12.コヨーテ達の休息

真面目にスルー推奨です。

某BLサイトに投稿してアマギフをせしめようと思ったら、なんと5月までに入会してないと無効だとか! 途中まで書いてどうしようか悩んだのですが、仕方なく最後まで書きました。

——————————————————


 高層ビルが建ち並ぶ都市のとある屋上から、ツヨシは空を見上げている。


 深く澄んだ青は頭上にどこまでも広がっていて、遥か上空を横切る飛行機からの轟音が小さく遅れて耳に届く。地上を走っているであろう車が出す喧騒も、彼のいる屋上までは届いてこない。


 揃いの黒いスーツのズボンから片手を出して、咥えていた煙草をコンクリートの床に投げ捨てると、ふっと口もとを緩めて視線を落とした。その先には、相棒の美琴みごとカケルの姿がある。


「準備はできたか?」


 グレーのスーツにブルーのネクタイを品良く着こなした金髪の青年は、下半身を露出した状態で立ち上がった。


「うん、ツヨシさん。いつでも大丈夫だよ」


 二人は屋上の端に向かって歩き、少し手前でツヨシだけが先に立って片膝をついた。両手は肩のところで固定され、何かを担ぐような姿勢を保っている。


「いいぜ、来いよ」


 うながされたカケルは、ツヨシの身体をまたがるように移動して、兵器の位置を彼の両手の上に合わせた。


 二人はこれから、3○○m離れたビルの中にいる標的を殺す。どのような理由があってそれは殺されるのか、誰によって決められたのかさえ二人は知らない。どうでも良かった。これは身寄りのない孤児だった二人が、生きていくために身につけた唯一のすべなのだ。


 カケルは下半身を露出したまま、いつもの通り双眼鏡を覗き込んで、標的の状況をツヨシへと伝達する。彼の首元で風にはためくブルーのネクタイ。ツヨシはそれを確認し、深呼吸して、カケルの棒を左の手で握りしめた。


 煙草に含まれていた交感神経を抑制するためのβ遮断薬は、その直後から急速に脳内へ取り込まれ、指先の震えが止まり精密機械のような静寂を提供する。


 精密射撃に必要な能力は、計算と予測だ。ツヨシは生まれつきそのどちらにも恵まれていた。この仕事を始めてから仕留め損なったことは一度も無い。今まで生きてきて、誇れるものがもしあったなら、恐らくそのことくらいだろう。


 カケルの棒に固定されたスコープの中央に標的の頭部をとらえてから、風の方向と、角度と、距離による落下を計算して位置をずらす。カケルは無表情で双眼鏡を覗いたまま耳を澄ませている。


 ツヨシはその時を待った。周囲から全ての音が消え、自分の呼吸の音だけがやけに大きく聞こえた。

 標的の呼吸をも自分の物とし、次の行動を予測しながら、ツヨシはカケルのきゃんたまを右手の小指から静かに握っていき。そして——静寂は突然の終わりを告げる。


「うっ」カケルが軽いうめき声を発した。


 ツヨシがきゃんたまを強く握りしめたその刹那、カケルの棒からは鋭い弾丸が打ち出された。銃声はない。それこそが組織をして、彼らが一流と呼ばれる由縁だ。


 空気を切り裂く一瞬の余韻のみ周囲に残して、弾丸が標的の頭部へ一直線に向かう。その行く手を阻む窓ガラスがスローモーションのように砕け散る様子を、ツヨシはスコープ越しに眺めていた。


「グッジョブ! ツヨシさん!」


 カケルは双眼鏡を構えたまま、ツヨシを賞賛する。だが、ここで気を緩めてしまうようでは所詮素人。二人は選りすぐりのプロであり、証拠を残さず退却するまでが組織からも求められる仕事の範囲なのである。


 剣道には、敵を倒した後にまで集中を途切らせない「残心」と呼ばれる概念がある。それを習ったことがないはずの彼らにも、人を殺す業を磨く中で共通する習慣を得ていたことは、原始的な本能によって命を奪い合う性が求める必然であったのだろう。


 カケルはスラックスのベルトをとめながらツヨシに目で頷き、非常階段へと走った。監視カメラの無いエリアまでエレベーターを使うわけには行かない。二人が山猫のように階段を駆け下りていく途中で、救急車両の出すサイレンの音が遠くから聴こえた。



