第18話 人間がいた

俺と舞にレレがついてくる。案内をしてくれるらしい。

俺はフェルの巣(団地)を出て町を歩く。この世界と俺たちの世界は昼夜が一致しているようだ。街灯はなく、月も出ていない。

俺は試しにヘルメットのライトを切ってみた。

「夜道が結構見える。変だな」

「赤い実を食べたからだよ。夜目が効くようになるんだ。耳もよくなるよ」

そういえば感覚が鋭くなったっけ。覚せい剤に似た成分があるからな。

「きみたちはいつ寝てるの?」

「みんな好きな時に寝てるよ。眠くなったら寝るの」

自由だな。赤い実を食うと眠くならないのでは?

前方に明かりが見える。店先に日用品がある。こないだゴブリンをやっつけたところだ。俺たちの世界ではコンビニエンスストア、ドーソンにあたる。

「この店は夜中も開いてるんだな」

「店主が寝るとき閉めるんだ」

「店主も眠くなったら寝るのか?」

「うん」

すごい、全然コンビニエント(便利)じゃない。客はいつ開いてるかわからない店に行くことになる。自由すぎだろ。

俺は店の中に入った。

カンテラがぶら下がってるが、中で石みたいなものが光ってる。火じゃないのか。結構明るい。

店の中には食品、日用品、何に使うのかわからない道具が並んでいる。

「あのカンテラの中の石は何だ」

「あれは光石。魔石の一つだよ」

「ずっと光ってるのか?昼間も」

「そう」

電池切れおこさないのか。便利だな。

「大気中に充満している魔素を使って光るから、火みたいに消えないよ」

俺の心を読んだようにレレが解説した。

「魔素って魔法の元かな?」

「うん」

「他に魔素を使った道具はある?」

「水の出る水筒とかあるよ」

レレによると空気中の水分を集める素材を使って、水筒の内部に結露するように水が溜まるらしい。便利そうだ。

「いらっしゃい」

犬のおやじだ。

「このカンテラいくらですか?」

「30000ギル」

価値が全然わからん。

「お金はないんだ」

「帰りな」

「このライターと交換はどうかな」

俺は物々交換用に仕入れてきた使い捨てライターを出した。

「初めて見るな。なんだそりゃ」

俺が火をつけるとライターから50センチほどの火が吹き上がる。

まるでバーナーだ。

「うわっ、すげえな」

俺も腰を抜かしそうになっていた。

「なんでお前が驚いてるんだ?」と犬店主。

どうもこの世界はいろんなものの威力が上がるらしい。

「いや、ふだんはもっと火力を下げてるもんで。ここのつまみで・・・あとこの液体が無くなったら寿命だから」

「ふんふん、でも当分無くなりそうもないな」

犬店主はカチカチと何度も火をつける。

「まあ、普通に使う分には一年やそこらは大丈夫だ」

うーんと考えた後、「これ三つとなら交換してもいい」

俺もうーんと考えるフリをする。ライター三つで360円。ねぎるのも馬鹿らしい。

「わかった。また商売するときもあるだろう。そんときはよろしく」

「おう、ゴブリンにしちゃ、話が通じるな」

俺はライターを渡してカンテラを手に入れた。


店を出て舞が訊く。

「カンテラ欲しかったの?」

「まあ夜目が効くといっても、あると便利だろ。それにこの店に入って買い物することが第一目的だった。これであっちの世界でドーソンに入れる」

ドーソンに行けばあの娘に会えるかもしれない。


町のはずれにやってきた。

高い塀がある。町を囲む外壁だ。階段を上って外壁の上に出た。

見おろすと町の外には平野が広がっていた。

俺たちの世界ではこのあたりから郊外になるんだが、畑や田んぼといっしょに住宅はあちこちにある。この町を囲む塀といい、荒野といい、急に俺たちの世界を反映するのをやめたように見える。

俺は膝をついた。

俺は多血川のコンサート会場まで、同じような道をたどる必要があるんだ。このやり方は詰んだかな。

「どうしたの?」とレレが訊いてくる。

「この向こうにまた町があるのか?」

「ブンジーコとタワチカがあるよ」

やっぱり分国寺と多血川に相当する町があるんだ。

「その町も壁に囲まれてて、町のあいだは荒野なんだな?」

「畑もあるよ。ほらあそこ」

「なるほど」

夜なので気が付かなかったが、畑と小川、身を寄せ合うように農家が集まっている。

都市の腹を満たすためにそれなりの耕作地はあるんだろう。

だがこの荒野を進んでタチカワまで行けたとしても、現実世界で俺のパニック障害を騙せるとは思えない。この世界はなんで俺たちの世界の真似をやめたんだろう。

俺が失望に打ちひしがれていると、舞が荒野の遠くを指さした。

「誰か来る」

荒野の暗闇から何かがすごい速さで近づいてくる。

「にゃーにゃー、助けてにゃー」

あ、猫の人だ。

しかも子供のようだ。

四つ足で走って動物並みに早い。

その後ろからでかい犬が5匹、猫人間を追いかけていた。

「大変だ、獣人が紫狼に!追いつかれる!このままじゃあ食べられるよ」

レレが悲鳴を上げた。

獣人ってことはこの世界にも人はいるのか?

