第5話 不良と鳥男

 A16棟はいずれ取り壊される予定で入り口は南京錠のついた板でふさがれている。ピッキングですぐ開いたけど。廊下は鳥の糞だらけだった。人が住まないとこうなるのか。前もって開錠しておいた101号室に順に全員を放り込む。両手をうしろで、それに両足も結束バンドで拘束され、目隠しをされた高校生が三人、床に転がっている。全員の財布を取り上げ中身を没収する。恭一から巻き上げた二万円以外ははした金だな。高校生だから仕方ないか。

「てめぇ・・・誰だ」

腹ばいのリーダー格がさっきくらったウェーブパンチの痛みに身をよじらせながら、うめくように言った。

わかるぞ。痛いんだよなあ、これ。

警備員時代のクレイジー先輩から実験台にされて何度もくらったことがあるもん。



「おい、南山、新しい技を開発したんだ。ちょっと実験台になってくれ」

「いやですよ、先輩いつも・・・」

「ウェーブパンチ!」

「ごふうう」

「どうだ、動けないくらい痛いだろ。人体は水のかたまりだ。だからその水に衝撃を与えると内臓にダメージを食らうわけだ。映画でよく主人公が爆発で吹っ飛ばされて地面に転がったあとすぐに起き上がったりするだろ。あれは無理だ。表面的にはたいした傷がなくても、体内はシェイクされてえらいことになっている。台風の風で飛ばされるのとはわけがちがう。このパンチは液体にいかに衝撃を与えるかを研究した成果だ。スピードとかいらないへろへろパンチなので拳にもやさしい。まあ掌底でもいけるけどな。手を相手に押し当てた状態からでも繰り出せるぞ」

「先輩、い、痛いです。ずうーと痛い・・・です。救急車、を、よんで」

「いや、大丈夫だ。ウェーブパンチをさっきと逆にひねればずれた内臓の位置とか元に戻るから。ウェーブパンチ!」

「ごふうう」

「どうだ、痛みが引いただろう。あれ、おかしいな。すまん、まちがえたかな。もう一発、ウェーブパンチ!」

「ぐふうううう」

結局5発くらって、最後の一発で少し痛みは引いたが三日ほどダメージが残ってフラフラしていた。クレイジー先輩はウェーブパンチを警備員みんなに指導したが、ものにできたのは俺だけだった。そもそも指導法がめちゃくちゃで

「よし、カマキリみたいに構えろ。そしてこうやって、シュッときてボンだ。わかったな」

俺以外誰もわからなかった。実力があったので実技の指導教官をしていたが、性格がいい加減なうえに「便所でナイフで襲われた時の対処法」とかを真剣に考えたりするので、陰でみんなから馬鹿にされていたなあ。



「俺が誰だろうと関係ない。塩谷恭一に二度と手を出すな」

「てめぇ、あいつの親戚か」

俺はリーダー格の手の結束バンドを解き、右腕を足で押さえながら手首を持ってひねり上げた。ボキッと鈍い音がしてひじが逆に曲がる。

「ひいいいいいい」

リーダーが泣き声を上げる。子分たちを見ると真っ青な顔をしていた。目隠しはされていても、骨が折れる音は聞こえただろう。

「折れたああ、いたあああぁぁ、おえたあぁぁ」

わざわざ実況してくれたか。三人ともこれで俺が何をするかわからん狂人だと思っただろうな。そんなことはないが。

「お前は余計な口をはさむな。黙ってこっちの言うことを聞いていればいい。俺が誰だろうと関係ない。今はお前たちのご主人様だ。わかったか」

リーダーが「はい」の意味で首を縦に振る。後頭部しか見えないが、顔は涙とよだれまみれだろう。

「今後、塩谷恭一には手を出してもだめだし、話しかけるのもだめだ。近づくな。目を合わせるのもNGだ。これに従わなかった場合、お前たちはもう一度俺に会ってプロの技を体験することになる。全員両膝をハンマーでたたき割られて二度と自分の足で立てなくなる。あと、彼が別のチンピラにからまれたり、事故で怪我をしたりしてもお前たちがやったと見なす。わかったな」