 地上に降りて呼吸を整えながら、ファストフード店の前まで来る頃にはようやく二人の表情からも緊張が消え、そっと笑いあった。


 駅に向かって肩を並べて歩いていると、都会の雑踏が二匹の獣をただの二人へと戻してくれる。それでも黒髪でスラっとした長身のツヨシと、金髪サラサラヘアーでどことなくハーフを思わせる容姿のカケルたちは、この辺りだとホストのコンビに間違われる程度には目立っている。現に二人が通り過ぎた後を振り返る女の子達は後を絶たなかった。


「腹減っただろカケル。何か買って帰るか?」


「うーん、ドーナツかなあ。でも、それより早く部屋へ帰らないと」


「わかってるよ。相変わらずカケルは真面目だな。ドーナツだけならいいだろ?」


 カケルはツヨシの言うことには逆らえない。この屈託のない笑顔で言われたら、どんなこともつい許してしまうのだった。仕事の後は人の目につかないよう速やかにアジトまで帰るのが鉄則だと言うのに。


「仕方ないな。ツヨシさんは……。じゃ、早く買ってきて」


 嬉しそうな顔で走り出すツヨシを見て、カケルは思わず顔がほころんでいた。

 この時はまだ、二人のこんな関係がずっと続くものと思い込んでいたのだ。


  * * *


 ドーナツの紙袋を下げて、高田馬場にある二人の住むアパートまで戻るのに十五分とはかからなかった。錆びた鉄の階段を二人で上がって、カケルはドアの上下に仕掛けた印を確認してから鍵を開ける。誰かが侵入した形跡はない。


 ツヨシは部屋へ乱暴に入ると、キッチンの向こうにある自室のベッドへ向けてその身体を投げ出した。緊張の糸が一気に緩んだせいで疲れが出たのだろう。カケルの部屋は本来隣にあるのだが、ドーナツを一緒に食べるためツヨシの部屋へと続いて入る。


「なあ、カケル……俺たちこれだけ苦労して、こんな金しか貰えねぇのって不公平だよな……」


「そうかな。僕は、あの施設に比べたら2DKのアパートだって天国とまでは言わないまでも、そこそこ楽しいよ。それに、ツヨシさんだっているし」


「カケル……服を脱いでくれ」


「突然なに?」


「いいから早く!」


 ベッドに座ったツヨシからの強い視線が、何かの儀式のためにあたかもそれが必要であるかの如き神妙な空気を作っていて、カケルから抗う意思を削いでいく。

 カケルはネクタイに指をかけてスルスルと引き抜いて床に垂らしたあと、ワイシャツとスラックスを脱いでハンガーに掛けた。次に下着を脱いだ時には、カケルの引き締まった身体を余すことなく観察することができるようになっていた。


「これでいいの? ツヨシさん」


「ああ、それでいい」


 ツヨシは自室の小さなテーブルの上に置かれていたドーナツの紙袋をガサガサ開いて、ケーキボックスからシナモンシュガーを取り出した。


 そして——それを全裸でいるカケルの棒に通した。


「なっ!! ツヨシさん、何を?」


「俺たちが出会ってからもう三年か」


 ツヨシはそう言いながら、さらにオールドファッションを棒に通す。


「……!!」


「俺たちは、今まで死ぬ思いをして頑張ってきた……そうだろ?」


 そして、ポン・デ・リングを棒に追加した。

 カケルは何故だか動くことができなかった。これはツヨシの言葉の魔力にかかっているのか、それとも自らの意思によってそうしているのか、突然のことで頭の芯が痺れたように正常な思考が働かない。


「俺は、カケルと出会ってから変わっちまったのかも知れないな」


 ツヨシはフレンチクルーラーをさらに棒に通した。


「俺は、カケルのことが好きだ……」


 さらにフレンチクルーラーを棒に通す。ちなみにドーナツは二人で食べる用に買ってあったので、それぞれの種類が二つずつある。

 そして、ポン・デ・リングを、つまりツヨシは、フレンチクルーラーから折り返して棒に追加しようとしているのだ。


「ぼ、僕は……」


 カケルは耳まで赤くなってしまい、それ以上何かを言うことはできなかった。勿論ツヨシに対しては全面的に信頼しているし、今までそういった予感が無かったと言えば嘘になる。しかし、あまりに唐突過ぎる告白とドーナツによって拘束されているに等しいこの状況では、ただ必死になって恥ずかしさを耐えているしかなかった。