「おい、町の門はどこだ?」

「すぐそこだよ」

俺たちは階段を降りて、門の前にきた。

門の前に兵士らしいのがいる。豚の獣人だ。

「子供が狼に襲われている。開けてやってくれ」

言い終わらないうちに扉が向こうからばんばん叩かれる。

「にゃーにゃー、開けてにゃー」

必死の声がもう時間がないことを物語っていた。

「あん、だめだ、明日の朝になったら開けてやる」

俺は門番を押しのけてかんぬきを外した。

扉を開けると同時に猫人間が飛び込む。

すぐ後ろから紫狼が入ってこようとしたので、俺は扉に体当たりした。

紫狼は扉に挟まれ「ぎゃいん」と悲鳴を上げる。

ぐいぐい押し続けると動かなくなったので、毛皮をつかんで引きずり込み扉を閉めた。かんぬきをかけると同時に門番が剣で襲いかかってきた。

「このクソゴブリンがあ」

剣をかわして顔面にウェーブパンチを叩き込む。

「ぶひい」

転がった豚兵士の襟首をつかんで引きずり、もう一度かんぬきをはずして門の外に放り出す。

かんぬきを下ろすと奴は外からばんばん扉を叩きだした。

「おい、開けろ」

「だめだ、明日の朝になったらあけてやる」

「オオカミが来る、死んじまう。助けてくれ」

「そうか」

俺は豚兵士の剣を持って外壁に登り見おろした。

去りかけた紫狼たちが戻ってきて兵士を遠巻きにしている。仲間がやられたので、今度はちょっと用心しているようだ。

俺は壁から剣を奴の足元に落とした。

「頑張れよ」

絶望にみちた豚兵士の顔が剣をつかんで必死の形相になった。

うん、いい顔だ。死ぬと思うけど。

俺は門に戻って死んだ紫狼を調べた。青みがかったシベリアンハスキーって感じだ。剣を持っていても並みの人間じゃ勝てそうにない。動物の反射神経は尋常じゃないからな。

「こんなのが町の外にはうようよいるのか?」

「昼間はそうでもないよ。商人たちも行き来してるし。もちろん護衛は雇ってだけど。だけどトモさまだったら強いから心配いらないよ」

いや狼だぞ。群れとか無理だろ。

「マンテスを倒せるなら紫狼なんか何匹来ようがへっちゃらだよ」

マンテスってでかいカマキリだろ。あいつそんなに強かったのか。倒したのは大佐の銃だけど。

「助けてにゃー。お父さんとお母さんがまだ外にいるにゃー」

「え?荒野にいるのか?何してるんだ?」

「荷馬車でこの町に来ようとしたら、地面に大きな穴が開いて馬車が落ちたにゃー。僕だけ穴から這い出してきたけど、馬車は埋まっちゃって、掘ってたら日が暮れたので逃げて来たんだにゃー。」

「そりゃ大変だ。でも外は危険なんだろう?町で人は集められないか?」

レレに尋ねると、集められると思うけど朝までは誰も壁の外には出ないと言う。

「そういうわけだ・・・言いにくいけど埋まってるんならもう手遅れの可能性が高いしな。生きてるものを危険な目に遭わせるわけにもいかん」

「にゃーにゃー」

猫の子供は泣きだしてうろうろしている。居ても立っても居られないんだろう。見てられないな。

俺は自宅警備員だし、今日ここにいると言うことは何か使命を持たされているのかもしれない。

うーんと考えて俺は舞に言った。

「フィルの巣でレレと待っててくれ。俺はこの子と見てくる。塩谷さんたちが来たら一緒に帰れ」

「わかった」

ものわかりがよすぎる。気配を消してついてくる気だな。ロープがあれば縛り上げて転がしておきたいが、それはそれで心配だ。

「やっぱりついてこい」

「わかった」

レレも断ったがどうしてもついてくるという。

結局他人を思い通りにするのは不可能だなあ。常識では誰かを助けようとして被害が増えるようなことはやるべきでない。まして子供を連れて行くなんて言語道断だ。俺は舞に敵が現れたら気配を消せ。でもこれを振り回している俺には近づくな、と注意してリュックから虎徹を取り出した。

