第21話 トイレを探す男と彼女たちの決断

南山友樹


すべて順調に進んでいる。

今やテニスクラブの会員はすでに380人。

この団地の主婦の大半だ。

もちろん全員がテニスコートを使えるわけもなく、希望者だけがテニスをしている。

残りは塩谷さんたちと「修行」だ。

おれは週に4日ほど出勤し、会員たちにウェーブヒールをかけまくる。


こないだ車いすのヨボヨボのおばあさん会員がきた。

こんな人テニスクラブに入れちゃダメだろ、と思いつつウェーブヒールをかけると

「おお、歩けます」と言って二本足で歩いて帰っていった。

車いすは事務室に置いたままだ。

この話もすぐに団地内に広まったようだ。

クラブ会員が事務所の車いすを見て

「噂は本当なんですね」

って言ってたもん。

車いすを処分しようとしたら塩谷さんたちにめっちゃ叱られた。

なんか本当に教祖にされそうで怖いんですけどー。


会員たちからいただく月3千円(運営費込み)の会費で俺の収入は爆上がりした。

それもこれも、ニートをしながら双眼鏡で真面目に自宅警備員に励んだおかげだ。

基本を忘れるわけにはいかない。

俺は自宅警備員なのだ。


その夜、俺は団地内を警備していた。

午後9時。

コダマートと公園族以外に人はいない。


その不信人物は新しくできた農地を横切り、林の方に入っていく。

街灯もなく暗いところで何をする気だ?

最初は自転車泥棒と思ったが、あとをつけてわかった。

男は茂みの中でズボンをおろし、しゃがみこんだ。


「やめなさい!」


俺が話しかけると、男ははっとして立ち上がった。

ぼさぼさの頭、ひげ、汚れた靴、ぱんぱんに何かが入ったレジ袋、、、ホームレスだ。


「そこでうんこをしてはいけない。この先の公園に公衆トイレがあります」


男はきまり悪そうに「わかりました」と言いズボンを上げて歩き出した。

赤い実を食べているので、俺は夜目が効く。

その男の顔には見覚えがあった、が、誰なのか思い出せない。

誰だっけ?

団地の人?・・・いや、ホームレスだから・・・

50メートル先で小道を歩く男がきょろきょろしている。

俺は男に聞こえるように大きな声で言った。


「その道をまっすぐです、、、そう!そのまま、、行きなさい」


男はわかった、と言うように片手をあげ小走りで行った。

間に合えよ!



塩谷恭子(ミナミんガールズ・レッド)



昨日ミナミんガールズのグリーンこと三田村夕希さんが異世界に引っ越した。

でも会おうと思えばいつでも会える。

異世界は遠くて近い場所だ。


団地のいたるところに撒かれた南天(と、わたしたちは呼んでいる)はあっという間に芽を出し、にょきにょきと伸びている。遠からず赤い実をつけるのではなかろうか。花はどんなのだろう。

南山様に教えてもらって読んだ「古平銀河」によると、江戸時代に鍵屋弥四郎が生まれた村が全滅した後、廃村に赤い植物が繁茂した・・・と書いてあった。

あの植物のことかしら?

だとしたらあっという間にはびこる可能性がある。


わたしたちはデレオの苗木と種を団地のあちこちに植えた。

団地の遊んでいる土地を農地化し、「ファーランドファーム」と立札を立てた。

テニスクラブの会員たちがファームの面倒を見ている。

管理人の許可は全員で交渉して勝ちとった。


今やこの団地の主婦のほとんどがテニスクラブに入っている。

テニスクラブと言っても、会員は農場の面倒を見たり、集会所でヨガをしたり、瞑想したり、自由にふるまっている。

先日、南山様の奇跡で歩けるようになったおばあちゃんは、すっかり元気になって農業に精を出している。農家出身のおばあちゃんだったので、彼女は農場の指導員になってくれた。死んだようだった彼女は、今は生き生きとしている。

ちなみにこのおばあちゃんのウェーブカラーはイエロー。

土魔法とは、まったくお似合いね。


テニスコートもろくに使えないテニスクラブに多くの人が入会する理由は?

