第14話 混沌の図書館
夜の公園には数人の公園族のおじさんたちがいた。そこから50歩の木立に入ると街灯の光も届かない別世界のように感じる。都会の団地の中にこんな場所があっていいのだろうか。ここは昼間もあまり人が近づかない。
石柱は真っ黒なシルエットとして見えると思ったが、意外やはっきり見えた。白く、ごつごつした岩肌まで。夜の暗さに目がなれたのか、それとも岩自体が光っているのか。
大佐と俺はしばらくその石柱を見つめていた。
「彼女たちはなんでここを修行の場に選んだんでしょうな?」
「なんかパワースポットだと感じるみたいなことを言ってました」
「団地ができる前に、このあたりがどういった環境だったか知ることはできませんが、鍵屋世兵はこの団地を設計するにあたって、あきらかにこの石柱を目立たないように努力しています。周りに木を植え、人の目から遠ざけている」
「確かに」
「何かあると思ってなでたり、叩いたり、上に登ったりしたんですが、、、何も起こらなかった」
大佐が岩を撫でまわしたあと、不意に掌底を打ち込んだ。ウェーブパンチだ。
石柱の白さが増し、あの虫の羽音のようなブゥゥゥゥゥゥンが聞こえる。大佐と俺は耳を石柱にあてた。
「この石から聞こえますな」
「何の音でしょう?これが彼女たちを変えたと思いますか?」
「わかりません。可能性はありますが。気分はどうです?」
「たしかに頭のもやもやが無くなったような」
「わたしもです。思考が明晰になった気がする」
しばらくすると音は消えた。
「わたしのウェーブパンチですと音が続いたのは約2分といったところですな」
「僕もやってみましょう」
「ところで、この石柱と同じ形のものがもう一つあるんですが」
俺は記憶を引っ張り出した。子供の頃、同じ形の石を見つけて喜んだ思い出。
「ああ、お山公園の隅にも同じ石がありますね」
こうも古い記憶があっさりよみがえるのは、さっきの音で頭が冴えたせいだろうか。
「ちょっと実験してみましょう。ふたつ同時にってのを」
「なるほど」
俺は大佐の意図を察して石柱にウェーブパンチを打ち込むと、全速力でお山公園に走った。木立の間を飛ぶようにすり抜け、50歩の距離を20歩で戻る。驚いたことに大佐も余裕でついてきた。もっとも体重があるのですぐに制止できないため、俺よりだいぶ早く減速は始めていたが。俺は停止しながらお山公園のもう一つの石柱にウェーブパンチを打ち込む。
ヴゥゥゥゥゥゥン
石から振動音とともに
ゴウッ
と何かが動いた音がした。
俺と大佐はあたりを見回す。今の音からしてなにか異変があったはずだ。
公園の中央に向かって歩くと、異変は明らかになった。お山公園の名前のもとになった大きな富士山型の石。その山肌の中央にはぽっかりと直径1.5メートルの穴が開いていた。
「これは驚いた。いつからあったんだろう。ふたはどこにいったんです?」
「中に入ってみますか?」
「いや、2分待って音が消えるまで待ちましょう。どうなるかわかったもんじゃない」
公園族のおじさんが数人寄ってきた。
「穴ですね」
「穴だねえ」
「何年も住んでるけど、初めて見たなあ。あったかなあ」
ひとりが入ろうとするのを、大佐が襟首をつかんで止める。
「危ないです」
「なんで危ないんだよ」
穴の中は真っ暗で真の闇だ。
ゴオッっと音がした。お山の石が振動したようだ。
穴は消えていた。
「ほら、入ったら出られなくなりますよ」
「ええっ?」
おじさんたちがいろんなところを叩いたり引っ張ったりしていたが穴はみつからない。
「入っていたら危なかったですな」
「一人が残って、もう一人が探索するって方法もあります。時間を決めてもう一度穴を開けば」
「時間とともに消えるのは出入口じゃなくて、穴そのものかもしれませんよ。一度ふさがると侵入者は消えてしまうかもしれない」
俺は考えた。
「大火事から生き残った鍵屋弥四郎少年が、岩の穴から大鬼が出てきて村人を食ったと言ってましたね。あれがその穴かもしれない。だとすれば異世界につながっているのでは」
「だとすれば向こうには人食い大鬼がうようよいるかもしれませんな」
「いずれにしろ懐中電灯は必要のようです」
「たしかに準備は必要です」