リーダーが2秒間硬直して、それから首を縦に振った。

「あと、今回のことを警察に言うのは構わないが、その場合、俺は捕まりたくないのでお前たちが証言できないように全員の目をえぐり取る。一人がしゃべっても三人とも全盲になる」

「な、なにも見てません」

横の二人のうちの片方が消えそうな声をあげる。敬語を使うあたり、ようやく自分の立場が分かったらしい。

「なんでそれが俺にわかるんだ?お前たちは俺を見たかもしれない。見たと考えるべきだ」

目指し帽をかぶっていたじゃないですか、と言わないのは見てないってことだろう。あとの二人は俺の言いつけ通り黙っているのでどうなのかわからない。

俺は黙って立ち上がり部屋を出た。「じゃあな」なんて挨拶はしない。


 101号室を出て素早く廊下を移動し105号室に入る。目指し帽をとり、警備員の服をジャージに着替える。たぶん今頃あいつらはこんな相談しているだろう。

「もう終わったのか?」

「出て行ったまま戻ってこないぞ」

「これ、外してくれよ。動けねえよ」

結束バンドはリーダーが目隠しをしたまま痛みに耐えながら片手で誰かのを外すことになる。15分はかかりそうだ。自分の行動なら秒単位で予想がつくが、あんなドーベルマンより低能なやつの動きなんてわからない。痛みと恐怖で一時間くらいしくしく泣いてるかもしれない。まあ予想より早く立ち直ることはなさそうだ。俺は風呂敷に警備員の服を包んでA16棟を出た。塩谷家の郵便受けに2万円を放り込む。発見するのは恭一だろう。母親はテニスコートから戻って夕食の準備をしている頃だ。べつに母親が発見しても一向にかまわない。

 さて、俺も帰ってお袋と自分の夕飯を用意しよう。


 翌朝、目を覚ますと顔の前に舞の後頭部があった。

思考停止に陥って俺の左手は前にある体をまさぐる。すべすべだ。すごいすべすべだ。パジャマを着ていない。俺は右側を下にして寝る癖なのだが、その俺に背中を向けて丸まって蒲団と俺の腕にもぐりこんだようだ。しかも今日はシャツとパンツだけの下着姿。畳にスカートと上着が脱ぎ捨ててある。つまり俺は下着姿の女子児童を後ろから抱きながら寝ていたことになり、ロリコンの噂が立っている危険人物としては完全にアウトだ。超マズイ。お袋に見られたら殺される。ベランダのカギは寝る前に閉めたはずなんだが、いったいどうやって侵入しているのか謎だ。

「おい、おきろ」

「・・・ん・・・おはよう、友樹」

「おはようじゃない。服を着て自分の部屋に戻れ」

「朝ごはん」

「わかった、作ってやる。できたら呼ぶから、戻ってくれ」

「うん」

服を着てベランダのサンダルを履いて自室に戻る舞。ということはやはり玄関でなく、ベランダから入ってきたんだよな。今日から鍵をちゃんと確認しよう。

朝飯を作っていると母親が起きてきた。今日は舞も朝飯を一緒に食べると言うと、

「本当にロリコンじゃないんだろうね?」と訊かれた。我が子の性的嗜好に自信が持てないらしい。

トーストとハムエッグとサラダができると舞も呼んで一緒に食う。インスタントコーヒーを飲んでいると舞も飲みたがったので、俺のカップを渡すと少し飲んで顔をしかめた。牛乳と砂糖でカフェオレを作ってやると「これはおいしい」と少し笑った。食い物関係に関しては表情筋がなんとか働くらしい。


 古平団地の敷地は四方を道路に囲まれた長方形をしている。ただし南東の角だけはえぐれている。そこに古平市立図書館の世兵橋分館があるからだ。分館と言ってもかなり大きい、地方の市立図書館くらいはあるだろう。少年時代はよくここで子供向けSFをかりて読んだ。あのシリーズはまだあるんだろうか?最近のラノベはおいてあるのか?団地内にある公園のベンチに座って図書館の裏を眺める。

入りたいなー。


 図書館の裏口が開いて、男がでてきた。40歳代、痩せて眼鏡をかけている。禿げあがって頭髪は後頭部から耳周りだけ。ひょこひょこと公園にやってきてベンチにすわり弁当を開いて食いだした。公園の時計を見ると12時半だ。図書館の職員だろうか。少し弁当を食っては、顔を上げキョロキョロと周りを見回す。なんか動作が鳥っぽい。口もなんか尖ってる。


