第9話 お柱公園にて

 夜の団地は昼間の団地とは別の顔を持っている。


 団地南の「お山公園」は中央に大きな人工の山がある。高さ2.5メートル。スロープはなめらかで40度くらい、ところどころに突起や窪みがある。子供たちはなんとかそれを手掛かりに山を登り、お尻で滑って降りてくる。つまり山の形をしたボルダリング&滑り台だ。

結構楽しそうなので、大人用の大きな山も欲しいくらいだ。


 昼間は子供たちが遊び、母親がそれを見守りながら近所の噂話をする公園。

その公園も夜になると無人に・・・なるわけではない。

夜のお山公園のベンチには会社帰りのおっさんたちがあちこちに座っている。

深夜営業をしているコダマートでビールとつまみを買い、公園のベンチに座って携帯を見ながら一杯、というのが大方の彼らのパターンだ。なぜ家に帰って酒を飲まないのか?と疑問を抱く人はいるだろうが、俺は察している。


 お山公園で公園族のおっさんたちをしばらく観察したあと、おれは団地北の(お柱公園)に向かった。


 バス停とコダマートが南にあるため、夜の団地北は南と違って人がいない。

変な医者と図書館員に出くわすなんてのはレアケースだ。街灯はあるのになぜか暗い。

 お柱公園は公園の一部に列石がある。なんかストーンヘンジっぽい。石の上に登るには梯子がいる。もし石を順番にわたって登れたら子供たちが無茶をしてケガ人続出だろう。だから子供たちは石の隙間をくぐったり間を通り抜けたりする。ちょっとした迷路だ。列石以外にもブランコや子供がまたがって遊ぶ動物の形をした物体がある。つまり半分は普通の公園のわけだが・・・


「ここは人が来ませんな」

ベンチに座っていると、隣にあの謎医者、大佐が立っていた。

大佐がドカッとベンチに腰を下ろすと、ベンチの片側が地面に沈んだ気がする。

体重は何キロあるんだろう。年齢は40歳前後で頭は丸坊主だ。

「あなたはこの団地の出身だそうですな。子供のころあの柱で遊びましたか?」

「ええ、かくれんぼしたり、走ったりくぐったりして」

「柱の上に登ったことは?」

「一度か二度は。木材を見つけたので、それを梯子代わりに使ってよじ登ったことがあります。なぜです?」

「ゴブリンやその他の件で、この団地に何かあると考えた政府機関が秘密裏に調査したことがあるんです。公園設備の点検とか、電気業者を装ってね。しかし何も見つからなかった」

「そりゃ、あったら住人が騒いでますよ」

「いや、連中の調べ方が悪いんです。昼間に来て、住人と同じような目線で調べたってなにも出るわけがないのです」

「じゃあ大佐はなにか知ってるのですか?」

「その前に、この団地の成り立ちを話しましょう。ここはもともと世界的に有名な建築家、鍵野世兵(かぎのよへい)の実家の敷地でした。図書館のそばの世兵橋は彼の設計です」

「ああ、バス停の名前になってますね」

「世兵は戦後、アメリカ、マサチューセッツ州のアーカム大学で建築を学びました」

「聞いたことのない大学ですね」

「帰国してから、いろんな建物で賞を取り有名になりました。

あるとき中央鉄道が、大地主だった彼の実家の土地を買い上げて、職員のための団地と図書館の分館を立てたいと申し出たところ、自分にすべての設計を任せてくれるなら、という条件で土地を売り渡したんです。会社は世界的建築家が格安で一般市民の団地なんかを設計してくれると喜んだとか。結果できたのが古平団地です」

「はあ~全然知りませんでした。そんな有名な人の設計だったんですか」

「今言ったことは図書館や、ネットですぐに調べられます。鍵野世兵は謎の多い人物で、団地完成後は3年ほど、この団地で暮らしたんですが、その後失踪しました」

「ええ?大金持ちだったんでしょう?なんで団地住まい・・・」

「金はあったでしょう。古平団地を建てた後は、建築業界から足を洗って、ここの管理人をしていたそうです。愛着があったのかも」

「管理人!マジですか。失踪ってどんな具合に?」

「ある日いなくなったんですよ。すべてを残して。いまでも行方は分かりません」

大佐がヨイショと立ち上がって言った。

「ふはは、そんじゃ行きましょう」

「え?どこに」

大佐についていくと公園から離れた団地の片隅、貯水タンクの近くにクチナシの茂みがあった。その中には石の柱が数本立っている。そういえばここに石柱があったのを思い出したが、誰も来ないようなデッドスポットだ。なんでこんなところにオブジェを作ったのか。

