第13話 ミナミんガール出撃
「問題住人ですか?」
俺は訊いた。
「はい、ごみの出し方はめちゃくちゃだし、夜中に集まって騒いでるし、注意すると激高して脅すんです。殺すぞとか。出前のソバやラーメンの茶碗が食いかけのまま外に出されてるんですが、それにも吸い殻とかゴミが入ってて、とにかくマナーが悪いんです」
テニスクラブの三田村さんが悲しそうに言った。
「マナーの段階を越えていますね。管理人には言いましたか?」
「はい、でも脅されて逃げだしたと聞きました」
「爺さんだからなあ」
「警察には?」
「脅されたので行こうかと思いましたが、仕返しが恐くて、ほおお、そこびりびりしますー」
今俺はテニスクラブの事務室で土日会員のOL、三田村さん(30)にマッサージをかけながら相談をうけていた。隣にはローテーション表を作っているミナミんガールズたちがいる。テニスクラブの会員希望者はさらに増えつつあり、現在入会ストップが続いている。
「殺していいと思います」
ミナミんレッドこと塩谷さんが口を出す。
「いや、殺人になるから駄目でしょう」一応止めてみる。
「ゴミ出しもできない奴ぁー殺していいんじゃね?」
イケイケのブルーこと太田さんも同意のようだ。
「はい、殺しましょう」と渡辺イエロー。
「み、みんなと殺るんなら恐くないです」
癒し系の桂木ピンクまで殺人容認ですか。どうやらゴミ出しに関して主婦たちには厳格な基準があるらしい。出し方が悪いと死刑に相当するという。
「とにかく見に行きましょう」
テニスクラブを戸締りすると、三田村さんについてA6棟の前まできた。
問題の住人は202号室だ。昼間から4,5人の男が出入りしているそうだから事業所に使っているらしい。
見ているとピザ屋の配達がやってきた。20代の男が出てきて対応する。
Lサイズが2枚だったようだ。少なくとも二人以上はいると思われる。しばらくするとまたドアが開いた。
はてなと思いつつぼーっと見てるとこちらに来る舞がしだいに見えてきた。プレデターか、お前は。
「なんだ、いつからいた?」
「テニスクラブの中」
あいかわらず異様に存在感がない。
「ピザでドアが開いた時に入って見て来たんだな?」
「うん」
「何人いた?」
「五人。電話してた」
「でんわ?五人ともどこかに電話をかけていたのか?」
「うん、携帯電話がいっぱいあった。こちらは警察です、とか、そのまま振り込んで、とか、息子さんが事故で、とか、お金を取りに行く、とか言ってた」
完全に振込詐欺のグループじゃないか。こりゃあ警察に通報だな。
スマホを出すと塩谷さんがそれを取り上げた。
「ちょっと、なにするんですか?」
「警察の手を煩わせるにはおよびませんわ」
四人でどんどん歩いていく。あとを追いかけながら
「どうする気です?」
「まかせてください」
舞が出てきたのでカギは開いている。
四人はドアを開け土足のまま部屋に入る。
人の気配にあわてて出てきた詐欺グループの一人が
「なんだ、てめぇらぁ」
と叫んだところで塩谷さんが「ウェーブパンチ!」と掌底を胸に叩き込んだ。
やくざ相手になんてことを。相手は190センチのごつい頭の悪そうなチンピラだ。警察のガさ入れの時はたぶんこいつが壁になってせき止めるんだろう。
そう思った瞬間赤い光が胸に消えると、チンピラは目、鼻、口、耳から炎を噴き出し、痙攣しながらもんどりうって倒れた。
え??
人体発火!?
