第3話 ムサシマル

 ムサシマルの黒い瞳を見た。

 真っすぐとこちらを見返している。

 先ほどのテーブルにいた時の探るような眼ではない。

 ムサシマルははっきりと言った。『どうやってこの世界に来た?』


 さきほど俺は『竜ヶ峰清人』と名乗った。名乗ったが、それ以外の事が思い出せない。

 ここでないところにいたことは朧げながら覚えている。おそらく、ここよりも進んだ文明の世界。

 全体がぼんやりと、深い霧に包まれた記憶。

 俺は何者でどういった人間なのか?

 必死で記憶をさかのぼる。

 強烈な落下感。

 衝撃。

 そして


「柔らかかった」


 あの時の女の唇と胸の感触を思い出し、思わず口を衝いて出た。


「柔らかかった?」


 俺の言葉を待っていたムサシマルが反応した。


「いや、何でもない。それよりも、そんなことを聞くということはあなたも別の世界から来たのですか?」

「ああ、儂は日乃元という国から飛ばされてきたんじゃ。関ノ原で大きな戦があってその最中、突然この世界に連れてこられた。大将首目前だったんでのう。何とか帰る手段がないか探してもう数年経つが、手掛かりがつかめず、そこにお主じゃ」


 ムサシマルはそこで一息つき、大きな木のコップに入った酒で喉を潤した。


「お主、この世界の人間じゃないであろう」


 ムサシマルは確信をもって言い放った。


「なぜ? そう言い切れるんですか?」


 俺はカマをかけられているのかと訝しむ。

 俺の疑問にムサシマルは二本の指で自分の目を指して答える。


「目の色じゃ。どういうわけかこの世界には黒い瞳の人間がおらんのじゃよ」


 確かにムサシマルのさほど大きくない瞳の色は黒かった。周りを見回すと、はっきりとは確認できないが、ほかの人々は黒以外に見える。女性も男性も。


「格好もこの世界の人間と違っていたので、もしかしてと思ったが、さっき瞳の色を見て確信した。儂の世界の人間の瞳はみんな黒じゃ」


 自分の服を見直した。ワイシャツにズボン。ジャケットとネクタイは外されていたが、俗に言うスーツであった。そういえば、ジャケットが隣のベッドに置かれていたような気もする。

 ムサシマルの服装は周りと同じように長袖のエリ無しの青いシャツをベルトで止め、こげ茶色のズボンの先を革のブーツに入れていた。肩から羽織っていた茶色い厚手のマントはテーブルを移ったときに外していた。


 さて、記憶が無いとムサシマルに言うことは簡単だが、ムサシマルの欲しい情報を持っていないと言っているようなものだ。

 今の俺がこの世界で生きていくにも元の世界に帰るにしても、情報と協力者が欲しい。


「確かに元の国ではみんな黒が当たり前でしたね。ただ私はこの世界に来たばかりで右も左もわかりません。ムサシマルさん色々と教えていただけないですか? まず、なぜ初めに私のことを婿と呼んだんですか?」


 俺は『元の世界に帰る』という話題をあえて避けるように話題を誘導する。

 俺の誘導通り、ムサシマルはまずそこから来たかという風にニヤリとした。


「簡単じゃ。お主が嫁取りの儀に勝利したからじゃ。おめでとう。婿殿」

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