6.小説製造機械
出版社に勤務する
と言っても部員は琴葉一人しかいない。
今や小説はAIが自動生成する時代となり、仕事と言えば要素となる「キーワード」の入力さえ済ませてしまえば、勝手に作られた小説がネットに送信され、あとは基本的に眺めているだけなのだ。
読者の投票によってランキングされたら、琴葉はその上位の小説を印刷所に手配する。
まったくつまらない仕事だ。
このシステムが導入される前までなら、琴葉の部署は花形と言えただろう。実売の見込める作品を人気に応じてピックアップするだけで、会社の業績は右肩上がりとなった。
雲行きが怪しくなってきたのは、AI作家が現れた辺りからだ。
文字の種類は有限であり、必然として表現についてのパターンもまた有限である。AIはその全てのパターンで作文を行って、人気度に応じて自動的に使用頻度を選択する。
AI作家は特定ジャンルの小説を作ることにかけては、人間より遥かに優れていた。いわゆるテンプレート小説やキャラクター小説の類を一日に数千もの数作り出し、あっという間にサイトのランキングは覆面AIの作品で埋まってしまった。
社内では、そろそろ編集長でさえAIに置き換わるのではないかと噂されている。琴葉にしたって、そんなことはとっくに分かっていることだ。
コーヒーメーカーの注ぎ口からプラスチックのカップを手にとり、自席の椅子に深く腰掛けると、窓ガラス越しに男の走ってくる姿が見えた。
そのままの勢いで琴葉の城に無断で侵入した無礼者は、開け放したドアの前でおどおどと口を開いた。
「編集長、あの……」
「ノックくらいしろ」
美味くもないコーヒーを啜りながら、琴葉はモニターから視線を移さずキーボードを操作している。
「す……すいません。英米のヤマシロです。うちの部署が間違って持ち込みの原稿を受けてしまって……その」
「それで、新人の君が使いに寄こされたわけか。今どき持ち込みなんてのも珍しいけど、それくらいなら新人の君でも対応くらいできるだろう」
「それが、ちょっと特殊な事例でして、編集長がこの分野では専門だからと」
緊張しているのかヤマシロは数百枚の印刷された原稿用紙を震える手でテーブルの上に置いた。リストラに近いところにぶら下がっているとは言え、実績のある琴葉は社内ではそれなりの地位にある。
どうせやることもないのだ。琴葉は諦めて原稿を持ち上げてページをめくった。
はっきり言って何を書いているのかよく分からない。表現はひどく
しかし……、しかし、だからこそAIに書けない人間ならではのオリジナリティを感じたのも確かである。
「これを書いたのは誰なの? 会ってみるわ」
「会議室におられますので、ご案内します」
ヤマシロの後ろについてロビーの奥にある会議室に入ると、その場にいるには不釣り合いな、白髪に白い髭を蓄えたサンタクロースのような風貌の老人が目に入った。
「こちらは電子工学の教授です」
互いに簡単な挨拶を終え、琴葉はさっそく原稿について突っ込んで聞きたいことがあった。
「この原稿はあなたが?」
「厳密にはワシでは有りません。ワシの開発したシステム『イタコAI』による作品です」
「まさか? やはり、これは過去の……」
「そう、過去の文豪の情報を全て取り込み、性格さえ再現して小説を書かせるシステムです。もはやこれは本人が書いていると言ってもいい。ちなみに今回モデルにしたのは、スコット・フィッツ」
「もう結構」
彼が最後まで言い終わる前に琴葉は遮って立ち上がった。
「そう言うことか。だから最初、勘違いした英米文学のやつらが出てきたんだな」
ヤマシロは相変わらず挙動不審で琴葉の反応を待っている。琴葉は小声で
「お引き取り願え」
と伝えて部屋を出た。過去の偉人に用は無い。生き馬の目を抜く超高速サイクルでトレンドが動くこの時代に、もはや彼らの生息する余地はないのだ。
デスクに戻っ……
……
……
* * *
「なんだこれは、完全な駄作だ」
琴葉は、AIから出力されたテキストデータを一読してゴミ箱に移動した。
あまりの退屈さに、琴葉は「編集長」と「自動生成」のキーワードをAIに与えてみて、出てきたのがこの小説であった。
しかも、本当のことを書きすぎている。こんなものを公開したら、サイトの利用者が大幅に減ってしまうだろう。
やはり「異世界」と「令嬢」のキーワードを追加した方がいいかも知れない。
「編集長、異世界で令嬢になったので出版無双、ペンは聖剣よりも強し」
うん、いいじゃないか。これで試してみよう。
AIの考えたタイトルを見て、琴葉はエンターキーを押した。
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