8.演技
ハナが彼のアパートを訪れたのは二週間ぶりのことだ。
通院した帰りに歩いていたところを電話で呼び出されて、こうしてのこのことやってくるあたり、自分でも都合のいい女だと分かってはいるつもりだ。
しかし、誰かから求められている事実は、ふわふわしたハナの日常にとって、唯一自分の価値を実感できる拠り所のようなものでもあった。
ドア前でチャイムを鳴らすと、すぐに彼が出てきて笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。病院大丈夫だった?」
「うん、平気。いつもの偏頭痛だから」
行為の前の彼はいつも優しい。でもそれはハナの身体を
余程待ちかねたとみえて、部屋に入るやいなや彼は優しくハナの頭を抱擁すると、そのままベッドに倒れ込み、人差し指をピンと伸ばして鼻の頭をくすぐるように動かしてきた。正直言って本当にくすぐったいだけなのだが、彼からいい子に思われたくて感じた振りをしてしまう。
「あぁ……ぁ、いい……」
自分で言ってて何がいいのかさっぱり分からない。鼻なんか気持ちいいわけ無いじゃない。
「もう、入れていい?」
鼻息を荒くしながら彼が聞いてきたのでこくんと頷くと、彼は荒々しく人差し指と中指を鼻の穴に突き入れてきた。
「ふぁっ!」
「ハァッ、ハァッ……ずっぽし奥まで入っちゃったよ」
「イヤッ……ぞんだ、ばずがしいごどいばだいで!」
「いいっ、いいよ! ハナの穴、最高だ!」
「ゔぁ、ゔぁだしぼ! ぼっど、ぼっどしで!」
彼はハナの穴に突っ込んだ指を、浅く速く
「ハナ……あぁ……愛してるよ! もう、もうイキそうだ!」
「ばだしぼよ」
出来ればもっと早くイッて欲しいとハナは思っていた。もう痛くて鼻血が出そうだった。完全に演技ではあるが、彼が満足してくれるのであれば、それはそれでいい。
ハナは息も絶え絶えに、「ゔぁぁーー!」と絶叫すると、ガクンガクンと背中を仰け反らせて痙攣した。その際、腹筋を大きく動かすことも忘れない。彼が見ているのは鼻だから意味があるのか分からないけど。
仰向けで海老ぞりになっているハナの上で、彼もブルブルと震えていた。やがて、大きく息をしながら体重をハナに預けてくる。脱力した男の体はなんとも重いものだ。ハナは強く彼の背中を抱きしめた。
それにしても、なぜ鼻の穴なのだろうか? 股間にはまるで見向きもしない彼のことを初めは変態ではないかと疑っていたハナも、接するうち彼の行動に合わせてあげることを選択したのだった。
まぁいいか、鼻の穴なんか別に減るもんじゃない。
「おい、なんか垂れてるじゃないか、鼻かめよ。シーツが汚れるだろ」
いつの間にか起き上がっていた彼が言った。
「う、うん。ごめんね」
鼻から垂れる汁をティッシュで拭いていると、彼はハナに背を向けて煙草を吸いはじめた。
「終わったら帰れよ」
「はい……」
ハナは思い切り鼻をかんで、ティッシュをゴミ箱にそっと捨てた。
ふとポケットの違和感に気がついて取り出してみると、いつ紛れ込んだものか万年筆が出てきた。鼻水の跡が残るそれも、一緒にゴミの中へと入れた。
◇ ◇ ◇
「それで、娘は大丈夫なんでしょうか?」
母親が医師に詰め寄るように問いただすと、医師はゆっくりと話し始めた。
「脳腫瘍が組織を圧迫し、脳の一部が機能障害を起こしています。このせいで娘さんは今、認知の機能に重大な歪みが生じていると考えられます」
「なんてこと……あなた、わたしどうしたら……」
衝撃の宣告を受けて母親は夫の肩を掴んで泣き
「奥さん、落ち着いて下さい。カウンセリングの結果、今のところ日常生活に大きな支障は出ていません。ただ……」
二人は固唾を飲んで医師の発言を待った。
「娘さんは、性器の位置があり得ないところに付いていると認識しており」
父親が怪訝な表情で口を挟む。
「と、言いますと?」
「足と足の間、つまり股間に性器があると思い込んでいるようなのです」
「そんな! ありえないわ! 私たちピース星人の股間なんか、臭いをかぐための機能しかないというのに。どうしてそんな間違いを……」
「大丈夫です。レーザーで腫瘍の治療が進めばやがて元のように回復する可能性は十分ありますので」
医師はカルテにメモを取ろうとして、白衣の上から複数の箇所をまさぐったりしていたが、結局目的の物が見つからなかったのか、少し考えてから股の下をごしごしとこすった。
了
「アレがそういう所についてる宇宙人2」より改題
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