第2話 アイアンエンジェルズ

 頭のおかしいママ、改め、変なじじいがうちのベランダから落ちて、死んだ。

あれから一週間がたった。マスコミが何人か来たが、すべて門前払いした。もともとテレビはアニメと映画以外見ない。ネットニュースによると世間は思ったほど騒いでいない。事情聴取中の参考人が逃げ出し、そいつが自分で毒をあおって五階から落ちたとの発表。責められているのは警察だ。警官がふたり死にかけたという記事はない。被疑者死亡では裁判もないだろう。あったとしても俺は出廷できないが。

報道では「参考人の男は偽名を使って同じ団地に住んでいた」とある。もとの住居がわかってもいまだ奴は正体不明らしい。よく入居できたものだ。審査はどうなっているんだ。彼の足が奇形だったという記事もない。奇怪な事件だと思うが、驚くほど出回っている情報が少ない。明らかになにか規制が敷かれている。そしてマスコミの報道も別の事件に移っていった。世間は飽きっぽいのだ。


俺はお袋を送り出した後、掃除と洗濯をする。

洗濯物を干しつつベランダからチェックすると、マスコミの人間が数人うろついていた。ここからの景色を毎日チェックしているのですぐにわかる。


 日課の筋トレをしたあとシャワーを浴び、ネットニュースをチェックする。

そして一つの記事が目にとまった・・・


ほおおおおおうわ

これは、


驚天動地

なにを、

死んだ


どうしよう


頭がパニックになった。喜びと絶望が同時に押し寄せたからだ。

そこにはとあるアニメの制作発表の記事があった。

「グッドナイトガールズ」

そして番組に合わせて三人の声優がユニットを組み、そのチーム、グッドナイトガールズが放送開始時にコンサートをやるという。



おれにはわかる。

これはの製作者たちのリベンジだ。


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二年前

俺はアニメや映画のグッズをデザイン、販売をする会社を経営していた。

社員は俺が声をかけて集めた19人。そこから会社名は「ルナティック19」とした。

吹けば飛ぶような中小企業だが、センスの良さでマニアの間では高評価だった。


そして俺は

あるアニメに出会った。

「アイアンエンジェルズ」

鎧をまとった三人の美女。

設定、ストーリー、作画、すべてが俺のストライクだった。

パイロット版を見て感激し、すぐにデザインをしまくった。

Tシャツ、スマホケース、メモ帳、

持ち込んだデザインはすべてアニメ製作者に気に入ってもらえた。

このアニメは絶対に当たる。儲かるに決まってる。

俺はビジネスマンというよりただのファンになっていた。

会社のパートナーたちは忠告した。

「絶対はない。君もいつもそう言っていただろう。一つの作品にこれだけ投資するのはリスクが大きすぎるよ」

俺はその忠告を無視した。だが彼らの言うとおりだった。

放送前に早くも目のきくアニメファンは食いつき、ネットで盛り上がった。

第一話の放送に合わせてイベントが行われた。

声優と製作者とファンたちの前夜祭。

楽しい夜になるはずだった。火事さえ起きなければ。

イベント会場の防火対策が不十分だったのに加え係員の誘導がまずかった。

手抜き工事だったのか、内装に可燃材が山ほど使われていたのか、消防車が来た時には鉄筋とコンクリートの建物は松明みたいに燃えていた。

10人のアニメファンが亡くなった。

アイアンエンジェルズの二話以降は放送中止になった。


取締役会で俺は自分で作った会社を追い出された。

会社に損害を与えた責任を取って、自分で辞めるべきだったのだろうが俺にはできなかった。「ルナティック19」は俺自身だったからだ。

俺は生まれ育った団地に戻り、引きこもった。ほとんど外に出なかった。

自宅でネットと漫画とアニメと映画を見続けた。

ある日家から外に出ようとすると、心臓がドキドキし気分が悪くなった。

世界が悪意に満ち、イベント会場を燃やした炎が俺に襲い掛かって来るように感じた。その場に倒れこみ這いずって自宅に戻る。玄関に入った瞬間、悪意の炎は消え失せた。

俺は自分が家から出られなくなっていることを知った。


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俺は「グッドナイトガールズ」の記事を見て感動に震えた。

アニメ「アイアンエンジェルズ」の制作者たちが受けた打撃は俺とは比較にならないほど大きかったろう。

火事は彼らのせいではない。

だがマスコミは彼らのせいで人が死んだかのように報道した。

「問題はなかったのか」なんて質問されれば「ない」なんて言えるわけがない。

なんといっても自分たちの作品を好きになってくれたファンが死んだのだ。

そしてあれだけ気合を入れた作品が放送中止。俺なら再起不能になったかもしれない。


だが彼らは立ち上がった。

「グッドナイトガールズ」は「アイアンエンジェルズ」のリブートでありリベンジだ。俺にはわかる。設定は全く違う。グッドナイトガールズはダメダメ女子高生たちの日常アニメらしい。鎧をまとって敵と戦ったりしない。だが彼女たちは友情を武器に不条理な世間にあらがうのだ(設定より)

