第14話 稽古

 ―――戦後交渉が終わったあと


 熊の身体が運ばれ、ムサシマルは川で道具の手入れを行っていた。

 オークの首はレイティア達が報告用に持って行き、オークの体と熊の頭だけが残された。

 なんか、首だけ残されても、子熊がかわいそうだな。


「師匠、この熊の頭を持って帰ってもいいかな?」


 ムサイマルは手入れの手を止めずに答えた。


「別にかまわんが、血はきれいに落としとくんじゃぞ。肉食獣を呼んでしまうかもしれんからのう」


 川で熊の頭をきれいに洗っているとムサシマルが懐かしそうに言った。


「首実験の前みたいじゃのう」


 ムサシマルは熊の頭を運ぶのを手伝ってはくれなかった。

 もともと俺は荷物持ちの役目だったし、ムサシマルからしたら持って帰る意味が分からない。

 俺も特に意味はなかった。最終的には街の郊外にでも埋めたやるつもりだった。





 俺たちは臨時収入を得て、宿に戻った後、俺たちは収入を分けた。

 取り分は俺が四のムサシマルが五、税金に一持っていかれた。この税金の一部が警備隊の給料となるらしい。


「しっかし、キヨには驚かされたわい。あんなにも、高く売れるとはな。無駄使いするんじゃないぞ、生活費以外に狩りの装備品が必要じゃろう」


 ムサシマルにそう釘を刺された。


「装備品は明日、レイティアと買ってくる」

「逢引きか、よいのう。ちなみに儂は宿を移ろうかと思っているんじゃ。レイティアの姉がいつ戻るかわからん以上、なるべく安い宿に移ろうと思う。もともとこの宿は短期宿泊者が多いんじゃ」


 もともと、ムサシマルは元の世界に帰る方法を探しながら旅をしているため、家を持たない。

 今回、運よく大物を仕留められたが、本来は大物を狩る場合に下調べ、仲間の募集、運搬の準備等、金と手間がかかる。空振りになればマイナスだし、大物でも状況によっては思ったほど金にならないらしい。

 そんな、状況を知っているムサシマルだからこそ今回、無理を押してオーク討伐に協力した。

 しかし、ムサシマルがいる間、狩りや身を守る方法を教えてもらうにしても、小銭でも安全に金を稼ぐ方法も身につけないといけない。そうしないとムサシマルがこの街を離れた後、俺が死んでしまう。

 やっぱり、マダムかな~。いや、一人前の男として自立しないと……。

 しかし、今日は疲れた。慣れないことをすると、どっと疲れる。慣れないこと? というとやはり記憶がなくなる前はこんなことはやっていなかったんだろうな。俺は今までどんなことをしていた人間だったんだろうか? 考えてみてもわからない。


「キヨ、行くぞ」


 宿で道具を片付けた後、一息つこうと水を飲んでいるとムサシマルに声をかけられた。

 飯か?


「お腹すいた。今日は何食べようか?」

「なにを言っておる。夕食には早いぞ。剣の稽古をつけてやる」


 木剣というか小枝を落としただけの木の棒を渡された。


「今朝がたにも言ったが、儂は教えるのは得意じゃないんじゃよ。好きに打ち込んでくるんじゃ。あと聞きたいことがあれば、答えられる範囲で答えてみるでな」


 ムサシマルは無造作に木の棒を片手で持っている。

 とりあえず、俺は正眼に構える。

 一見隙だらけに見えるが、そんなに甘くないのは今日一日、一緒に行動して分かっている。そうは言ってもこちらから仕掛けないことにはラチがあかない。


「だ~」


 声を上げて打ち込んでみる。

 軽くいなされる。


「どんどん来るんじゃよ」


 一合、二合、三合、四合と、とりえず息が続く限り打ち込んでみたが、かわされ、弾かれ、いなされた。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ」


 肩で息をしている俺を横目にムサシマルは考え込んでいた。


「キヨよ。まあ、何から始めればいいか、悩むほどあるが、とりあえず二つ気を付けるんじゃな」

「な……に、です……か?」


 呼吸がうまく出来ない。


「一つは力が入りすぎじゃ、この先体力付いたとしても今のような戦い方なら、あっという間に息切れじゃ。力を入れる時は一瞬、それ以外はもっと脱力が必要じゃ。見ておれ」


 ムサシマルが木の棒を振る。

 力が抜けた体勢から一瞬に刃を振るう。そして、またすぐ脱力。


「ずっと力が入っていると疲れる上に、剣先が走らんぞ」

「もう一つは?」


 だいぶ、呼吸が整った。


「打つ時と打った後の正中線が乱れとる。まあ、打った後は、お主の正中線が乱れるように導いておるんじゃがの。正中線が乱れれば力が正しく伝わらん。打った後に乱れれば二の太刀、三の太刀が遅れる。その上、無駄な力が増えて疲れるのも早くなるんじゃぞ」


 ムサシマルは自分の頭の天辺から股の間まで指でまっすぐ示した。

 確かに、ムサシマルが受けた後、よろめき、体勢を立て直さなければならなかった。


「その二つを意識して、もう一度打ち込んで来るんじゃ」


 その後、一時間ほどムサシマルは俺の稽古に付き合ってくれた。

 晩飯をなんとか腹に入れ、夜は泥のように眠る。

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