第24話 先輩の家をさがそう
「く、クレイジー先輩!」
お柱公園にあった段ボールハウスから出てきたホームレスは、かって警備会社で俺にウェーブパンチを教えてくれた、クレイジー先輩だった。
「ん?なぜ俺を知ってるんだ?」
「警備会社であなたの後輩だった南山ですよ」
「どの警備会社だっけ」
警備会社を転々としたんだな。仕事中酒の匂いをさせてたから、さもありなんだ。そして今はホームレスと。
「あ、ああ、思い出した。あの南山か。お前は筋がよかった。どうだ、まだ警備してるか?」
「え…っと、はい。まあフリーでですけど」
「ふへへへ、また特訓しようぜ」
先輩がへろへろとパンチのようなものを繰り出してきた。
左手で受けるが、ぺちっと音を立てるだけで何の衝撃もない。
見るとどちらの手も、ぶるぶる震えている。
おおお、あのカミソリみたいなパンチがこんなになっちまって…
酒でぶっ壊れたか。
「あのですね、僕はこの団地の警備員をしてるんですが、ここに家を作られると困るんです。というか、このままだと団地の主婦たちに畑の肥料にされかねないです。他所に行ってください」
「なに?…そうか、迷惑をかけるつもりはなかったんだが、なんかこの団地は温かくてな、もうこの頃は夜は寒くて…」
むむ、団地の外に出ないからわからないが、そういえばこの時期外はもっと寒かった気がする。異世界と接してるのが気候に影響しているのかもしれない。それにこれから本格的に冬になる。ホームレスには地獄だろう。
この人にウェーブパンチを教わったから今の収入があるわけだし、この人の取り分もあるよな。
「…わかりました。でもホームレスは卒業してもらいます。
何とかここに住めるようにしましょう」
「お、本当か、南山。いや、持つべきものはいい後輩だ」
先輩は震えるばっちい手で俺の手を握った。
とりあえずこの臭いを何とかしなくては。
俺は先輩をつれて自宅に戻り風呂に入れた。
全身を洗わせ、ひげをそり、歯を磨かせる。
服と靴は捨てて、俺の下着とジャージとサンダルを貸した。
これでなんとか見られるようになった。
腹が減ったというので肉入り野菜炒めを作ってやったらばくばく食った。
「久々にヘルシーな食事を食った。コンビニ弁当とかハンバーガーよりうまいな」
「廃棄された奴ですよね、それ」
「それでも見つけられるとラッキーなんだ」
「そりゃ、たいへんでしたね」
俺は先輩を連れて団地の管理人室に行った。
管理人の禿げたオジサンが出てきた。
「うん、部屋を借りたいの?そういうのは不動産屋を通してもらわないと。
へえ、へえ、ああ、そういう事情ですか。
南山さんには世話になってるからなあ。
えと、格安物件というか、貸す予定のない部屋ならあるんですが、いわゆる事故物件で、アレな噂のある部屋なんですよ。そこならこちらでなんとかできます。
いいんですか?
じゃあ月千円で。
はい4号棟の404号室です」
「いやあ、よかったですね先輩。いい事故物件があって」
「う、うむ。ちょっと不安だが、、、冬の寒さよりはオバケのほうがましだ」
先輩が賃貸契約書の名前の欄に、震える右手を左手で押さえながら
『暮井地辰夫(くれいじたつお)』と書き込む。
まじか。頭がおかしいからクレイジーじゃなく、本名が「くれいじ」だったのか。
そういえば警備会社で名札なんか見たことなかった。
ただ本人に向かって、みんな
「クレイジー先輩」
って呼んでも怒らないのをちょっと不思議に思った。
ううむ15年ごしに知る驚愕の新事実だなあ。
俺は管理人室の資料を見た。
「ははあ、10年前に首を吊った女の人がいるんですか。それ以来住人が居つかないと…」
4号棟404号室は俺の部屋とほぼ同じ間取りだった。
当たり前だが入居したてでガランとして寒々しい。
「カーテンと布団を買いに行きましょう」
雑貨屋でカーテンと日用道具を買い、布団は今日中に届けてもらうことになった。
「南山、すまない。この恩は必ず返す」
そういう先輩の手は小刻みにプルプル震えている。
「いや、もう先払いでけっこう返してもらっているので…まあ、そのうち話します」
「俺は仕事を見つけないと」
「がんばってください」
◆
暮井地辰夫(アルコール依存症の元警備員)
