。美少女は不機嫌な顔のままで。


「竜ヶ峰清人(りゅうがみねきよと)君と言うそうじゃ」

「りょうがみねきよと?」


 赤毛の女性は俺の名前を呼んだ。


「呼びづらいですよね。キヨと呼んでください」

「ありがとう、キヨ。私はリタ。覚えているか分からないけど、嫁取りの儀の見届け人をしていたのよ」


 リタは笑顔で握手をしながらそう言った。


「こっちが私の親友で、あなたの嫁のレイティアよ」

「ちょっと待って、リタ! あんなの無効よ。だいたい、あの嫁取りの儀の相手は、そこのムサシマルでしょう」


 さっぱりわからない。ムサシマルと金髪美少女レイティアが嫁取りの儀をして、そのレイティアが俺の嫁?


「まあまあ、落ち着くんじゃ。どうやらキヨの記憶が混乱してるらしいぞ」


 ムサシマルは俺が自分と同じ異世界人と言うことは、とりあえず黙っていてくれるらしい。


「すみません。なんか自分が混乱してるみたいで。申し訳ないですが、事の顛末を説明してもらえないでしょうか?」

「え! 大丈夫? 私とぶつかった時、頭打ったからかな?」


 不機嫌そうな顔が、一転心配そうにその金色の瞳で俺の顔をジッと見る。なにこれ可愛い!


「まあ、儂の方から順を追って説明しよう」


 レイティア達の食事が運ばれる間にムサシマルが説明してくれた内容はこうだった。

 ムサシマルがレイティアに嫁取りの儀を挑んでいる時に、空から降ってきた俺がレイティアを横取りしたと。そしてそのまま気絶してしまったので、ムサシマルが宿泊しているこの宿に運び込んだらしい。


「お主も果報者じゃのう。街で一番強い女を嫁取りの儀で手に入れたんじゃから」

「だから、無効だって言って……」


 そこまで言いかけてレイティアが固まる。

 レイティアはムサシマルに向き直す。


「今、なんて言ったの?」

「何って。キヨは果報者じゃのうと……」

「違う! そのあと! 街で一番強いって!」


 軽く酔いが回っているのかムサシマルは上機嫌で言った。


「この街で一人しかいない魔法四つ持ちじゃろ、レイティア殿は。じゃから、街で一番強い女じゃろうて。謙遜する必要ないぞ。儂には動きが鈍化する魔法一つしか使ってなかったが、キヨが割り込まなんだったら、他の魔法も使うつもりだったんじゃろう」

「あちゃ~」


 リタがやっちまった。と言う顔をでグリーンの瞳を閉じる。


「それ、私のお姉ちゃん」


 レイティアが先程までとは全く違う落ち込んだ声でぼそりと言った。


「四つ持ちのこの街最強の剣士アリシア・シアンは私のお姉ちゃん! 私はただの一つ持ち! そうよね。一つ持ちの私に嫁取りの儀を持ちかける人なんているはずないのに、なんで勘違いしちゃったんだろう」


 なんだ、この落ち込みようは? 嫁取りの儀って女性にとって迷惑な風習じゃないのか?


「レイティア」


 リタが恐る恐る、レイティアに声をかけた。

 その時、空気を読まない店員が飲み物を持ってきた。

 注文はリタとムサシマルは酒で俺とレイティアはジュースだった……はず。

 レイティアはリタが注文した酒を奪い取り、一気に飲み干した。唖然とするムサシマルと俺を尻目にレイティアはムサシマルの酒も奪い取り、一気に流し込んだ。


「え!」


 俺が思わず声が出た直後、レイティアはテーブルにぶっ倒れた。


「やっちゃった~。ムサシマルちょっと部屋貸してね。吐いたりはしないはずだから」


 ムサシマルは何も言えず、ただ首を縦に振るだけだった。

 俺たちはなんとも言えない空気のまま、リタが二階から帰って来るのを待っていた。

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