第19話 彼らの神話とチュウボウの意味
骨折が完治した馬を連れて病院に戻ろうとすると、ちょうどキャル一家が病院から出てくるところだった。レレも舞もいる。
「もういいんですか?まだ安静にしてたほうが」
「いえ、それが全く平気です。それより・・・」
キャルの母親は落ち着きなくそわそわと見まわす。どうしたんだろう。
地下街の食品店を見つけると母親はそこで総菜を買って猛烈な勢いで食べだした。
肉も野菜もお構いなしだ。
唖然としていると、俺が連れている馬もすぐに近くの八百屋に向かって野菜や果物をバリボリ食い始めた。
「こら、ペルセウス!」
キャルと父親が止めようとするが、馬は食い続けるので、父親が八百屋から野菜を箱いっぱい買って馬に与えた。
うーん、これはあの薬の副作用らしいぞ。
八百屋の店主はそれを見て、売り物にする段階で切り捨てる野菜くずを集めて箱にいれてタダでくれるという。
「なに、どうせ捨てるもんだから助かるよ」
馬は喜んでその箱の野菜くずもがつがつ食っている。
父親が礼を言うと、八百屋がにんまり顔で交渉しだした。
「あんた荷車に作物を満載してたろ。あれはどこに売る予定なんだ?
ああ、ダイラコの町か?
ここからだと1時間くらいかかるぞ。それより、うちに卸さねえか?
ここは地下生活で野菜は不足気味なんだ。ダイラコよりは高値になるぜ。
お前さんが今買ったキャベツの値段見りゃわかるだろ。
ちょっと見たがお前さんとこの野菜は上物だ。みんな喜んで買うよ。その野菜はみんな町の保管庫にしまってある。あんたが行けば出してくれるよ」
「本当ですか。あたらしい取引相手ができるなんて、うれしいです」
俺はキャルの父親に病院の治療費はどうだったか訊いた。
「天井が崩れたのは町の責任だからって、町が払ってくれるそうです。なんでもあそこに地上に出る穴を作る予定で、掘って天井が薄くなってたそうで」
地下生活者たちなんで胡散臭いと思ったけど、ずいぶんちゃんとした町なんだな。
それにしてもこの地下の町はどこまで広がっているんだろう。
俺たちはさっそく町も保管倉庫まで行って野菜を出してもらった。
けっこうな量なので荷車を借り、八百屋まで運ぶ。
八百屋から金を受け取ると、キャルの父親はそれを俺に差し出した。
「なんです?これ」今日はトモさんに女房と息子を救っていただきました。お礼です」
「トモさんがいなかったら、僕もお母さんも死んでたにゃ」
俺は断った。
「そんなお金受け取れませんよ。農作物は農民が一生懸命何か月もかけて世話をし、運も重なってようやく収穫できたものです。たまたま居合わせて、たまたま薬を持っていて助けたのとは重さが違いすぎです。人助けを商売にしてるのならいただくこともありますが、それでも労働に見合っていない」
「でもそれじゃあ、こちらの気が収まりません」
「では次に僕が困ったことがあったら助けてください。この辺は不慣れなので、知り合いが増えると心強いのです」
「そりゃ当然ですよ、できる限りお手伝いします」
キャルが黄色いオレンジのような果物を差し出した。
「じゃあ、これあげるにゃ。キャルが好きなデレオの実にゃ。うちの庭になってるにゃ」
「おお、うまそうだ、ありがとう」
八百屋に売らなかったところを見るとキャルのおやつなのかもしれない。俺は三つの実をありがたく頂戴してリュックにつめた。
「うんうん、いい場面です」
振り返ると小太りのおっさんがいた。
「誰?」
「誰にゃ?」
「わたしはこの地底都市クン=ヤンの町長をやっとるバタフライです。わが町の不手際でケガをしたみなさんに謝罪をしようと。もうしわけない。トモさんにもお礼を言いたい。おかげで死人が出ずに済みました」
いや、バタフライって町長じゃなく蝶々だろ、内心突っ込みつつ差し出された町長の手を握った。
町長はキャル一家に慰謝料を渡すと、このクン=ヤンの町は野菜が不足がちだから、今後定期的に野菜を卸してほしいと頼んでいた。野菜を売る予定だったダイラコより近いのでキャルたちは喜んでいる。
「あなたたちの家はどちらです?ああ、なるほど。では33番出口を使いなさい。一番近いですよ」
町長は案内板の前で手招きして、地図を指さした。
地図で見るクン=ヤンの町を見て俺はピンときた。
「町はこれだけですか?この先は?」