「あの石を登るんです」

「はあ?なんのために?それに茂みに足を突っ込まないといけませんよ」

「突っ込んでいいんですよ。さあ早く」

石は螺旋階段のように低いものから高いものに並んでいる。確かに登ろうと思えば登れるが一番高い石まで登ってそれでどうするのか。

最上段まで来ると、大佐も登ってきた。後戻りもできない。

「ちょっと、どうするんですか?」

いきなり大佐が俺を突き飛ばした。

「うわっ」

当然クチナシの茂みに転落、と思ったが、落ちなかった。

信じられないことに俺は今、お柱公園の石柱群の上に立っていた。

「なんじゃこりゃ」

石柱の上は屋根のように横につながっているので、まるでバルコニーのようだ。子供のころに登ったきりだったから、今見るとずいぶん小さく・・・はなかった。むしろ子供の頃より大きく感じる。

「あそことここで空間がつながっとるのです」

大佐がのっそりと俺の後ろに姿を現した。

「ええ?政府は知ってるんですか?」

「知ったら今頃大騒ぎですよ。私はこないだ気が付いたんです」

「でも40年間も誰も気が付かないなんておかしい」

「この現象が起きるのは夜だけです。昼間なら子供が一人くらいあの石を登ったでしょう。でも夜中に誰がそんなことします?どこにもたどり着けない石段を茂みに足を突っ込んで登るなんて」

「確か石段を1メートルちょいしか登ってないのに、ここは高さ2メートル以上はありますよ」

「離れた空間がつながっとるのに、高さの帳尻とかどうでもいいでしょう」

「確かに」

俺は見回した。めったに見られない光景だ。

あれ、何か変なものが見える。

このバルコニーや、石柱の上、いや公園の地面、茂みの中、あちこちに何かが動いている。街灯の明かりに近づいたそいつは、、、緑色のスライムに見えた。

「あれなんです?」

「さあ?スライムでいいんじゃないですか?」

「あんなもんいましたっけ?」

「いや、ここからだけ見えるようです。近くの棟の二階から見ても見えません」

「見えるということは、ずっといたということですか」

「いたんでしょう。たいして害はなさそうです」

「本当に?アイツが取り付いたせいで怪死事件とかおこってるんじゃないですか?」

「問題はあいつらがどこからきているかです」

大佐が指さす先を見ると、数十センチの石柱の隙間からスライムがはい出てくるところだった。むこうの景色が見えるはずのその隙間は真っ暗で、別の空間につながっていると思われた。

「なんじゃありゃあ」

「ときどき柱の間に穴が開くようです。スライムは狭い隙間からはい出てくる。もしかしたらゴブリンは広い隙間に穴が開いたときにむこうから来るのかも」

「むこうってどこですか?」

「知りませんよ。私じゃあの隙間は通れないし。とにかくあいつらがいる異世界です」

「僕でも通れませんね。でもだとしたら、来たばかりのおのぼりさんゴブリンが捕まってもよさそうな気が」

「ふむ、とにかくここで見られるのはこれくらいです」

大佐はバルコニーの上まで突き出した石柱に抱きつき、するすると器用に公園に降りた。巨漢のくせに妙に身が軽い。俺もマネして後に続いた。

地面に降りるとすぐにスライムがはい出した隙間を見に行ったが、通常の空間だった。恐るおそる手を突っ込んだが異常はない。俺は大佐に質問した。

「政府に報告はしないんですか?」

「ああ、気が向いたらします。でもここを政府が取り上げたら住人は引っ越さないといけませんよ」

「そりゃ困ります。黙っておいてください」

「ふはは」

「鍵野世兵はどこでこんな知識を手に入れたんでしょうか」

「鍵野家はもともと変な噂があったのです。初代の鍵野弥四郎は江戸時代に一代で財を築きました。その話が遠い場所の材木をあっという間に運んだとか、村人を奴隷のように使役したとか、鬼を下男にしていたとか、おとぎ話めいています。地元住人は彼を怖れていたのでしょう。

あとはアーカム大学かもしれません。あそこは超常現象の研究者にはよく知られとります。オカルト学ですな」

「へえ、そうなんですか」

「あなたは何か気が付いたことはありますか?」

こんな異常なことを見せられた後、質問されても困るんだが。

おれは少し考えて「医者のあなたの意見が聞きたいのですが」と弱めのウェーブパンチの話をした。

「ほう、それは面白い。私は太っているので膝が悪いのです。その弱いパンチを打ってくれませんか」

「そんな大事な部分に打っていいのかなぁ」

気が進まないが、本人がいいというのなら、、、弱めのを打ち込む。

「ふおお、こりゃいい、暖かくて足湯に入っとるようです。もう一発」

「わかりました」

ポンポンと打ち込むと、大佐は膝を曲げ伸ばして、おおーーと唸った。

「こっちの足もお願いします」

「はい」ポンポンポン。

「おほほおおおあへええ」

うわ、デブおやじのアへ顔見ちゃったよ。キモイなあ。

「おお、すごい、痛くない。治ったみたいだ」

「麻酔みたいなもんじゃないですか?」

「いや、感覚はありますから。それにこの感じ、うん、こりゃ金がとれますな」

すげーすげーと公園を歩き回る大佐。

「血流がどーのこーのというレベルじゃありません。これは癒しとか回復魔法のレベルです。いいですか南山さん、この団地には鍵野世兵が仕掛けた何らかの力が働いてると考えてみましょう。その力の影響であなたのウェーブパンチが異常な力を持ったのかもしれません」

