15.公園の初恋



 朝靄あさもやが残る早朝の公園は、もう三月だと言うのにつんと切り立った冬の匂いが残っていた。

 入り口に立って僕は無意識にあの子の姿を探す。白い息を弾ませていつものベンチが見える所まで走ると、そこに女の子と犬の姿を見つけることができた。


「おはよう。マサキくん」

「やあ、おはよう。ユキさん、もう帰るところ?」

「いいえ、わたしも今来たのよ」


 駆け寄って簡単に挨拶をすませた後、僕はその隣に座る。

 僕が来るまでに彼女は何を想っていたのだろうか。僕と同じように僕の姿を探していただろうか。そんな都合のいい妄想を抱いていることなど知る由もなく、彼女は屈託のない笑顔を僕に向けてこう言ったのだった。


「今日は少し冷えるね。もう少しこっちに座れば?」


 僕は肯いて彼女の肩に少し触れるくらいの位置に座り直した。彼女からは、シャンプーの凄くいい匂いがする。

 この公園で初めて彼女と出会ってから三ヶ月、今日こそ想いを伝えようと決めていたはずなのに、いざ目の前にしてみると何を言えばいいのか分からなくなってしまう。


「あ、あのさ」

「なあに? マサキくん……キャッ」


 彼女が驚いたのも無理はない。僕の連れていたジョンが、彼女の連れているキャサリンの背後から飛びかかって腰を振り始めたのだ。


「なっ! 何をしてるんだ。やめろジョン!」


 僕は慌ててリードを強く引っ張ってジョンを叱った。しかし、いったん興奮状態になってしまったジョンが自ら止まるはずもない。ジョンとキャサリンはお互いの股間に顔を突っ込んでぐるぐると周り始めたかと思うと、しだいにジョンのいきり立ったイチモツが伸びてきて再びキャサリンに覆いかぶさった。


 これから告白しようというタイミングで交尾を始めるだなんて。この気まずい空気をどうしてくれる。ジョンよ。


「で……でもまぁ、キャサリンとジョンがカップルになるといいねって、マサキくんも前に言ってたし……」


 恥ずかしさから、目の前の光景を直視できずにうつむいたままユキさんが言った。


「そ、そうだね……」


 僕はそう答えるのがやっとだった。辺りにはジョンが腰を打ちつけるパンパンという乾いた音が響いている。

 やがて体位が正常位に移行した頃、付近で車が何かにドスンとぶつかる音がした。驚いて僕とユキさんが駆けつけると、電柱に衝突したタクシーから運転手が自力で這い出してきたところだった。


「大丈夫ですか?」


 ユキさんが声を掛けたが、当然返事はない。運転手は自分で911に電話しているようだ。


「警察か? すぐ来てくれ! 公園で全裸の男と女がセックスしてるんだ。あと犬も二匹放し飼いになってる」


 僕たちがジョンの方を見ると、キャサリンが騎乗位になっていて事故には気がついてもいないようだった。人間とはなんて節操の無い生き物なんだろう。

 そう思うと同時に、僕は少し羨ましくもあった。


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