第34話 魔法習得の儀

 テントの中は薄暗く、小さなテーブルを挟んで椅子が二つあった。

 背もたれも大きく肘掛けもある椅子とただの丸椅子。

 背もたれのある椅子に座るように促された。

 テーブルの上にはロウソクとお香が置かれている。

 ライセンサーと呼ばれた人はロウソクとお香に火をつけるとテントの入り口を閉めた。


「緊張しなくて結構です。リラックスして下さい。魔法習得の儀は痛みなどございません。逆にとても気持ちのよい気持ちになります」


 なにか聞き覚えがあるフレーズ。でも、どこで聞いた?


「ゆっくりと息を吸って~、吐いて~。ゆっくりと呼吸をして下さい」


 次は火をじっと見つめさせるか。何故か先が読める。


「そのまま。呼吸を止めないで、この火をじっと見つめてください」


 これはアレか。


「ゆ~っくりと、火から目をそらさないでください」



 魔法習得の儀は俺の予想通り進んだ。いや、それ以下だった。あの程度の技術で魔法が習得出来ると言うのか?

 それよりも、何故この技法に関してここまで鮮明に知っていた? 前の世界の記憶か?


「ではこれからあなたは私が三つ数えると新たなあなたとして目覚めます。ただし、目覚めた時はここで起こったことは全て忘れてしまいます」


 いや、忘れないし。

 ライセンサーは三つ数えて全ての魔法習得の儀が終わり、静かに部屋を出て行った。

 被験者が魔法を習得したかどうかは確認しない。

 魔法は自分の内にあり、扱い方も全て習得時に分かるということらしい。

 術が一切効いていない俺は魔法を習得出来るはずもなかった。

 しかしながら魔法の習得の仕方は分かった。恐らく、先ほどのライセンサー以上に。あとは実際に試してみるだけだ。


「どうでしたか? 魔法は習得出来ましたか? 腕の良い上級ライセンサーにお願いしておいたんですけど」


 ソフィアが心配そうに部屋に入ってくる。


「ああ、バッチリだ」


 俺が一つ大きく伸びをしながら答えると、ソフィアはピンクの瞳を大きく開けてびっくりしていた。


「ほ、ほんとうで、んぐんぐ」


 大きな声を出したソフィアの口を慌てて手でふさぐ。不法侵入だってこと忘れてるだろう。


「すみません。びっくりしてしまって。でも……次から口をふさぐ時は唇でお願いしますね」


 ソフィアは俺の耳元でささやいた。


「そんなことより、今日はありがとう。さあ、もう帰ろう。ソフィアも帰るだろう。家まで送って行くよ」


 俺の言葉にソフィアは首を横に振った。


「今日は夜遅いので家の者が馬車で迎えにきてくれます。宿までお送りしますね」


 それもそうか、こんな夜更けに魔法を持たないか弱い女性が外に出ているんだ。両親が心配しないわけがない。

 俺たちは入った時と同じ要領で、守衛室を突破した。

 裏門にはソフィアが言ったように馬車があった。ソフィアの母親らしい人が座って待っていた。


「ごめんなさい。ありがとう」


 ソフィアはそれだけ言うとさっさと馬車の中に入った。俺も挨拶しようとしたが、ソフィアに強引に中に連れ込まれた。

 若い母親だな。まあ、この世界は早くに子供を産む人も少なくないと聞いていた。


「あたしが遅くに家を出たのであまり機嫌が良くないの。なのでそっとしておいてください」

「わかった。ところでソフィア、明日は時間があるか?」

「ええ、夕方以降でしたら大丈夫ですわ」

「習得した魔法について試してみたいことがあるから手伝って欲しいんだ。君にしか出来ないことが」

「わかりました」

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