4.交通安全ロボット


 今日もトオルくんが信号機に合わせて旗をふっている。

 今でこそ塗装もところどころ剥げかけ、交通安全の旗さえも汚れてかろうじて読めるかどうかの状態となったトオルくんだが、これでも設置された当時は近隣の住民から歓迎して受け入れられたロボットだった。


 住宅街にあるこの小さな交差点は、小学校への通学路であるにも関わらず、国道からの渋滞を迂回してくる車が後を絶たない。事故が多発し高まる住民の不満を解消するため、交通省から派遣された交通安全ロボットがトオルくんだ。


 トオルくんは、信号機制御システムのICTSと連動して目の前の車を強制停止させることもできる。人工知能の学習機能により住人の顔も覚えて優先してくれるし、イベントがある時には臨機応変に対応することもできた。そのおかげで、この辺りの事故は激減したのである。


 俺たちが子供の頃には最新型だったトオルくんも、近頃では老朽化が進んだせいか時おり故障ではないかと思える動作をするようになった。例えば、猫の通行を優先して車の渋滞を引き起こしたりだとか、原因不明の通行拒否などがあった。


 しかし、付近に古くからいる住民たちの多くは、こうしたトオルくんの誤作動でさえ享受し、時に笑い話として受け入れていた。俺たちは、自分たちのことを長い間守り続けてくれたトオルくんに感謝し、また愛していたからだ。


 このごろトオルくんは、水曜日になると自宅に帰る俺の車をとおせんぼするようになった。

「今度はいったい何だい? トオルくん」

 車から降りてトオルくんに話しかけてみるが返事はない。会話機能がないことくらい知っている。

 俺は付近にトオルくんが反応する何かがないか探してみた。まさかとは思ったが、蟻や昆虫が横断歩道を這っている可能性さえ考えて、地面に這いつくばって目をこらしてみたが無駄だった。


 俺は他の奴らがそうするように、諦めて車に戻って暇を潰すことにした。相変わらず横断歩道に人影はない。スマートフォンで、妻にまたトオルくんに捕まってることをメッセージで告げると笑いながら返信がきた。この辺りの住民は慣れっこになっていて麻痺しているが、この調子でどんどんおかしくなっていけば、近いうちにトオルくんは回収されてしまうだろう。できればそうならないように、俺は原因を突き止めたかったのだ。

 しばらくすると、トオルくんは何事もなかったかのように交通安全の旗を上げ俺の車を通してくれた。



 翌週になって、俺はついに恐れていたことを目にしてしまう。トオルくんがついに回収されてしまったのだ。子供の頃からそこにいるのが当たり前となっていた横断歩道に、ぽっかりと空虚な穴があいたように感じられた。


 いつもならトオルくんに止められるはずの交差点を通り過ぎて家に到着し、落ち込んでいたせいか声もかけずに家の中に入った。

 見知らぬ革靴を玄関に認め、恐る恐る寝室を覗くと裸で男と抱き合う妻の姿を発見した。


 そこから先のことはあまり覚えていない。

 俺はパトカーの中から、通り過ぎる例の交差点の景色を眺めて、優しいトオルくんのことを思い出して泣いていた。

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