 そうして、オールドファッションとシナモンシュガーをカケルの棒に通すと、ツヨシは確かにこう言った。


「俺と組織を抜けて逃げないか?」


 カケルの背筋がビクンと跳ねてドーナツが床に落ちてしまう。組織で受けたおぞましい教育はカケルの脳髄の奥深くまで恐怖を刻みつけていた。組織は裏切り者を絶対に許さない。世界中どこにも逃げ場など無いのだ。


「そんなの無理だよ! 絶対に逃げ切ることなんか出来ない。そんなのツヨシさんだって知ってるだろ! 現に僕達で何人も始末してきたじゃないか!」


 ツヨシはベッドまで転がったポン・デ・リングを拾ってかぶりつく。


「……そうだな。すまん。まだ薬のせいで脳が興奮してるのかも知んねえ。忘れてくれ」


「ああ、そうだね。きっと……きっと疲れてるんだ。ゆっくり休んだ方がいいよ。今度の休みに温泉でも行こう?」


「ああ、ありがとう。ちょっと寝るわ」


 ツヨシが寂しそうに横になり布団をかぶる姿を見て、カケルは胸が締め付けられる思いがした。

 カケルは床に散らばるドーナツをケーキボックスに集めたあと、スーツと下着を抱えてフルチンのまま隣の部屋へと移動した。


 確かに組織のやり方は非人道的ではある。しかし、孤児である自分の面倒を見てくれ、生きるための方法を教え、生きる理由と居場所を作ってくれたことも、また事実なのだ。


 恐ろしい掟は、かせであると同時に自分たちを守るための最期の砦でもある。人の命を奪うことで糧を得るような最底辺にうごめく獣たちが、唯一信じられるものは同じ泥をすする仲間だけであるし、またそうでなければならない。もし強固な結束に少しでもほころびがあれば、とっくに仲間割れを起こして組織は解体されていたに違いない。


 カケルは自室のベッドの上で、まんじりともせずに夜がふけていくのを待つのみだった。

 ふと銃の手入れでもしようと思い立って、ドーナツの油がついた銃身をティッシュペーパーでこすり始める。カケルは頭の中の思考を追い払うかのように無心になって擦った。


  * * *


 二人は会議室で、こってりと上官から絞られていた。

 会議室には、この女の上官を除きカケル達の二人だけである。叱責の声は四十人は入れるであろう広い部屋の隅にまで響き渡る。


 ブラウスの上に盛り上がる、Dカップのバストトップにまでかかるストレートのロングヘア、その顔はいつ見ても作り物のように美しい。紺のタイトスカートからストッキングを経て足首まで伸びる脚線は完璧なスタイルの体現に思われた。おそらく世の男たちの大半を、その素質でどうにでもできるであろう上官の顔は氷のように冷たい無表情さで二人をめ付けている。


