7.嘘つきのA
転校生のAは、何を聞いても嘘ばかりつくのでクラスの皆から嫌われていた。
特にクラスのいじめっ子たち五人組からは目の敵にされていた。僕自身も転校が多くて去年この学校に来たばかりの新参者だったから、Aの気持ちは分からないでもなかった。新しい環境で、周りに負けまいと意識するほど意固地になってしまうのだ。
最初についた嘘を覆い隠そうとして嘘がどんどん大きく膨らんでしまい、一旦そうなってしまうと、もう自分ではどうしようもない。そんな状態になっているんだと僕はAのことを考えていた。
「今日、田中から聞いたんだけど、五人組のことを馬鹿な木偶の坊だって言ったんだって? あいつらに知れたらまたイジメられちゃうぜ」
同じ団地に住む僕は、帰り道が一緒なこともあってAに忠告することもあったのだが、Aはほとんど聞く耳を持たない。替わりに自分のことを漫画か何かの主人公のように、世界にどれだけ陰謀が溢れているかを説明してくれるのだった。
「それは本当のことさ、僕が本気を出せばあいつらなんか一瞬で消し炭にできる。それにあいつらは自分では気がついて無いけど、敵の組織が送り込んだスパイなんだ」
「小学校でいったい何をスパイするんだよ?」
「世界を滅ぼそうとする組織の陰謀さ」
「いい加減その設定やめない? 封印した左手を解放したって炎なんか出やしないんだから」
「そのくらいなら簡単に出せる。けど僕の所属する組織から止められてるからね」
僕はAの家に給食のパンとプリントを届けに行ったことがあるので、Aがお爺さんと二人暮らしであることも知っている。優しそうな温和なお爺さんに向かってAが奴隷のように指図するのを見て僕が咎めたところ
「いいんだ、こいつはロボットみたいなもんだから」
とAは真顔で答えた。お爺さんは笑っているだけで叱ろうともせず、孫の言うなりになっていて、僕は子供ながらに、この性格は家庭での教育が良くなかったんだな、などと考えていた。
翌日、案の定Aがイジメにあっている現場に遭遇してしまった。
Aを取り囲んで五人が交互に後ろから蹴っている。
「お前らいい加減、邪魔ばかりするのをやめろ!」
Aが顔を真っ赤にして怒鳴っているのを、五人はそれがまた可笑しいとばかりに笑いながら小突くのをやめなかった。
僕はもう半分くらいAを変えることは諦めていて、周りの方を先に変える以外にAを救う方法はないんじゃないかと考えていた。ひとまず五人を落ち着かせるために、その輪の中に割って入った。
「辞めろよ。そんなことしたってなんの得にもならないだろ」
五人は嫌悪感をあらわに言い返してきた。
「お前だってAのことムカついてる癖に」
「そうだよ、陰ではお前のことも悪口言ってるぞ」
Aは転んで砂だらけのまま立ち上がって反論する。
「嘘だ! 僕は悪口なんか言わない!」
「嘘つきはお前じゃないか。だいたい人のことをいつもバカにしてるんだよ」
「違う!僕は嘘がつけない。それにクラスの人間を洗脳してるのはお前達だ」
もうこうなったら
それから僕はクラスの一人一人を個別に説得して回った。
ほとんど僕の想像ではあるが、Aの生い立ちのことを多少オーバーに説明したことも効果があったのだと思う。
一人また一人と賛同してくれる者が増えると、その勢力が半数を超えるのにさほど時間はかからなかった。むしろ他人のために奔走する僕のことを「お前はいいヤツだな」と感心されることが多くなって、むず痒い思いをした。
やがてクラスの皆が、Aと話をするようになるとさすがの五人組も自分たちが孤立するのを恐れたのかAへのイジメをしなくなった。
ある日、Aは学校の帰り道で僕に言った。
「僕は、君が僕のためにしていたことを全部見ていた」
「そうか、知ってたんだ」
僕は少し照れ臭くなった。
「本当はこの星の人間は全て滅ぼしてしまう予定だったんだ。だけど僕たちのグループは、この星にはまだ自主的に向上する余地を残していると主張した」
「君は……」まだそんなことを、と言いかけて言葉を飲み込んだ。Aは、そんな言い方でないと他人に感謝の伝え方を知らないのだ。
「そういう時は、ありがとうでいいんだよ」
Aは僕を見て静かに微笑みながら「ありがとう」と言った。
そして
「僕たちはこれから君を支援することにした。感謝してるのは本当さ」
そう続けたAの黒い瞳は鋭い光を帯びて、僕を真っ直ぐに捉えている。
「評議会の中で僕たちの主張が正しかったことを、君が証明してくれたんだ」
「これから三十年後、また僕たちは君に会うだろう。その時までに君はこの国を動かせる人間になっていて欲しい」
褒めてくれているつもりなのだろうが、僕がなんと答えていいのか分からずにいると、いつの間にかAはいつもの彼に戻って
「さ、早く帰らないとガンダムに間に合わないぜ」
と笑いながら先に走り出した。僕は「ああ」と答えてAに続いて走りだす。
団地の壁が夕陽に照らされて、やけに濃いオレンジ色に染まっていた。
次の日、僕が学校へ行くと五人組とAの姿がなく、クラスの誰もが彼らの存在さえ知らなかった。
そう言えば、僕自身も五人組の名前を誰一人として思い出せなかった。
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