ウェーブパンチにそんな機能があるわけがない。いや、そもそもで言うと人間には発光器官が無いから赤い光だって出るのもおかしい。男は肉が焼ける異臭を放ちながらどんどん黒く変色してゆく。
倒れた男の横をすり抜け三人の主婦が部屋に飛び込む。
動きが滑らかで速い。まるでダブルスをやっている時のようだ。部屋の中には四人の男がいた。一人は鞄を抱えている。やっぱり警察だと思って逃げる気だったんだろう。そこに主婦たちが飛び込んできたから、あっけにとられている。
「なんだ、くそババア」
三人がそれぞれウェーブパンチを打ち込む。
渡辺イエローのパンチを打ち込まれた角刈りのチンピラの体は土くれのように砕け散った。というか本当に土くれになった。血も肉も残さず、土ぼこりになってその場にぱらぱらと無機質な物体の雨が降る。
太田ブルーのパンチが入った瞬間、男の背後の壁にバシャっと人型の水の塊がぶつかった。四方に飛沫が飛び散り、男の足元にも水の跡が広がる。よろめきながら立っている、さっきまで若い男だったはずのその姿は、今や完全に水気の抜けたエジプトのミイラさながらだった。ゆっくりとその場に崩れ落ちる男がもはや生きていないのは誰が見ても明らかだ。
その横には桂木ピンクのパンチが入った男が涙とよだれまみれでびくびくと痙攣している。なんかもう廃人っぽいな。
残る一人はあんぐり口を開け、目を見開いている。
信じられないものを見たっていう顔だ。俺だってそうだ。
男は我に返るや懐からナイフを出す。
そのナイフはあっさり塩谷さんの裏拳で叩き落された。
裏拳というよりテニスのバックハンドだろう。ただし威力は裏拳より強烈だ。男の手首から先は燃え上がり、一瞬で炭化してぼろりと崩れた。
「ああ!」
男はまだ自分に何が起こったか理解してないようだ。今は存在しない右手を確かめるように手首を自分の唇に当てる。唇には血でなくススがついた。
「ゴミをちゃんと出さないからよ」
「出前のお皿もきれいに出しなさい」
太田さんと桂木さんが氷のような目で注意する。
男の視線は何かを探すように部屋の中をさまよい、それでも何も得られず顔をゆがませる。相手が何を言ってるのか、どうしていいかわからない様子だ。そりゃそうだ。重大な犯罪を犯している奴が、今や命を脅かされている。その相手が主婦で、すごく日常的な注意事項を言ってるんだから。
俺もゴミはちゃんと出すようにしよう、と肝に銘じた。
渡辺さんが男が左手につかんでいたカバンをゆっくり奪い取ると、怯えきった涙目と目が合う。渡辺さんがニッコリ笑う。
「誰がくそババアよ」
渡辺さんの掌底が男の頭部にさく裂し、頭は土くれになって粉砕された。
「な、なんなのこれ・・・夢??」
後から入ってきて部屋の惨状を見た三田村さんが震え声で言う。
「いいえ、夢じゃないわ。私たちは団地の平和を守るミナミんガールズ。あなたもちょっと修行すれば私たちのようになれるから、ミナミんガールズに入らない?」
死体だらけの部屋で塩谷さんがニコニコと勧誘を始めた。
殺人を犯したというのにこの主婦たちの落ち着きぶりは異常だ。行動にも一切迷いがない。どうしてこうなった?
俺はピンクの獲物、よだれを垂らして痙攣している小男に近づき靴下を脱がせた。
ゴブリンの足だった。
「で、でも、これって警察に言うべきじゃ・・・」
三田村さんが蒼い顔をしている。
「どうやら殺人犯にならなくて済みそうですよ」
俺はそう言うと彼女たちにその足を見せた。
「えー、何この足」
「サルじゃん」
「気持ち悪いですわあ」
「ゴブリンっていう、人間によく似た全く別種の生き物です。パニックになるといけないので政府は隠しているようですが」
「え?ミナミんガールスってそういう組織なの。わるい宇宙人かなにかと戦う」
三田村さんの質問に四人が顔を見合わせる。
「た、たしかにそうなのかも」
「結成した時は考えてなかったけど、そんな感じよね」
「活動方針は臨機応変にいこっか」
「じゃあ警察に届ける必要はないですね。わたしたちは害獣駆除をしただけということで」
俺は少し考えて
「でも詐欺の被害者がいますから・・・とりあえずその道の専門家に連絡します」
塩谷さんからスマホを返してもらって大佐に連絡を取る。
今日は土曜でクリニックは休みのため、大佐はすぐにやってきた。
「ふんふん、大体わかりました。それにしても面白い退治の仕方だ。あなたがたがこれをやったんですな。ちょっとこいつでやってみてください」
大佐が廃人と化した男を突き出す。あらぬ方向を見ながら「えへえへ」と笑っている男が哀れだ。
「いいんですか?」
「なあに、実験用のサンプルはいっぱいいますから」
俺がうなずくと塩谷さんが「ウェーブパンチ」と叫んで掌底を男の肩に打つ。
肩からボッと火が上がり、燃えながら左腕が落ちた。
