2.賢くなる薬


 経営コンサルタントのジョージは、治験の説明を受けるため研究所の一室にいた。

 経営が芳しくなく自身の事務所の運営も危うくなったところに、破格の協力費が払われるこの治験のことを知ったのだ。

「どうもどうも、この度は! ご協力ありがとうございます!」

 やけに馴れ馴れしい白衣の男が、ジョージの前に現れて説明を始める。

 一通り簡単な問診があったあと、白衣の男が本題を切り出してきた。

「実はジョージ様に試していただく薬は、知能を下げる薬でございまして……」

 それを聞いた瞬間にジョージは、真っ青になった。

「これでも企業のトップにアドバイスをすることで金を稼いでいる身だ。馬鹿になったら商売上がったりだ! 冗談じゃない!」

 当然、ジョージは拒否した。


 白衣の男はそれを見ても慌てることなく、ゆっくりとした口調で先を続けた。

「まあまあ、ご安心ください。馬鹿になるのはほんの一瞬だけです。治験の本当の目的は、この知能が高くなる薬の方なのですが、この薬は非常に高価で希少なものなのです」

「なら、その賢くなる方の薬だけ試せばいいじゃないか」

 ジョージは恐怖心から白衣の男に食ってかかった。

「おっしゃる通りでございますが、知能が高くなるほど効果が小さくなってしまい薬が無駄になってしまいます。そこで、いったん知能を下げてから複数回のデータを集めた方が効率が良いという結論になったのです」

 ジョージはまだ返答を決めかねている。

「協力して頂けましたら、お礼としまして治験の終了時には今の能力からほんの少しだけ賢くなっていることを保証します」

「どうやって知能を証明するのか?」

 とジョージが聞くと、事前に詳細な知能テストをすると言う。ジョージはいったん考えさせてくれと言って自宅に帰った。


 ジョージは、すぐに知り合いの広告屋に電話してオックスフォードの学生を募集するアルバイト広告を打った。事前に試験を受けさせて、自分の答案とすり替えればかなりの知能アップが期待できると考えたのだ。


 何人か面接をして、いかにも賢そうなオックスフォード大の学生を雇って治験に申し込ませた。果たしてその学生は、試験中に急病で倒れる名演技で、まんまと試験内容を持ち帰ってきた。

 ジョージは喜んで約束の高給を支払い。意気揚々と研究所に向かった。

「決心がつきました」

 と伝えると、白衣の男は大仰に喜んだ。

 ジョージは試験の最中に、こっそり答案をすり替えることに成功した。


 治験に参加したジョージは、翌日にベッドの上で白衣の男から意外な告白を受ける。

「あり得ないことが起こってしまいました。ジョージ様は特異体質であるのか、馬鹿になる薬を飲んだのに知能が上がってしまったのです」

 間違いではないかと、何度も確認したが実際に知能が上がっているらしい。

 ジョージは密かに喜んだ。治験は当然中止となってしまったが、こちらには何もデメリットはない。お金まで貰えて万々歳だ。


 気分がいいので、帰りにバーで一杯やって帰ろうと、中に入ると例の大学生がいた。

「やあ」と声を掛けると、大学生はジョージのことを覚えておらず、弁護士だと名乗っていた。

 そうだったのか、とジョージは驚いたが、まあどちらにしても賢いことには違いない。お礼に酒を奢ってやり朝まで飲み明かした頃には、なぜか財布が無くなっていた。

 足らない分はバーに付けて貰って事務所に向かうと、ストリートを二つ超えた辺りで、例の弁護士が警察に連れていかれるところを目撃した。警官に尋ねると、男は詐欺師なのだと言う。

 オックスフォードを出て弁護士になり詐欺もやっていたのか、とジョージは驚いたが、まあ馬鹿には詐欺師は勤まらないだろうと納得した。

 詐欺師より少しだけ賢くなったジョージは、どうやってクライアントを騙して金を取ろうか考えていた。

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