手が震える。
昔は格闘技をやる大男も投げ飛ばしたものだったが、今では中学生にも負けるだろう。
アニメ会社のイベントで火災が起こり、警備主任だった俺はすべてを失った。
建築の手抜きに加え、当日のイベント屋が予定外のことばかりし、挙句の果てに非常口を大道具でふさいでいやがった。
イベントの係員は火災時の客の誘導なんかできなかった。
警備会社としてはできる限りのことをしたが、10人の客が死んだ。
会社は刑事、民事の責任を問われなかったが、社長は会社をたたんだ。
俺は退職金を断った。
その時にはもうコレが始まっていた。
「あついよう」「苦しいよう」
火災の被害者たちが俺の周りで悲鳴を上げている。
あの事件以来しょっちゅう俺が見る幻覚だ。
おかげで俺は酒浸りになった。いやまあ、もともと酒浸りだったのだが、酒量が増したのは確かだ。
家も酒を買う金も無くなり、俺は死ぬ場所を探し始めた。
この団地の公園はなぜか暖かい。
とても居心地がいい。
公園や団地のあちこちで、ジャージ姿の主婦たちがなにかのトレーニングをしている。警備員時代の訓練を思い出す。
そしてなぜか俺の幻覚の幽霊たちも力強くなり、昼間からでも
「あついよう」「苦しいよう」
とやりだした。
慣れてしまうとこいつらもかわいいもので、
「おうおう、かわいそうになあ」と素直に同情する。
法的には俺は無罪でも、俺の良心は責任を感じているのだ。
酒でも飲ませて苦しみを和らげてやりたいが、あいにく金がない。
ここで死のうと思ったはずなのに、公園の片隅に段ボールハウスをつくり、快適さを求めて生きようとしている自分に気が付いた。
だがある日小さなイタチが現れて、団地のいたるところに茂る南天の実を出し
「たべる?おいしいよ」
としゃべった時には、ああ…俺はもう終わったなと思った。
しかもその南天がやたらうまかった。
おかしい。南天なんか鳥しか食わないのに。
俺はもう自分の正気を信じていない。
俺は狂っているんだ。
イタチの次は警備員時代の後輩だった南山が現れた。
たぶんこいつも幻覚だろうと思ったら、なんやかんやと世話を焼いてくれ、部屋まで借りてくれた。
こいつはリアルなのかな。
部屋は事故物件で、首つりがあったそうだ、、、が、どこで吊ったんだ?
アパートの天井に梁なんかない。
その日、俺は南山のおかげで久々に人間らしく過ごした。
風呂に入って食事をし、布団で寝る。
だが、夜中にあいつらの声が俺の目を覚ます。
「あついよう」「苦しいよう」
紅蓮の炎につつまれ、犠牲者たちがわめいている。
その目は俺を、
「俺たちは死んだのに、おまえはなぜ心地よく暮らしているんだ」
と抗議していた。
俺は台所で水を飲んだ。
その時、ドアのすりガラスを通して玄関が青白く光っているのに気が付いた。
ドアを開けると、玄関のドアノブにロープをかけ、足を延ばして座る形で一人の女が首を吊っていた。やせ型の髪の色の薄い、けっこうな美人だ。ネイルアート、化粧や服装から夜のお店で働いていたのではないかとあたりをつける。
とりあえず、首を吊った方法はわかった。
幽霊か幻覚かわからないが、いまさら一人加わっても俺にはあまり変わらない。
後ろを見ると火災の被害者たちが、時が止まったように固まっていた。
燃えさかる炎まで止まっている。
玄関の女を怖がっているのだろうか。
もしかして、アニメが好きなオタクの幽霊なので、ちょいギャル風の女幽霊が苦手なのかもしれない。
俺は彼らの脇を通り。流しでコップに水を注ぐ。
コップの水を玄関に置くと言った。
「すまないがコップがひとつしかない。みんなで飲んでくれ」
幽霊たちは無言のまま動かない。
そのあと幽霊たちに悩まされることなく俺は久々に朝まで安眠した。
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作者「もうすっかり年の瀬です。みなさま、よいお年を」
アニオタ幽霊「……」
女幽霊「……」
塩谷「あんたたち、なんか言いなさいよ」
アニオタ幽霊「こ…今回3300文字」
作者「お前が報告するんかいー」
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