俺は立ち上がり、ゆっくりと公園を横切り鳥男が座っているベンチのとなりに腰を下ろした。男は弁当を食う手を止め、じっとこちらを見ている。あからさまに警戒しているな。とりあえず話しかけてみよう。

「いい天気ですね」

「・・・曇ってますが」

「曇りが好きなんです。図書館の職員さんですか?」

「はあ」

「図書館は良いですねえ。本がいっぱい読めて、くつろげて」

「いや、くつろいじゃダメです。公共の場ですから」

「いや、でもくつろいで本が読めるように設計されてるんじゃないですか?」

「されてないです。くつろいで読みたかったら、借りて帰って自分ちで読んでください。そういう勘違いしたジジイたちが朝から図書館に来て椅子を占領して寝てるんです。本を読むんじゃなくて涼みに来るんですよ。すっごい目ざわりなんです。とっとと帰って欲しいです。できれば棺桶に入って欲しいです」


うわ、急にまくしたてた。なんか溜まってるぞ、この人。ダメだ、こいつからなんとか「自宅だと思って」なんていう優しい言葉を引き出そうとしたけど、そんな柔和な人じゃなかった。また弁当を食いだした。こっちに対して警戒も興味も無くしたみたいだ。さてどうしよう。こいつを倒したら図書館に入れるようになるんだろうか。痩せて弱そうだから簡単に倒せそうだけど。

「この団地にお住みですか?」

「個人情報ですので話せません」

「実は私、この古平団地の警備員をしていまして」

「・・・そんなのいないでしょう。自治会でも聞いたことないです」

自治会に入ってるのか。やっぱり団地住人じゃないか。

「インディーズ活動なんで」

「インディーズ・・・それはどういう感じの?」

「住人のトラブルを解決するみたいな。正義の味方寄りです」

「ほほう」

「なにか問題があったときはご相談ください」

「ええ、インディーズはいいですね」

ぼそりと言って鳥男はカラになった弁当箱をハンカチで包み手を合わせた。

立ち上がると、俺のジャージの下に少しだけ見えているTシャツにを見ながら

「アイアンエンジェルズはよかった・・・放送されていれば・・・」

と言って図書館に向かって歩き出した。

「・・・」

不意を突かれて俺は反応できなかった。俺がデザインしたTシャツにはキャラクターは描かれていない。設計図のように図面化されたアイアンエンジェルズの変身マスクだけだ。あの鳥男は俺のジャージのファスナーのあいだに見えているマスクの一部だけを見て、一話しか放送されていないアイアンエンジェルズのグッズだとわかったのだ。どんだけアニメオタクなんだ?あんな男が職員として働いている図書館の品ぞろえはちょっと気になるな。

鳥男が入った図書館の裏口が閉まる。

さっきまで攻略法が見えなかったが、あの男と知り合ったことで何とかなりそうな気がしてきた。いずれ図書館も絶対自宅にしてやる。


図書館前にはバス停がある。俺はバスには乗れるんだろうか。

駅と電車にはどうだろう。

いずれにしろ「グッドナイトガールズ」のライブ会場に行くには道路を歩かなくてはならない。ここから駅までは国道が通っている。電車も使うことになるだろう。これらの解決策はあるにはある。

だがそのためには年末までにまとまった額のお金を手に入れなくてはならない。

あと二か月しかないのだ。無職の俺にはかなり難しい。しかも出歩ける範囲は今のところ団地の南半分だ。団地南半分にはこの「お山公園」とコダマートと図書館(敷地外)がある。はて、北半分にはなにがあったっけ?


 俺は団地入口の案内板を見に行った。

団地の北半分はB棟が並んでいる。その真ん中には集会場と「世兵橋保育園」「お柱公園」があった。集会場は四つの平屋が並んでいて、自治会やダンス教室など、そして住人の葬式もそこで行われる。年寄りの住人が多いので頻繁に使われているはずだ。


この団地の中で俺に出来ることは何だ。金を稼ぐにはどうしたらいい?

俺は腕を組んで考える。

遠くでテニスボールを打ち合うスパーンという音が聞こえた。

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