第40話 リー

 俺たちは馬を森の入口に残し、仕掛けていた罠を確認しながら奥へと進んでいった。

 今日は大物を狙う。そうでないと赤字になってしまう。

 何回も森に入って、鹿や猪がいそうな場所の当たりはつけていた。

 いつもより森深くに入らなければいけないが、できれば鹿がいい。

 俺たちは鹿の獣道に丈夫なロープで罠を仕掛ける。

 罠で逃げられなくなった所を弓矢で頭を狙う作戦だ。

 俺は何ヶ所か罠を仕掛ける。その間にムサシマルは鹿を探す。

 罠を仕掛け終わった俺も、クロスボウの準備をした後に鹿を探し始めた。

 少し離れたムサシマルが俺に合図を送ってきた。


 獲物がいた。


 ムサシマルが追い込むからフォローしろと、手で合図を送ってきた。

 俺はクロスボウを持ったまま、位置について合図を送る。

 ムサシマルが追い立てる。俺も鹿が罠方向へ行くように誘導する。


 掛かった!


 俺はクロスボウで鹿の頭を狙おうとするが、鹿は罠から逃れようと暴れて狙いがつけられない。

「プラントコントロール!」


 植物が鹿の足に絡みついた。

 今だ。俺はクロスボウのトリガーを引いた。

 矢が鹿の頭に当たった。二本。

 俺が放った矢とは別の矢もほぼ同時に当たる。

 俺は直ぐに鹿に近づかず、移動しながらクロスボウの矢を準備した。

 倒れた鹿の周りを見ながら周りを警戒する。ムサシマルを探したが俺と同じ考えらしく姿が見えない。

 静かな森の中、鹿が最後の力で暴れる音が聞こえる。

 しかしその音が聞こえなくなるのも時間の問題だった。


「プラントコントロール!」


 鹿がズルズルと引きずられる。あれだけ重い物が簡単には運べないはずだ。

 鹿を見失わないように慎重に移動する。

 大木の陰に鹿が引き込まれて行く。

 俺はクロスボウを構えて木の陰へ飛び出す。


「動くな!」


 小柄な人影に叫んだ。


「お前こそ、動くな」


 小柄の人影はこちらに振り向きながら弓を構えた。

 長く光る髪、切れ長の猫目、そして長い耳。エルフ? 多くは無いが街にもエルフは居る。

 森の聖者と呼ばれるエルフが、森に居る事自体は不思議な事では無い。

 ただし子供が単独で居るのは珍しいはずだ。

 お互いに弓を構えたまま動けない。


「プラントコ……」


 エルフが魔法を唱えかけた時、ムサシマルが後ろから飛び出してエルフの口を手で塞いで短剣を首に突きつけた。


「弓と剣を地面に落とすのじゃ。儂らは子供じゃろうが手加減できんぞ!」


 エルフは素直にこちらの指示に従った。


「悪いが手と口を縛らせてもらうぞ。鹿泥棒」

「泥棒はそっちじゃねえか。オレが仕留めた獲物だぞ!」


 ムサシマルは手を縛り、猿ぐつわをつけようとした。


「師匠ちょっと待ってくれ」


 俺はクロスボウをエルフに向かって構えたまま言った。


「魔法を使おうとすると弓を撃つ。いいか?」

「……わかった。魔法は使わないと約束する」

「泥棒と言ったが、鹿に罠を掛けたのは俺たちだ。あとはトドメを刺すだけだったんだ。そこにお前が魔法をかけたところで、俺がトドメを刺したんだ。獲物は俺たちのものだ」

「いや、オレの弓の方が先に当たった。だからあれはオレの獲物だ! そもそも森の物は全てエルフ族の物だ!」

「俺たちだってこいつを持って帰らないと赤字になるんだよ」


 俺はクロスボウをちらつかせた。


「……頭だけでいいんだ。お願いだ。そうでないと姉さんと……」


 俺とムサシマルは顔を見合わせ、ムサシマルが任せたと言わんばかり目配せしてきた。


「俺はキヨ。お前の名前は? どういう事か説明してくれ」


 エルフは少し考えたあと口を開いた。


「オレの名前はリー。オレの話を聞いてくれるか?」

 

 リーと名乗ったエルフの話はこうだ。

 リーはこの森の奥にあるエルフの里に住んでいるらしい。

 リーの姉は今、街に住んでおり、リーは里を出て姉と住みたいと願っている。

 しかし里の掟で一人前と認められないと街には行けない。


「それで鹿を一人で狩れるぐらいになれば、一人前として認められると思うんだ。狩った証拠があればいいんだ」

「事情はわかったが、ちょっと待っててくれ」


 俺は周りを警戒しているムサシマルに近づいた。


「ただのシスコンって話だが、頭部が無くても俺たちは問題ないよな?」

「ああそうじゃのう。……で、しすこんってなんじゃ?」


 シスコンの説明はサラッとして、首はリーに渡す事で俺たちは同意した。ただし渡す条件として何かあった時、俺たちとエルフ族の橋渡しをリーがすると言う条件付きだ。

 リーの拘束を解き、俺の矢は抜き、同じ場所にリーの矢を刺した。

 そしてリーは鹿の首を切り始めた。

 血が地面に吸い込まれ、半分ほど首が切られた時だった。


「奴らが来る!」

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