門を開けると血まみれの豚門番が剣を振り回して狼たちを遠ざけていた。

門が開いたのを見てあわてて中に入ろうとする。

紫狼がその背中に跳びかかったので、虎徹でその顔面をひっぱたいた。叩いたつもりだったが、俺の腕は異様な速さで振りぬかれ、裁断機の鉄棒は紫狼の顔の半分を刃物のように切り取った。

残る三匹の紫狼たちがあわてて逃げ出す。

「ほら、あいつら強い奴には臆病なんだよ」

そうか、野生世界では怪我をすると命にかかわるから、捕食対象は弱いやつだもんな。

振り返ると扉の隙間から豚門番がおびえた目でこちらを見ていた。

「噛まれる痛みが分かったか。次から門を開けてやれ」

豚門番はコクコク頷くとその場に倒れた。失神したらしい。


猫の子の先導で俺たちは荒野を歩く。行けども行けども荒野だ。

猫の子に「俺はトモっていうんだ。君の名前は?」と訊くと

「キャルですにゃ」と答えた。

「えーと、俺は君たちの種族を始めて見るのでわからないんだが、君は男の子かな?女の子かな?」

キャルは半そでに7分丈のパンツを履いている。

「男だにゃー。トモさんも男にゃ?」

「うん。レレも男だよな」

「そうだよ。きみも男だよね」とレレが舞に言った。

「あたしは舞。女」

「え、、、、ごめん」

レレはわかってなかったのか。ショートカットだしな。

「この世界には人間はいるのか?」

「人族のこと?いるよ。」

「そうか」

「このへんにも昔はいっぱいいたけど、最近は見ないよ。西のほうで人間の町がまるごと消えちゃったんだ。どこに行ったのかな?ゴブリンは今でも多いけど。トモさまは人族なの?」

「そうだと思うけど、ここの人族のことをよく知らないからな。俺と同じかどうかあやしいもんだ」

「他種族のことはよくわからないよ」

どうやら同族以外のことには無関心らしい。

前をせかせかと歩いていたキャルが走り出した。

「あそこだにゃー」


そこは直径5メートルの地面が陥没していた。

3メートル下に瓦礫と馬車が見える。

馬車はひっくり返り、荷物の農作物が散乱している。馬は足を怪我したらしく、虫の息だ。キャルが馬の頭をなでる。

「うう、ペルセウス~、かわいそうにゃ」

なんでお前たちの名前は単純なのに、馬の名前の方が偉そうなんだ?

馬は歩いたり走ったりして筋肉を使わないと、血液を循環させることができずに死んでしまう。身体が大きくて心臓だけでは足りないのだ。ここは安楽死させるべきなのかな。

でもその前にキャルの両親を探さないと。

四人で瓦礫と馬車をどけながら気が付いたが、ここは人工の穴だ。

いま運んでいる瓦礫も周囲の壁もレンガでできている。

崩れた瓦礫の大半をどけたがキャルの両親はいなかった。

「少なくともここにはいないよ。這い出して出て行ったのかな?」

レレが穴を見上げる。

「いや、だったらここでいま俺たちがしたように瓦礫をどけてキャルを探すと思うんだが」

俺は考えながら馬にウェーブヒールを浴びせまくった。

馬は立ち上がろうとするが、前足が痛むらしくまた倒れて鳴きだした。さすがに骨折までは治療できないか。

「こっちに横穴がある」

舞が瓦礫の隙間から顔を出して俺たちに言った。

横穴といっても人が立って歩ける大きさだ。というかこの崩落は、この通路の天井が崩れたってことか。俺たちは横穴を歩き続けた。すると広い通路に出た。

でかいトンネルで左右には店が並んでいる。通行人が行きかっていた。歩いているのはゴブリンっぽい。

「レレ、あれはゴブリンか?」

「ううん、人間だね。最近見ないと思ったら地下に潜ってたんだね」

人間!・・・緑色じゃないか。

映画やアニメだと普通ゴブリンの方が緑だろ。逆だろ!