「では探検は明日以降にしましょう。懐中電灯と、もしもの時用に非常食や防寒着も欲しい」
「では明日でいいですか?」
「実は僕はわけあってこの団地の外に出られないのです。通販で明日までに用意できるかどうか」
「ふむ、わかりました。道具は明日までに私が用意しましょう」
「あと相談なのですが、今日詐欺グループから手に入れた金を税務署に申告できる収入にするいい方法がありませんか?」
「つまりマネーロンダリングしたいんですな。簡単です。あなたはあの金を私に渡して、全部なかったことにする。そして次は私があなたにお金と薬を渡す。新薬の試験体になってもらう代金にするわけです。もちろん薬は飲まなくて結構。本来監禁状態で受ける試験ですからな。データはてきとうに書いておきます。ロンダリングの手数料は20%でどうです?」
「わかりました。おねがいします」
・・・この医者、そうとう黒いな。20%は裏社会では良心的だと思うが。
俺たちが公園を後にしたとき、公園族のおじさんたちはお山岩を登ったりすべったりしていた。
その夜俺は自分にウェーブヒールをガンガンかけた。大佐と俺のウェーブ効果が同じなら遠慮することはない。かけるほど強くなるはずだ。もういい加減に飽きたころ、横でパジャマ姿の舞が見ているのに気がついた。
「おまえも強くなりたいか?」
「あたしにもあのへんなマッサージするの?・・・して」
「精神の方はもともと相当タフそうだから、あんまりかけると心が人外になりそうでこわいな」
布団の上にねころんだ舞の体に手を当ててウェーブヒールをかけつづける。
「うは、、あ、、すごい、、、なんか、かんじる、、、」
女子小学生相手にすごくイケナイことをしている気がして背徳感でドキドキだ。
「よし、もういいだろ」
舞が布団を半分あける。俺は電気を消して布団にすべりこんだ。舞が腕に絡みついたまま寝息を立てる。今はまだ小学生だからいいけど、これ女子高生とかになってもまだやっていたらやばいというか、理性がもたないと思う。
◆大杉文明(おおすぎふみあき)(古平図書館職員)
晩飯を近くのガストコで済ませた後、図書館に戻った。郷土資料室の本を読むためだ。勝手に借りて帰ってもばれないと思うが、禁止されているのでそこは守ろう。あの南山という男は古平団地の過去を知りたがっていた。たしかそんな資料があったはずだ。
俺は郷土資料室の本棚をにらみつける。本がめいっぱい棚に詰め込まれ狭い隙間には横に突っ込んである。なんで棚をもう一つ置かないんだ。スペースはあるのに。
棚の隅に「古平銀河」という黒くて薄い本が並んでいる。適当に真ん中あたりから一冊抜き出してぱらぱらとめくる。「鍵屋世兵」という文字が見えた。確かこのへんの大地主で、この図書館を設計した人物だ。団地も世兵橋も作ったんだっけか。
「古平史異聞」という記事だった。
~以下抜粋~
◆
「古平史異聞」第●回
「鍵屋家の地下書庫には多くの古文書があった。中には何語かもわからない解読不能な文字で書かれたものまであった。これらは鍵屋の初代当主、鍵屋弥四郎が書いた、もしくは手に入れたものらしい。これらの文字は古平村が孤立していた頃使われていたものではないか。古平村には独自の言語、独自の文化があったのかもしれない。これらは書庫をつぶすにあたって市に寄贈した。読む人間はいるのだろうか」
「地下書庫の一角にはなにも置いていない場所がある。壁しかない。言い伝えによるとそこに本棚や置物を置いても数日で倒れてしまう。だから何も置かないことにしたそうである」
「その壁は天然の石であり、この壁には言い伝えがある。
かってこの石は地上にあり、富士岩と対をなしていた。鍵屋弥四郎はこの石のことをなぜか「知識の石」と呼んでいた。そして後年、その石を地下に埋め、その平らな部分を壁にした地下室を作り、書庫としたらしい。なぜ石を「知識の石」と呼んだのか?石にどんな秘密があるのか?」
「私は知識の石の上に古平市立図書館世兵橋分館を建てた」
◆
大杉は目の前の本棚の置かれていない壁を見つめた。
なぜここに本棚が置かれていないのか。つまりこれがその石か?
俺がこの本をとったのは偶然か?
それともなにかがそうさせたのか?