「ありません。ここまでです」
「この町は皆さんが掘って作ったのですか?」
「作る??いや、町を作るなんてまさか」
え?なにがまさかなんだろう。人間は町を作らないのかな。
「前は地上に町があったのです。ですが3年前に旧支配者のせいで町が荒野になったのです。我々は地下シェルターに逃げ込みました。シェルターというのはもともとあった地下空洞を利用した避難所だったのですが、その時シェルターの奥の壁が崩れてこの地下都市が出現したのです」
キャルたちにも聞いたが、どうも旧支配者というのは災害級のモンスターらしい。力もすごいが、知能も高くて太刀打ちできないそうだ。
この世界では神話上の生物たちが闊歩し、町を破壊している。
キャル一家の荷車は壊れた部品を交換すると無事に動いた。
町長が33番出口まで案内してくれる。
先ほど町の地図を見て気が付いたことが徐々に確信に変わった。
この地下の通路は俺たちの世界のニセアカシヤ通りだ。
「町長さん、もしかしてこの地下の町はかって地上にあった町にそっくりじゃありませんか?」
「ええ、そうです。だって再生神が造ったのだからそうなるでしょ」
「再生神?」
この世界では大きなものが壊れると、それは元の姿か、違った形で再生することがあるらしい。また、大きな建物が理由もなく消えてしまうこともあるそうだ。そして人間が造った建物はほとんど消えてしまう。建物はすべて神が造るものらしい。
つまり地上の町が消えると、地下にそっくりの町ができたわけだ。
俺はその町を通れば、パニック障害を克服して元の世界を歩けるはずだ。
気が付くと町長が危ないものを見る目で俺を見ている。
俺は嬉しさのあまりスキップしていたらしい。
問題はニセアカシア通りまでで町が途切れていることだ。
俺の世界で多血川にあたるタワチカまで続いてくれないと困る。
33番出口は町の端にあった。
緩やかなスロープを上がると、門番が洞穴についた重い扉を開ける。
夜は明けていた。
外は荒野、遠くに集落らしきものが見える。
「あれがわたしたち猫族の集落です」
「トモさん、マイちゃん、レレくん、どうもありがとにゃう。
僕たち一家は君たちのおかげで助かったにゃ。
いつでも遊びに来てほしいにゃ」
「うん、また会おうね。キャル」
舞たちは友達になったらしくキャルと抱擁している。
何度も手を振って振り返りながら去っていくキャル一家。
町長はそれを見ながらため息をついた。
「我々は地下に潜って以来、ここの存在を旧支配者に知られるのではないかと恐れ、食料、日用品はすべて身分を隠して買い出しに行っていたのです。だがそれも限界です。移民も少しづつ入ってきている。町がどんどん手狭になっています。」
「国は何とかしてくれないんですか?」
「対策を考えているようですが、このままだと手遅れになるでしょう」
町長は眉間にしわを寄せて現状を語った。
さっきまでは能天気なおじさんと思っていたが、苦労しているようだ。
俺たちはスロープを下り町の端の壁を叩いた。
「地下町を広げてみては?」
「再生神の意向に合わないことをしても消されますよ」
「意向に合えばいいんですね」
「?」
俺と舞はダイラコに戻りレレと別れ、お柱公園から古平団地に戻った。
朝の6時半。舞は眠くてふらふらしている。
「学校で寝ろ。存在感がないならばれないだろ」
「存在感がないから休んでもばれない。寮で寝る」
そうきたか。
自宅へ戻り朝飯を作る。
お袋が起きてきて一緒に朝食を済ますと仕事に出かけた
俺は洗濯機のスイッチを入れると布団にもぐった。
昼過ぎに起きて少ししわしわになった洗濯物を干す。
家を出て大佐内科を尋ねた。
昼休みだったので話ができた。俺は異世界での出来事を語った。
「あの回復薬のおかげで助かりました」
「あれは回復薬じゃありません」
「え?でもけがが治りましたよ。なんかの治療薬でしょう」
「やせ薬です」
「はあ??」
俺はあっけにとられて大佐のでっぷり太った腹回りを見た」
「けがを治すのは体の役割です。そんな薬はありません」
「なんでやせ薬でけがが治ったんでしょう」
「理屈は通ります。あれは身体の代謝機能を高めるんです。その結果時計を早回ししたみたいに身体が傷を治した。そして食欲も増した。患者はバクバク食ってたと言いましたな」
