第35話 清人の魔法

 次の日の朝、俺はムサシマルに二つのお願いをした。

 一つは今日の狩りの中止。稽古も午前中だけにしてもらう。

 もう一つは夕方、ソフィアを部屋に呼ぶので二人っきりにして欲しく、俺が呼びに行くまで誰も部屋に入れないで欲しい。


「了解じゃ。それで魔法は習得したのか?」

「それを今日試してみる。詳しい話はその結果でいいかな?」


 俺の真剣な目を見てムサシマルはそれ以上、なにも言わなかった。

 レイティアにはうまくごまかしてくれると言う約束も取り付けた。

 厳しい稽古はお昼まで続いた。ムサシマルは俺一人で反復練習出来ることは自分でやっておけと言わんばかりに、彼の持つ技術をどんどん俺に教えてくれる。

 決して優しくはない。しかし、俺がこの先、死なないように稽古をつけてくれた。

 いつも、終わるのは俺が動けなくなってからだ。

 おかげで日々、自分の限界を更新している気がする。

 稽古が終わると俺は水を浴びて汗を流した。今日は特に念入りに。

 昼を食べると午後は昼寝をして休憩する。

 今日の夕方のことに集中するために体調を整えた。



 俺は軽食を二人分買って部屋でソフィアを待つ。


「こんにちは。……おじゃまします」


 ハッキリと喋るようになったが、相変わらず自信なさげな声でソフィアが部屋に入ってきた。


「やあ、待ってたよ。昨日はありがとう。それで軽く食事でもしながら、昨日俺が習得した魔法について相談したいんだ」


 ソフィアの目が輝いた。その瞳に多少、羨望の光を含んでいるように見える。


「どんな魔法だったんですか?」


 ソフィアは食事を口にしながら聞いて来た。


「その前にいくつか質問していいか? ちょっと答えにくい質問もあるかもしれないけど、変な考えがあって聞くんじゃないから、真剣に答えて欲しい」


 俺の真剣な眼差しに、ソフィアの態度が変化するのが見て取れた。


「ソフィアは十歳の時に魔法習得の儀を受けたんだよね」

「はい。みんなと同じように十歳になる月に受けました」

「その時、君は初潮を迎えていなかったか? もっと言うと生理中に魔法習得の儀を受けなかったか?」


 ソフィアは顔を真っ赤にして手で顔を覆った。


「女性特有のことで言いにくいのは分かるが、君にとっても大事なことなんだ。俺を信頼して答えて欲しい」


 ソフィアは少し考えた後、顔を上げた。


「ええ、その通りでした。初めてでお腹がどんよりと痛かったのを覚えてます。でもなぜ、そんな事を? もしかして魔法って心を読み取る魔法だったんですか?」

「いや、俺が習得したのは魔法を人に習得させる魔法だ。ただ、普通の魔法とは違い俺にマナ量が少ないため、時間がかかるが魔法を習得させられる」


 ソフィアは首を横に振った。


「いや、嘘。そんな魔法あるはずない。今までの長い歴史の中でそんな事例は魔法技術院の記録にもありませんでした」


 さあ、ここからしっかりとラポールの形成をしないと。


「それは当然だと思う。実は俺はこの世界の人間ではない。覚えているか? 魔法習得の儀を行えば俺は魔法を習得できる自信があると言っただろう。それは俺が別世界から来た特別な存在だからだ」


 ここで俺はマントを外し、こちらに来た時に来ていたスーツ姿をソフィアに見せた。


「これは俺の世界の服だ。こんな服は今まで見たことがあるか?」

「……」


 ソフィアは驚いて声も出ない。


「ソフィアには色々と世話になったんで、俺の魔法で魔法を習得させてやろうと思って呼んだ。ソフィアが良ければだけど。どうする?」

「本当にそんなことが可能何ですか?」

「君が俺を心から信頼さえしてくれれば、俺が必ず、君に魔法をプレゼントしてあげる」

「……お願いします。魔法を習得出来ればもうなにもいらない。お願いします!」

「よし、わかった。そんなに興奮しててはかかる魔法もかからない。これは俺のマナと君のマナを同調させて魔法を呼び起こす。だから、心を落ち着かせて目を瞑ってゆっくりと深呼吸して。そう、その調子。次にソフィアのマナを感じて、意識をゆっくりとお腹に沈めて行って……」


 ソフィアは簡単にトランス状態に陥った。

 通常であればこの第一階層で暗示をかければ魔法が発現する。

 しかし、ソフィアは一度発現に失敗していることを考えて、第二階層、第三階層まで意識を沈ませた方が確実だろう。

 俺はトランスの解除とトランスを繰り返し、深化を深める。

 ソフィアの様子から最低でも第二階層に入ってるはずだ。

 俺はライセンサーが使っていた魔法発現の言葉を使う。

 これでソフィアは魔法が発現するはずなのだが……。

 ソフィアの体がゆっくりと回り始める。

 トランス状態の時にたまに起こる現象だ。

 しかし、次の瞬間、ソフィアの口からソフィアの声でない、なんとも言えない不気味な声が聞こえた。

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