大杉はその壁をさわった。見た目はほかのコンクリートの壁と区別がつかない。だが手触りは、、、妙にひんやりしてなめらかだ。コンクリートとは全然違う。間違いない、これは鍵屋弥四郎の言う「知識の石」だ。
大杉は壁に折りたたみ椅子をたたんだまま立てかけた。
本棚が倒れるなら、椅子も倒れるだろう。明朝確認してみよう。
郷土資料室はなかなか面白い。明日の楽しみもできた。
◆
南山友樹(自宅警備員)
朝からママゾンでいくつか探検グッズをポチッた。防寒シートやLEDヘッドライト付きヘルメットだ。
本当は昨夜やるべきだったんだろうが、舞がいる前でやるとイロイロ詮索されそうでやめた。今日は大佐が用意してくれるって言ってたしな。
図書館に行くと日曜の朝のためか、普段より人が多かった。
カウンターに行き郷土資料室に行きたいというと大杉がやってきた。
「今日もですか。お仲間が来てますよ」
そう言って地下に案内されると、折りたたみ椅子に体を押し込むようにして大佐が古平銀河を読んでいた。
「やあ、どうも」
「あなたもその本ですか」
挨拶をしていると、大杉が部屋の外から折りたたみ椅子をもう一脚持ってきた。
「あれ、椅子ならあの壁に立てかけてありますよ」
「ああ、あれはそのままにしておいてください」
「・・・なんでです?」
ばんっと音がした。壁の椅子が倒れている。
椅子が立てかけてあった壁には穴が開いていた。
穴というより廊下だ。長方形で人工的な床と天井と壁が奥に続いている。
「廊下ですね。壁はどこに行った?」
大杉がきょろきょろしている。
「昨日と同じですね」
「きのう?」
「お山公園の岩に穴が開いたんですよ。いきなり」
「ほう、富士岩に」
「今日、穴に入る予定なんですが、ここにも穴ですか。どうします?」
大佐に訊かれ、俺は即決した。どうせ夜に似た穴に入るんだ。
「こっちは中が暗くないですね。いかにも通路なので危ない感じはしませんから入ってみましょう」
大佐がスマホを見た
「11時2分。よし入りましょう」
俺たちは速足で廊下を進む。なるべく時間をかけずに中を確かめて戻りたい。穴はいつまで開いているかわからないのだ。
光源はないのに廊下は明るかった。壁が白く輝いているようだ。
「この白い壁は団地の石柱と同じ材質じゃないですか?自ら光ってるみたいです」
「この通路はどこまで続くんでしょうな。設計上ありえない。団地の下を通ってる」
「あの壁は自然石なんです。この通路は自然石の中にあるはずなのに、長すぎる」
「つまり我々は、あるはずのない異常な空間に入ったわけですな。ふはは、面白い」
一分も歩いたころ俺たちは巨大な六角形の部屋に出た。
「うわ、これは」
「すごい」
「ほおお」
直径50メートル、高さ10メートルあろうかという壁はすべて本で埋め尽くされていた。緑の表紙で同じサイズ、同じ厚さ。タイトルが書いてあるが「くれしみよびれさかむお・・・」とか意味不明だ。俺たちは本を抜き出して読んだ。
なにを期待したにしても、それは裏切られた。
中に書かれた言葉は全くの意味不明。でたらめにひらがなを並べただけに見える。
「なんですかこれ」
「面白そうな本ではないですな」
本と本棚を交互に見た大杉がぽつりと言った。
「これは・・・バベルの図書館です」
「え?なんですか」
「ボルヘスという作家の小説に出てくる有名な図書館です。決められたサイズの本の中に決められたフォントのありとあらゆる文字列が並んでいて、ひとつとして同じ本はない。あらゆる組み合わせの文字で書かれた本が棚に並んでいるんです」
「だとしたらこの部屋の本棚でもぜんぜん足りませんな」
「もちろん同じような部屋が無数にあってつながっている設定です」
「たしかにあっちに通路がありますよ」
俺たちがそこへ向かうと、通路の向こうにまた同じような部屋があった。
「これ絶対迷って帰られなくなるでしょ」
「つまり100万匹の猿にタイプライターを打たせた作品が並んでいるわけですな。よし、帰りましょう」大佐が踵を返す。
「ちょちょっと、待ちなさい」
大杉が止めた。
「わからないんですか?ここにはありとあらゆる文学作品があるんですよ。シェークスピアのハムレットも、それと一文字違いのハムレットのなりそこないも無数にある。未だ書かれていない大傑作もある。それだけじゃないです。俺の未来が全部書かれた「大杉文明の生涯」だってあるんです。宝の山ですよ」
「いや、あるけど探すの無理でしょう」
「藁の山から針を探すたとえですな。藁が宇宙規模すぎて、、、無意味です」
「なるほど、あなた方は見つからないとおっしゃるか。素人はこれだから」