「ええ、母親も馬も」
「それがあの薬の副作用なんです。エネルギーの消費と食欲。そのバランスが難しくて試薬をたくさん作っている」
「やせ薬が治療薬になる世界ですか」
「持っていけば高値で売れそうですな」
大佐がにやりと悪い顔で笑うと言った。
「あなたはまた行くんでしょう。ニセアカシア通りを歩けるようになるために」
「そうですね。なんとかダイラコと地下街をつなげたいものですが、再生神ってやつの意向はなんなのか。どうにも不思議です」
「それについて考えるには、あのフェルたちから聞いた神話がカギですな」
「旧神とか旧支配者ってやつですか」
「まずあの世界ですがチュウボウと彼らは呼んでました」
「『厨房』・・・台所ですかね」
「わたしは中の房、『中房』だと思います。が、それはあとでいい。とにかくあの世界を作ったのは旧神と呼ばれる神々です。そしてそこにいろんな生物も作り住まわせた。だがその中で旧支配者という種族が他の生物を圧倒し、圧迫した。平たく言えば殺しまくった。旧神はこれをよくないと考え、旧支配者たちを次元のかなたに追放した。それから平和な時代が続き、旧神はこれをよしとしたが、彼らはそのうちどこかに行ってしまった。さて、旧神がいなくなると、彼方に追放されたはずの旧支配者が一人、また一人と現れ、暴れ始めたのである・・・という話でした」
俺はうーんと首を傾げた。
「最後のほうは『今ココ』って感じで神話っぽくないなあ」
「それは現代人の感覚です。古代エジプトでも、古代ギリシャでも神話はリアルタイムの宗教で、彼らはその中で暮らしていたんです」
「そういやそうか。それで再生神はどうなるんです?」
「あのチュウボウの世界はこの世界のコピーです。だから建物が勝手にできたり消えたりする」
「ええ、僕もそう思います」
「何のために?」
「想像もつきません」
「想像つきますよ」
「うーん・・・」
「深海にもぐる施設には加圧室というものがあります」
「ああ、潜水病の治療をする機械ですね。深海の環境に近づけ、徐々に体を慣れさせる」
「あのチュウボウはそれじゃないかと思うのです。旧神と呼ばれる種族が我々の世界を訪れるのに体を慣れさせるために作った加圧室ではないかと」
「ええっ、、、ずいぶん壮大な加圧室ですね」
「あのバカげた図書館を作ったのはおそらく旧神です。我々がたまげるような無駄を平気でやる種族ですよ。ひょっとすると彼らにしてみればコンピュータのプログラムを数行増やす程度の感覚かもしれません」
「加圧室の気圧にあたるものは何です?」
「魔法の素、フェルたちは魔素といってましたかな。それでしょう。旧神たちの世界はチュウボウよりはるかに魔素があふれているんじゃないですか。だが、この世界にはそんなものはない。もっともこの団地周辺にはチュウボウから魔素が漏れ出てると思われます。体を慣れさせる場所なら地形もここと似ていたほうがいいでしょう。そこで再生神などというシステムが作られたわけです。言葉なんかの文化もこの世界をコピーしています。ただチュウボウでは建物が自動でできるために科学があまり発達しなかったのかもしれません」
俺は感心した。大佐は怪しい裏社会に通じた医者だと思っていたが、ずいぶんと想像力のたくましい男だ。
「なるほど、それで中房ですか・・・そうすると旧神たちはこの世界に来たことがあるんでしょうか?」
「さあ、もしかしたら過去の大事件が旧神に関わっていた、なんてこともあるかもしれません」
「ふむ・・・思うんですが」
「なんです?」
「江戸時代に幼い鍵屋弥四郎の村を全滅させた鬼というのは、旧神ではないんじゃないかと」
「ええ、わたしもあれは旧支配者だろうと思いますよ」
大佐の目が真剣だ。
こちらの世界をうかがっているのは旧神ばかりではない。
旧支配者という化け物も来るかもしれない。
壮大な宇宙の仮説を大佐と話した後、日銭を稼ぐのにテニスクラブでテニスを教えるというのは頭の切り替えが大変だ。
早めにテニスクラブの事務室に行くとミナミんガールズの面々がお茶していた。俺も塩谷さん特製アップルパイと紅茶をいただく。
できる主婦だけあって菓子作りの腕も確かだな。アップルの甘みが実に深い。たしか酸っぱいリンゴの方が焼いたときに甘くなるんだっけ。
そういえば、と俺はリュックから謎の果物を取り出した。