なんでこの世界の奴らが俺のことをゴブリンというのかよくわかった。

俺は薄暗い中で店を開けている商店の親父に話しかけた。

「すいません、ここに落ちてきた猫族の夫婦を知りませんか?」

「ん、ああ、昼の崩落で落ちてきたやつか。そこの病院に運びこまれたぞ」

トンネルの中でも昼夜があるのか。

「にゃああー」

キャルがダッシュで病院らしき建物に向かう。職員らしき人にキャルがしがみついていた。気の毒そうな顔で職員が指さす。いやな予感しかしない。

職員が指した部屋に猫の夫婦はいた。

足を包帯でぐるぐる巻きにした猫人がベッドに横になっている猫人に付き添っている。

「お父さん!」

キャルが部屋に入ると、足を怪我した猫人の顔が驚きから喜びに変わった。

「キャル!生きてたか!よかった」

抱き合う二人。

「キャル、お母さんがもう危ないんだ」

ベッドの母親もキャルを見て少し笑った。衰弱がひどい。

キャルが恐るおそる母親の手にそっと触る。

「お母さん」

「お前が・・・無事でうれしいよ・・・安心した」

どう見ても死にかけてる。ほっとして天国に行きそうだ。

俺は医者にささやいた。

「本当にまずいんですか」

「今日一杯もつかどうか・・・」医者がそっと告げる

「それじゃあ、試してみたい治療があるんですが」

「あなたも医者でしたか。こちらは手を尽くしました。やってみてください」

俺はシーツを剥ぐと母親の肩と腹に手を当てた。

なんとなくそこが悪いと言う気がしたからだ。

「今から治療をします。少し苦しいかもしれません」

母親がこちらを見てうなずいた。

「ウェーブヒール」

手がぼうっと光り、母親が「うっ」とのけぞる。

キャルと父親が不安そうにこちらを見ている。

俺は母親に「どうですか?苦しいですか?」と訊いた。

「・・・一瞬は、、でも、さっきより楽になったような・・・」

荒い息をつきながら母親が答える。かなり体力的な負担をしいているようだ。俺は迷った。他人のことはわからない。

俺は母親に今の状態と、今の治療を続けるか訊いた。

母親の目が真剣になり「お願いします」とささやく。

口を真一文字に結んで体にあるだけの力を込めたようだ。

俺は連続でウェーブヒールを当てた。

母親は汗を吹き出し、ブルブルと体を震わす。

うわあ、死なないでくれよ。俺が殺したみたいになっちゃう。

10発ほど当てて様子を見ると、母親はぐったりしていた。

「なんかだいぶ、、楽に、なりました・・・」

「よくがんばりましたね」

この状態でウェーブヒールを続けるのはよくなさそうだ。物事には塩梅というものがある。世の中は万事バランスをよく見ながらでないと、

全部だめにしてしまう。

医者が「なんです、今のは?」と訊くので

「ただの怪しい民間療法です。回復魔法的な」と教える。

リュックの中から薬を出す。異世界に来るので救急箱から持ってきた抗生物質があるはずだ。怪我したのだから化膿止めは必要だろう。あった。

「これを一錠飲んでください」

体力が無いので飲むのもつらそうだ。医者と話してみると点滴は知らなかった。どうしたものか考えていると、急に母親が起き上がった。

「え?大丈夫なんですか?」

「・・・はい、そうみたいです」

俺も医者もポカンとした。

「なにを飲ませたんですか?」と医者。

抗生物質に治癒効果なんてないだろ。あるのは殺菌効果のはずだ。

俺は改めて薬を見た。

・・・これは抗生物質じゃない。大佐から貰った謎の薬だ。捨てるのもよくない気がしたので救急箱に入れたのを間違えて持ってきたらしい。

俺は母親を見た。

「おお、顔色も戻りましたね」

医者が言うが、緑だからわからん。

おれはリュックをひっつかんで来た道を引き返す。そこにケガをした馬が横たわっていた。近くに人がいる。安楽死させる気かもしれない。

「ちょっと待ったあー」

俺は急いで駆け寄り、さっき母親に飲ませた薬をどうやって馬に飲ませるか考える。馬の体重は人間よりはるかに重い。母親の10倍くらいの薬が必要そうだ。

これでどうだ。俺はリュックの中からゼリーこんにゃくのリンゴ味を取り出し、薬を一個に一錠づつ詰め込んだ。

「おい、食ってみろ、ほら」

キャンプ用食器一杯の10個のゼリーこんにゃく。

俺の願いが届いたか、馬は不審そうな様子を見せつつ、リンゴの匂いに惹かれて口に入れ飲み込んだ。

「足折れてるぜ」

近くの男が言う。

だがしばらくすると馬は立ち上がった。

「あれえ、どうなってるんだ?」

俺が手綱を引いて馬を歩かせると嬉しそうに駆け出した。

「うん、大丈夫だよな」

「ヒヒン」

どうやらこの薬は異世界物で言うところの回復薬らしい。

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