そしてこのグッドナイトガールズは、まさにアイアンエンジェルズの声優ではないか。俺が引きこもっている間にあの製作スタッフたちは着々とリベンジの準備をしていた。なんて偉大な人たちだ。

涙があふれてきた。

もしかしたら、彼女らのコンサートでは新曲に混ぜて、あのアイアンエンジェルズのテーマが歌われるかもしれない。

このコンサートに行きたい。

どこでやるんだろう。

たとえ南極だったとしても行かねばならぬ。

俺は再び記事にかじりつく。

「アニメ『グッドナイトガールズ』は多血川(たちかわ)市を舞台に・・・」

だと?ご当地アニメというやつか。

多血川は電車で15分の距離じゃないか。なんなら自転車でも行ける。

ではコンサート会場も多血川の可能性が高い。ち、近いぞおぉぉぉ!

・・・しかし俺は自宅から出られない。

どうすればいいんだ?


記事を読んだ10秒後、俺はばたりと倒れた。そのまま身じろぎもせず夕方まで考えたが解決策は出てこない。


横向きの夕方の空・・・をバックに少女は俺の前に立った。

「おい、勝手に入るな」

俺は横になったまま少女を見上げる。

隣の虐待少女は施設に入ったはずだが、あれから何度もこの団地に戻ってきている。

施設が徒歩5分の場所にあることと、行方不明の母親が数年分の家賃を前払いしているせいだ。もはや事故物件なので、少女が出て行っても借りてもいないだろう。管理会社はとりあえずそのままにしておくことに決めたらしい。

「何してるの?」

「考えている。外出する方法を」

「まだでられないの?」

「そうらしい。だが出なくちゃいけない用事ができた。おれが立派な大人になるために」

少女が俺の手を取って引っ張る。

「来て」

俺は立ち上がって少女についてベランダに出た。

わが505号室と少女の504号室を仕切る段ボールが外されている。

隔壁が壊されて以来、俺は何度も段ボールを貼り付けたのだが、そのたびに少女がはがしてしまう。

ひらひらとガムテープが舞う隔壁の枠をくぐり、少女が俺を504号室に誘う。

「お、おい。ちょっと待て。無理だから」

「いいから。自分の家だと思って」


かちゃりと音がして陽光が陰った気がした。


手をひっぱられて俺は504号室のベランダに立った。


なんともない。

パニック障害は起こらなかった。

これが隣家か。

ベランダから見た景色が微妙に違う。


窓から家の中を覗く

流しとバス、トイレの位置以外はうちと同じつくりなんだな。

くるくる見回して、俺は思わず笑った。

「ははははははは、大丈夫だ」

「そう、よかったね」

心なしか無表情な少女が今は少し明るく見える。

「えーと、君の名前は?」

「北見舞。あなたは?」

「南山友樹だ。」

「コーヒーでいい?南山さん」

「ありがとう、北見さん」

「舞と呼んでもらうほうがいい」

「じゃあ舞ちゃん、たのむ」

リビングは清潔とは言えなかった。

部屋の隅にゴミが入った袋が並んでいる。

女装男が死ぬ前に暴れたせいだろう。


テーブルで少女がマグカップにいれてくれたインスタントコーヒーを飲みながら、なぜ平気なのか考えていると、舞が「くつろいで・・・あなたの家になったから」とつぶやいた。

そういえばそんなことを言ったな。

『自分の家だと思って』

相手にくつろいでほしい時の定型句だ。だが俺にとっては重要な意味があったのかもしれない。

もしかしたら世界中を自分の家だと思い込めば俺はどこにでも行けるのかもしれない。必要だったのは発想の転換だった。外に出るんじゃない。外を自宅にするんだ。ここからコンサート会場までのルートを全部自宅ということにすればなんの問題ないじゃないか。

やってみよう、善は急げだ。

世界は俺の家だ。俺の家だ。俺の家だ。

何度も自分に言い聞かせて、玄関を踏み出す。

心拍数が上がり、周りから悪意の炎が襲ってきた。

俺は5秒でギブアップした。

舞が倒れた俺を急いで玄関に引きずり込む。

やはり無理があった。

自分の家だと思い込むにはなにか手続きが必要らしい。

だが今、俺には可能性が見えている。

外の世界に飛び出す可能性。

コンサートに行ける可能性。

再び人生を取り戻す可能性。

10分前、夕日を浴びて舞が現れるまでは思いもしなかった可能性。

可能性があるってなんて素晴らしいんだ。

「ふふふ」

「なんで笑ってるの?だめだったのに」

「だめだったらほかの方法を試すだけだ。希望がある限り俺は笑うんだよ」

「それが大人だといいたいの?」

「わかってるじゃないか。さあ、家の中を片付けよう」

「あなたが・・・うちを片付けてくれるの?」

俺はさわやかな笑顔で答える。

「もちろん。今日からここは自宅で、俺は自宅警備員だ」



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