13.貞子と景気戦略



 13インチのモニターから出てくるのに貞子はエスパー伊東なみの努力が必要となった。


 まず頭だけ外に出そうとして、肩がつっかえるのに気がついて一旦引っ込む。


 両腕を伸ばして先に出し、そのままくぐろうとすると、今度は頭の部分から先に進めないことが分かった。


 貞子は右腕をモニターの隅に当てがって先に出してから頭を突っ込んでみた。

 先ほどよりはいい感じに思われたが、どうしても左肩を抜くことができそうにない。


 そう言えば、何かの小説で縄抜けの名人が関節を外して縄を抜けるシーンを思い出した。

 もちろん貞子は関節を外した経験などない。

 テレビの画面から抜け出そうとする時、先に関節を外してから挑めばいいのか、それとも抜ける途中の任意の場所で外したらいいのか、それさえも見当がつかなかった。


 こんなことなら前もって練習しておけば良かった。今さら悔やんだところで現状が改善されるものではないのだが。


 貞子は勢いをつけてモニターをガタガタ揺さぶってみた。

 残念ながら状況に変化はなく徒労に終わった。


 そもそも、なぜこんな小さなモニターを使わなければならないのか。今や40インチの大画面のモニターもネットで買えば五万円しないと言うのに。


 モニターから、右腕と頭が半分くらい出た状態で貞子は考えた。


 これは若者にお金がないせいではなかろうか。バブルの頃は良かった。どの家でも競って大画面のブラウン管テレビに買い換えたので、ビデオの繋がったテレビから出るのに苦労は無かったのだ。


 なぜこんなことになってしまったのか。

 日本の景気が良くないからだろうか。景気とは皆が良いと思えば良くなり、悪いと思えば悪くなるものなのだ。政府はもっと国民に景気がいいと思わせて、お金を使わせなければならない。

 消費税の導入で消費が落ち込むことが目に見えているのに、さらに老後二千万円ものお金がいるとなれば、ますます貯蓄に回す金額が増えて消費が冷え込んでしまうではないか。


 貞子が突き出した頭の角度を変えると、腰を抜かした男の姿が目に入った。

 三十歳を超えているのにアニメのTシャツを着ており、部屋を見回しても働いている風な様子がない。


 考えてみればインターネットの普及した辺りからこうなったのではなかったか。あらゆる層の人達が等しく発言力を持ち、価値観の平準化が進んでしまった。

 いまや働かずに飯を食うことが市民権を得たかのような振る舞い。お金が無いと言いつつ携帯にかけるお金は月一万円を超えていると聞く。


 怒りのあまり、手の届く範囲に何か無いかバタバタと必死で探した。

 見るとその様子が余程怖かったのか、男の股間が濡れている。おしっこを漏らしたようだ。


 貞子は少し申し訳なくなりつつも、手にしたボールペンでノートに


「働け」


 と書いて男に見せた。

 男は泣きべそをかいて思い切り頭を振って頷いている。男のくせに情けないやつだ。こういう奴はいつもその場しのぎなのだ。

 しかし、続けて


「大きいテレビ買え」


 と書いて男に見せると、男はふるえながら激しく首を横に振った。


 そう言えば、最近の若者はテレビを見ないと聞く。無駄なお金を使いたくないと言いたいのだろうか。あるいは、大きいテレビにしたら貞子が出てきてしまうと考えたのかも知れない。


「買わないと呪う」


 そうノートに殴り書きして見せると、ようやく男は首を縦に振った。

 貞子は満足した。こうして一人一人が消費に貢献していくことで、国全体が良くなっていくのである。


 ひとまず目的は達せられたので、貞子はモニターから頭を引っ込めて姿を消した。


 そろそろスマホの画面からも登場する手段を考えなければならないだろう。人間は常に進化し続けなければならない。停滞はすなわち衰退を意味するのだ。


 貞子は小説サイトを開いて文字を打ち込み始めた。

「13インチのモニターから出てくるのに貞子は……」

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