10.像になったハナコ



 ハナコは像である。

 ハナコは人が嫌いだ。


 神殿の奥にたたずみ、一日中、ゆかを眺めて暮らしている。

 たまに人がきて、ハナコの体をブラシで掃除していったが、彼らは明らかにハナコを馬鹿にしていた。


 やれ穀潰ごくつぶしだの、羽根が磨き難いだのと、ハナコに対する罵詈雑言ばりぞうごんは作業の間ずっと続くのであった。像への敬意など微塵みじんも無いのである。


 いつか体が自由に動かせるようになったらば、目の前の奴らを踏み潰してやらねばならぬと思っていた。


 元々ハナコは東京でOLをしていたが、マンションのベランダから落ちた後、気がついたらこうなっていた。

 詳しいことは像なので知らぬ。


 ある時、ハナコの目の前に黒い頭巾ずきんを被った男が現れた。全身を黒いマントで覆っていて、中の様子はようとして知れない。ただ、なにやらぶつぶつと床に向かって話している声から、若い男であることだけはハナコにも分かった。


 それから男は、床に描いた文字に両手をついて、天に向かって言ったのだった。


——いざ、目覚めたもう。我がしもべとなりて。


 不思議なことにハナコは、いかづちに撃たれたかのような衝撃のあと、あれほどに願い叶わなかった、身体が動かせる感覚を取り戻していたのである。


 男はハナコが動き出すのを見て歓喜した。そうして、これから訪れる苦難のために、ハナコの力を貸し与えんと欲した。

 ハナコはそれを聞いて、否、実際にはほとんど内容など聞かずに、持っていた大理石で出来た剣を男の頭上に振りおろした。


 男の頭はメキメキと音を立てて胴体にめり込み、血を吐いて床に倒れ伏した。

 ハナコは像とは言え、その精神までおとしめるには叶わず。

 このような男に利用されるのだけは御免だと、OL時代に決めていた。


 ハナコは瀕死の男には見向きもせずに、地響きを立てて歩きだす。

 どこへ向かうべきかは明らかだった。

 清掃員のところである。

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