ふふんと大杉が鼻で笑う。
「ところがね、その本の探し方、ある場所を記した本もここにはあるんですよ」
「いや、だからその本を見つけるのも無理でしょう。なんでドヤ顔したんですか?」
「だから、その本を見つける本もあるんだってば」
頭が痛くなってきた。
「とにかく俺は『本の見つけ方という本の見つけ方の見つけ方』なんて本を見つけるのに一生を費やすなんて御免です。あの入り口がいつ閉じるかわからないので俺は戻りますよ」
「私も同様です。その前にツイッターにあげる写真を」
大佐がパシャパシャとスマホで撮っている。俺も撮ろう。ついでに大杉と大佐もフレームに入れる。それを見て大杉も撮り始めた。
俺と大佐は入り口を目指して歩く。大杉もついてきた。幸い入り口はまだあった。
「本を探すんじゃないんですか?」
「そろそろお昼ですから弁当を食います」
壁の穴から出て郷土資料室に戻った時に大佐が時計を見た。
「うん、時間がほとんど経っていない。止まってたのかもしれません。」
「時間の流れが違うのかな。じゃあ急ぐ必要なかったのかも」
たたまれた椅子が壁の穴の境に倒れている。
「これはこのままですか?」
「こうしておけば、穴がふさがらないんじゃないですかね」と大杉。
バンッと音がして椅子がはじけ飛んだ。
壁の穴がふさがり、跡形もない。ただの壁だ。椅子の上半分はひしゃげていた。
「人間で試さなくてよかったですね。頭がつぶれてた」
「もういっぺん開けるにはどうしたらいいんだろう」
壁をなでまわす大杉のもう一方の手には緑色の本があった。
「あ、一冊持ってきたんですか?いけないんだー図書館の本を」
「だってカウンターが無かったから・・・っていうかここもまだ図書館ですよ」
その時階段の方から声がした。
「大杉さーん、本のリスト送りましたけど、どうかしましたかー」
「あ、すいません。すぐ探します」
大杉が緑の本を置いて、自分の仕事にとんでいく。
大佐とその本を見ると、やはり中身は意味のない文字の羅列だった。
「だれがあのバベルの図書館を作ったにしろ、神に近い力を持っているのは確かです」
「そいつは恐ろしく力を無駄なことに使う奴なのも確かです」
俺と大佐は一階に戻った。
図書館の裏口から出て、公園を抜け、木立に入った。
ミナミんガールズたちがジャージで特訓をしていた。あの石柱にウェーブパンチを打っている。新入りの三田村さんも加わっている。
「やっぱりこのせいで図書館の入り口が開いたんでしょうか?」
「そうかもしれません」
俺と大佐は納得して、彼女たちに近づいた。
「こんにちは、みなさん」
「あら、コーチ。大佐も。こんにちは」
「ずっと訓練してるんですか」
「始めたばかりです。午前中は軽くやろうかと」
「何か変わったことはありましたか?」
「えーと、レベルアップしたみたいです」
「レベルアップ?」
塩谷さんが石柱から10歩離れて「ウェーブパンチ」と正拳を突き出した。
手の先から火の玉が飛び出し、猛スピードで石柱に当たってはじけ飛んだ。熱波と衝撃が伝わり、石柱のぶつかったところから煙が上がっている。これはあの石柱だから何とかもっているにちがいない。人間か木だったら消し飛んだだろう。背中を冷たい汗が流れる。
「三田村さんのもすごいんですよー」
「な、なんでしょう?」
「そ、そんなでもないですよお」
顔を赤らめつつ三田村さんが木に近づき
「ウェイブカッター」と片手を振り回した。
手首ほどの太さの木の枝がスパッと切れてどさりと落ちる。
俺と大佐が顔を見合わせる。
「訓練初日でここまでできるとは」
「全然、あたしなんか・・・みなさん凄くてー」
両手を顔の前で振る三田村さん。
落ちた枝を渡辺さんが蹴ると、枝はボロリと土にかえった。
「みんな派手でいいなあ」
桂木さんが拗ねている。
「ウェイブカッターとか恰好よくない?あたしの技名も考えてよ」
「ブルーは水だから、ウォータークラッシュとか」
「漢字はどう。クラッシュ・・・破壊、の水で・・・破水?」
「出産かよ!」
わいわいきゃっきゃやってる主婦たちに引きながら、俺は大佐に尋ねた。
「絶対マズイですよね、これ」
「まあ、みんなが銃を持てるアメリカでもなんとかやってるんだから、大丈夫でしょう」
古平団地ではあっちでもこっちでも何かがおきている。まるで巨大な怪物が目を覚まそうとしているみたいだ。
グッドナイトガールズのコンサートに行くのが目標だったんだけど、それまでこの団地が持つのか不安だ。
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