特典の「南山コーチのウェーブヒール」と「ファームでできる果物」だ。

異世界から持ち帰った南天とデレオの実は誰をも虜にした。

さらに全員にウェーブパンチとウェーブヒールをできるようになるまでわたしたち指導員が教える。

ウェーブヒールを覚えた人たちはお互いにかけ合って更なる上達を目指している。


わたしたちが非合法なことをやったというのは団地内では公然の秘密になっている。

だが異世界のことを知っている人はほとんどいない。

このことがへたに広まると国に全部持っていかれるだろう。


今日、私たちミナミんガールズは話し合いをした。

新たな活動方針についてだ。


太田ブルー「つまりグリーンによると、デレオの実を食ったら古平団地の外でもウェーブパンチが打てるってこと?」


桂木ピンク「あらあ、うれしいー。ファームの収穫が楽しみ」


渡辺イエロー「グリーンも異世界で作ったフルーツや野菜をくれるって言ってたよね」


塩谷レッド「大事なのは団地の外でも魔法が使えるってことよ。私たちは魔法用の電池を手に入れたの。そしてもはやこの団地の主婦たちの大半はテニスクラブの会員で、これ以上組織の増員は期待できない」


太田「そうねー、変なやつ入れちゃうと鉄の団結がほころんじゃうし、、、今の会員なら私たちが審査してるから大丈夫だけど」


桂木「つまり、団地の外でも魔法が使えるから、外に組織を作るってことですか?」


渡辺「賛成です。テニスクラブかヨガ教室か、いずれにしろ南山様の偉大さを団地の外の世界にも広めるべきです」


太田「収益が上がれば私たちもコーチも儲かるしー」


桂木「でもリスクを背負い込むんですよねー。事業とかやったことないし、怖いですわ」


塩谷「そうね。私たちは専業主婦。世の中を舐めて痛い目に合わないように、よくよく考える必要があるわ。でも私たちには団地の主婦コネクションがある。それに人を虜にするフルーツも持っている。勝算はあるはずよ」


渡辺「資金は?」


塩谷「こないだの詐欺グループから手に入れたお金は?」


全員「「「まだある」」」


塩谷「テニスクラブの運営費もたまってるから、足りると思う。テナント次第だけど」


桂木「うん、一応欽ちゃんに相談してみるね」


太田「あたしも家族と相談しないと」


渡辺「そうよね、主婦が一存で決めるのは難しいよね」


塩谷「借金まみれになる可能性もゼロではないからね。いざという時の撤退は早めにやるつもりだけど」


わたしたちは飲み物と椅子をかたずけ、団地の集会所を出た。

心の中には迷いと不安。

会社を立ち上げるには大きな視点と細かい注意が必要だ。

商法や簿記を学ぶ必要もある。

弁護士も必要になるかもしれない。


4人とも下を向いて夜の団地の歩道を歩いていた。


その時声が聞こえた。

その声は団地の棟にこだまし、わたしたちには天から響いたようだった。


『その道をまっすぐです』


「え?」

「なに?」

「なんかコーチの声っぽい」

「事業やれってこと?」


『そう!そのまま、、行きなさい』


「・・・」


どこにも人影はない。

聞こえるはずのない声を聞き、私たちは顔を見合わせた。

同時に決意した。

何を迷っていたのだろう。

障害があればわたしの火で燃やし尽くせばいい。

南山様の偉大さを外の世界に知らしめるのだ。


ほかの三人の顔にも同じ決意が見て取れた。

迷いは去った。

全員がニッと笑う。




-------------

作者「よし、今回は2900文字だ」

塩谷「わかったから、早く公開しなさい」

作者「公開ボタンを押した瞬間、校正力が上がるよね。あ、ここ日本語へんだって」

塩谷「公開した後で、何回も何回も書き直してるんじゃないわよ」


ホームレス「俺のウンコを止めた男、どっかで見た顔だったなあ・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る