黄色いオレンジ。
たしかキャルはデレオの実と言っていた。
「なんです?これ」
俺は異世界であったことをざっくり話した。
「キャル?猫族の子ですって?」
「それってどれくらい?大きいの?」
「えと、幼稚園児くらい、でも動きは素早いです」
「猫耳なの?」
「たぶん想像通りです」
「かわいかった?」
「シッポあった?」
「ええ、猫ですから。あと語尾ににゃが付きますにゃ」
おばさんたちから悲鳴が上がった。
わあーうるさい。
絶対行ってなでなでするとか写メ撮るとか騒いでいる。
おれは事務室の隅にすわっているちーちゃんを見た。
心なしか悲しそうだ。
「コーチはズルいです。自分ばっかりいい思いして」
「そうよ、なんで誘ってくれないんですか?」
あれ、俺の糾弾大会になってきた。
「危ないからですよ。何が起こるかわからない異世界ですよ」
「舞ちゃんは連れて行ったんでしょ」
「あれはしかたなく・・・」そこをつつかれると弱い。
そんな中、三田村さんがデレオの実を切り分けてくれた。
「まーまー、猫ちゃんがせっかくくれたんだからいただきましょう」
俺は8分の1切れを取り口に入れた。
さわやかな甘酸っぱさが口に広がる。
「おおー」
「うんーーーーまい」
「これおいしいじゃん」
俺も最初その繊細な味に驚いたが、そのあと体の中で何かが起こっているのに気づいた。
「みんな、静かに!」
塩谷さんが声を上げる。
「あれ?」
「なんか聞こえる」
俺は窓を開けた。外から音楽が聞こえているのかと思ったのだ。だがこれは頭の中から聞こえる。
ハープのような美しい眠くなるような音色。だが耳を澄ましているとその背後からひときわ高くバイオリンのような音が流れてきた。バッハの曲のような垂直に上昇する天上の音楽だ。
俺は目と口を開いたまま聞き入っていた。
やがて音楽は小さくなり聞こえなくなった。
「何今の?」
「これ食ったから?」
塩谷さんが血相を変えて叫んだ。
「しまった!種を飲んじゃった」
「あたしも」
「種あったね」
そういえば固い粒があったが音楽の美しさにうっとりしている間に口の中が空になっていた。
8切れあったはずの果物が無くなっている。
そういえば俺のアップルパイもない。
ちーちゃんのほうを見ると、お座敷犬と並んで恍惚の顔をした舞がいた。
ちーちゃんにも食わせたらしい。犬の口からよだれがこぼれてる。
塩谷さんが次のデレオの実を慎重に切って解体し種を種を全部取り出した。
「それどうするんです?」
「南天の木と一緒に育てます」
「あの赤い実は南天じゃないですよ。子供のころ南天の実を食ったことありますがめちゃくちゃまずかったです」
「南山コーチが天から持ち帰った木の実という意味です」
ミナミんガールズたちがうんうん頷いてる。もう好きにしてください。
俺たちは種なしのデレオの実を食べて再びうっとりした。
「バッハみたいですねえ」
「はあ?いや、ヒップホップじゃね?」
「知らないアニソン」
「フーンフンフーンって感じよね」
みんな違う曲が聞こえているようだ。頭の中で鳴ってるようだからわからないが、各人が心地よいと感じたことは確かだ。
「もっとないの?コーチ」
「あと一個ありますが、これはおふくろに食べさせようかと」
ミナミんガールズが事務所の隅によってぼそぼそと相談をし始めた。
「ええっと、もし異世界に行く相談なら、僕はこれからテニスのコーチがありますから」
5人はそれを聞いて舞を捕まえて道案内ができるか聞いている。
「猫をなでるー」
という声も聞こえる。
俺は心の中で「キャル、にげてー」と叫んだ。
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作者「今回久々に続きをかいていたら、読み上げソフトにコピペして確認するときに、19話の大半を消してセーブしてタブを閉じるという、思いっきりやってしまいました。記憶を頼りに書き直しましたが・・・なんか前の方が面白かった気がする。」
塩谷さん「どっちも大したことないから大丈夫よ」
作者「ぐ・・・でも6千5百文字痛いわー。次から一話3千文字くらいにしよう」
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