「それは・・・すごい」

怪奇現象にはひいてしまうが、それで俺が回復魔法を使えるとか聞くとウキウキする。

「ただ、医療資格がないと金は稼げませんが」

「あう・・・」

「ふはは、今夜は大いに収穫がありました。あんたもそうでしょう。おやすみ。」

そう言うと大佐は上機嫌で手を振り、帰っていった。


 大佐を見送ってから、俺もゆっくり自分のA15棟に帰る。昼間と違うことが起きてるのなら、いろいろ観察しなければならない。団地のあちこちにある石柱も全部確認したほうがいいだろう。おれは歩きながら街灯の間隔を歩数で測った。うん、やっぱり南に行くにつれて間隔が短くなる。北側が暗いのは街灯の間隔が長いんだ。


 俺はいつもエレベーターは使わず階段を上るが、今日は筋肉痛があるから使っている。

俺は階段にすわり、自分の太ももにウェーブパンチを打ち込んだ。回復魔法とか言われたらそりゃ使うさ。大佐や主婦たちの様子を見るつもりだったけど、、、

「はう、ほおおお、くふ」

何かが無理やり侵入して身体にしみわたる。いた気持ちいい。確かにこれは癖になりそうだ。まさかこの回復を使うたびに俺の寿命が縮んでるとかないよね。

「それ気持ちいい?」

目の前に舞が立っている。

「・・・いつからいた?」

「お山公園のときから」

かなり最初からだな。大佐にも気が付かれなかったのか。

「もしかして柱の上にもついて来た?」

「うん」

「スライムも見たんだな」

「うん」

「どう思った?」

「べつに」

興味ないのか。子供があんなもんみたら大騒ぎするだろ普通。大人の俺だって誰かに言いたいのに。

「気配を消してついて回ってはダメだ。変な奴も出るから危ないだろ。助けてあげられない」

言いながら思い浮かべたのはスライムじゃなくて、こん棒を持った図書館員だ。

「変な奴にも気づかれない」

そうなるのか、便利だな。じゃあ、どう説教したものか。

「俺が嫌だからやめてくれ。舞に言えない恥ずかしいことだってやることあるんだ」

「そういう時は見ないでどっか行く」

「でもこっちはそれがわからないから気が気じゃないんだが」

「大丈夫、嫌いにならない」

「知らない間に風呂とか一緒に入ってるんじゃないだろうな」

「・・・」

なんで返事をしないんだ。すでにやっているのか、それとも今度やってみようと考えているのか・・・

「クラスの子の前でやってみせた」

「気配を消すのをか?どうだった」

「みんな驚いてた」

「だろうな」

「なんでカンニングしないの?って訊かれた」

「あまり成績よくないのか」

「うん、カンニングしていい点とっても意味ない」

「それがわかってるのは利口だ。学生の頃はみんな点数に意味があるとおもってしまうからな。意味があるのは知識で、点数はその表示だ。表示だけ上げても意味がない」

「みんなとちょっと仲良くなった」

「そうか、あだ名は『忍者』になったか」

「ううん、『背後霊』」

俺は座った階段を一段ずり落ちた。

どんな見せ方をしたんだ?きっと後ろに回って気配を消したんだろうな。

陰気キャラからは抜け出せなかったんだね。たしかに「忍者」より「背後霊」のほうが的確な気がする。今日はずっと俺の後ろについてたみたいだしな。うん、おそらく悪意はない・・・と信じよう。

「それ、あたしにもして」

「ウェーブパンチのことか。別に筋肉痛とかないんだろ」

「うん」

「じゃあだめ。まだ効果もよくわからん」

「ケチ」

「ケチってはいないんだが」

階段を上るが足は痛まなかった。回復効果だよなー。

「寮に帰れるか?」

「もう鍵閉まってる」

「お前、鍵閉まってても俺んち入るじゃないか」

「泊めて」

「家出少女か!504号室という自分の部屋があるだろう。

「一人は怖い」

そんなわけあるか。深夜に平気で徘徊するくせに。

「では今日はお前が寝袋だ」

「一緒に寝る」

どうせ寝てる間にもぐりこんでくるんだろうな。しかたない。

「じゃあ同じ布団でもいいけど、お前が背中側だ。お前を抱っこして寝るとお袋にまた頭を踏まれる」

「わかった」

階段を使って家に帰り、二人で手を洗い、布団に入る。

舞が背中から俺の両肩に手を置いてそのまま気配が消えた。

手の感触だけが残っている。舞だとわかっていても背筋が寒くなった。


背後霊か・・・

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