 椅子に座ったまま彼女は直立不動の二人に向かって問い質す。


布栗ふぐりツヨシ! 貴様が屋上に残した煙草の吸殻から何が分かるか言ってみろ」


「は! 唾液のDNAから人種とゲノムデータベースから近縁者の特定が可能です」


「それから?」


「えーっと、分かりません!」


 バンッと机を叩く音。その途端、上官の形相は先程までの面影が微塵もないほどに醜く歪みめくれ上がる唇から歯を剥き出して吐き捨てた。


「薬剤が検出されたら、そこからも研究所が辿られるんだよッ! ボケェッ! またあれを使ってんだろテメェは!」


「申し訳ありません! 以後、注意します!」


「クソがッ、もう行け! 新しい標的が入ってる。ブリーフィングルームで受け取っていけ」


「あと、美琴カケル! 貴様は残れ。今回の件は貴様の監督不行き届きである」


「はっ!」


 ツヨシが心配そうにカケルを見つつ退席する。


 上官は分厚い鉄のドアが閉まるのを確認すると——立ち上がってスカートのジッパーを下ろした。スカートが衣摺れの音と共に床に落ちる。

 そして、元の冷たい表情に戻ってカケルにこう言った。


ひざまずけ」


 ガーターベルトに吊られた太もも丈のストッキングの他には何も履いていなかった。


 いつの間にか上官の手には鞭。その先端を片手にぴしゃり、ぴしゃりと打ちつけて感触を確かめながら、両脚を開いて立って舌なめずりをしている。


 カケルは床に両手をついて上官の言葉を待つしかなかった。



  * * *



 雑居ビルの一室の窓から、ツヨシは空を見ている。


「ツヨシさん、準備できてるよ」


 スーツ姿で下半身を露出したカケルから声をかけた。

 ツヨシは煙草の吸殻を空き缶に放り込んで、床に置いて片膝をついた。両手は肩のところで固定され、何かを担ぐような姿勢を保っている。


「いいぜ、来いよ」


 カケルはその上に跨って、股間の銃の位置を彼の両手の上に合わせた。

 燻った紫煙が空き缶の口から細く立ち昇っている。


 双眼鏡を構えてカケルが標的の状況を報告。ツヨシはいつもの通りカケルの銃身を左手で握って……


 ビクンッ!


 カケルの脳裏にドーナツが浮かんだ瞬間、銃身が無意識のうちに跳ね上がった。


「おい! カケルッ!!」


 なんたる失態であろうか、これが射出の瞬間であったなら間違いなく標的を外していたことだろう。


「ごめん! もうだいじょうぶ!」


 ツヨシを動揺させまいと、大丈夫とは答えたものの、集中しろ、集中しろと念じるほどツヨシの左手がドーナツに思えてくる。今回の標的は敵対組織の重要メンバーだった。失敗した場合、二人の命でさえ定かではない。


「いくぜ!」


 ツヨシの右手がきゃんたまに手を掛け、強く握ろうとした。


——しまった! 僅かにカケルの銃身が反応してしまった気がした。


「うっ」カケルが軽いうめき声を発して、カケルの銃身からは鋭い弾丸が打ち出された。


——後悔してももう遅い。全ては弾丸の行方が決するのだ。


 空気を切り裂いて弾丸が標的の頭部へ一直線に向かう。ビルとビルの隙間を縫ってスローモーションのように弾丸が進む……


 部屋のガラスが砕け散って……


 弾丸は標的のすぐ隣を通過して、その部屋の壁を穿うがった。

 

——外した。


 カケルは現実を受け止めきれずに、信じられないといった表情を浮かべて茫然となっている。

 ツヨシはスコープから身を離して


「逃げるぞ」


 とカケルに言った。

 しかし、カケルは動かない。




「ツヨシさん……どうして組織を裏切ったんですか」


 今度はツヨシの動きが止まった。


「いつ気がついた」


「上官から呼ばれた時に……。それに……」


 カケルは少し言い淀んで


「ツヨシさんはきゃんたまを握って狙いを外したことは無い!」


 だから確信した。

 ツヨシは何故かここで、力の抜けたような笑みを浮かべた。


「そうか、お前は絶対に騙されると思ったんだがな」


 カケルは、おんぼろのビルの床に染みついた汚れを見つめている。


「俺はただ、空の向こう側に行きたかっただけなのかも知れない。できればカケルと一緒に。敵対組織の奴から声がかかった時、もしかしたら本当になるかも知れないと思っちまった」


「やっぱり今日の標的は、ツヨシさんと繋がってる相手だったんだね」


「ああ、組織は俺のことを疑っていたんだ」



「最後に頼みを聞いてくれるか?」


 カケルは頷く。しかし聞きたくはない。


「カケルの武器を見せてくれ」


 いつのまにかカケルの頬には、溢れた涙がつたっていた。

 下半身を露出したカケルの前に、ツヨシがひざまずいて言った。


「俺は最後まで『きゃんたまを握ったら一度も狙いを外したことのない男』だったよな?」


 カケルは頷く。しかしもう何も聞きたくはない。

 そして、ツヨシは銃口をつかんで口に含んだあと、カケルのきゃんたまを強く握りしめた。









——————————————————

※ドーナツはこの後、スタッフが美味しく頂きました。ゲイカップルのイチャつき方がよく分からず棒に入れてみましたが、食べ物を粗末にする意図は御座いません。某チェーン店に告げ口するとかはやめて下さい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る