男はまだ笑っていた。
太田さんの掌底打ちで男から水しぶきが飛び散り、完全にミイラになった。
渡辺さんが打つと土くれになって粉砕、あとには土埃だけになった。
「おお、火と水と土ですか。いいですなあ、うらやましい」
大佐が大げさに褒めまくるので三人とも鼻高々だ。
ピンクの桂木さんは
「みんないいなあ、あたしだけ地味なんですー」
と少し拗ねている。
いや、あなたが派手な能力使えてたら、俺は今ごろ土埃になっているから。
かなり引き気味の三田村さんを四人が勧誘しだした。
俺は大佐に小声で
「あの人たちちょっと変なんです。殺人にも、害獣退治にも躊躇がないんですよ。メンタルが強すぎます」
「ああ、それに動きも無駄がないですな。ちょっとやそっとの訓練でああはなりません」
「でもちょっとやそっとの訓練なんです。公園で座禅くんだり、石柱に掌底打ったり、お遊びレベルなんですよ」
「ふうん、その石柱が怪しいですな。あと怪しいのはあなたです」
「なんで俺が怪しいんですか?彼女たちと変な関係とかないですよ」
「そういう意味じゃありません。この話のつづきはあとで」
五人がこっちを見ている。
三田村さんが「私もミナミんガールズに入ってみようかなって、、えーとちょっと怖いからお試しで・・・」
テニスクラブ内に新たなサークルができたみたいだ。しかも結構危険なサークルと言える。なにしろ素手で人を殺せるんだから。
「気を付けて。危ないことは相談してください」
「はい」
大佐は灰みたいになった元人体をその辺のビンにかき集めていた。
「これは救急車の必要はないですな。色々訊かれると煩わしいので警察には報告しません。あんたたちもしなくてよろしい。要はこの世から5人が突然失踪したってわけです。多分そいつらには戸籍はないでしょうから、誰も気にしません」
「あの・・・これはどうしましょう」
渡辺さんがカバンを見せると中に札束が入っていた。一千万円くらいあるだろう。
「あんたたちで分ければよろしい」
と大佐。
「きゃはー」と喜ぶ五人。
「わたしもいいんですか?」
「当然よ。あなたの情報で得たお金だもの」
目の前にすっと舞が出てくる。
「・・・ま、あんたも鍵を開けて情報をくれたから貰う権利はあるわね」
小学生に百万円以上の金を渡す気か?
「でも子供だから直接はあげられないわ。コーチに預けるから必要な時は貰いなさい」
舞がうなずく。
五人はお金を分けると部屋をかたずけ出した。燃え残った死体や首なし死体は渡辺さんがあっという間に土くれに変えた。
大佐はピザを食っている。太った人が食うと絵になるな。
あっという間に、元死体の土くれは外にまかれ、ごみはゴミ箱に、雑誌や書類はまとめられ、部屋はきれいになった。
さすが主婦だ。
これからは決められた日にあのゴミが出されるんだろう。
「はい、これコーチとこの子の分です」
札束を渡される。
「俺は何もしてませんけど」
「いやーね、ウェーブパンチの家元じゃないですか。コーチのおかげで儲かったんだから当然ですよ」
みんながニコニコとこちらを見ているが、たぶん共犯関係にしたいんだろうな。誰かえらい人が「あらゆる社会は共犯関係で成り立っている」と言っていた。ここは貰っておいたほうが彼女たちは安心できるんだろう。
「では、ありがたく」
「ダイスケ先生の分です」といって50万くらいを渡していた。
「これは口止め料ですかな。ふはは遠慮なく」
さすが大佐もよくわかっている。
その夜、大佐と俺は「お山公園」でおちあった。
「たぶん彼女たちはウェーブパンチの修行をして、その成果を試す実験台が欲しかったんです。遠慮なくぶっぱなしていい、殺していい相手を」
「そうでしょうな。石の柱では物足りなかったんでしょう。たぶん自分たちの能力についてもある程度予想がついていたでしょうな。火と土と水の力。あとは精神崩壊ですか」
「問題は彼女たちの心ですよ。道徳観の欠如かと思いましたが、ちょっと違うようです。鋼のメンタルというか」
「力が付くとメンタルも強くなるもんです。あんな力があれば、自信もつくでしょう。今この団地にウェーブヒールを打てる人は何人いますか?」
「講習を受けたのは50人ですが、その人たちが教えあっていれば100人くらいになっているかも」
「最近明らかに来院者が減ってるんです。主にこの団地の主婦です」
「健康になっていると?」
「あなたや私のウェーブヒールには色がついてなかった。火でも水でも土の特性でもない。何だと思います?」
「さあ。無能力では?」
「あなたにウェーブヒールを習ってから、自分の足にガンガンヒールをかけたんです。太ってるせいで膝が悪かったですからな」
そう言うと大佐はその場でジャンプをし始めた。
1メートルは軽く跳んでいる。150キロ近い物体が1メートルから落ちてくるのを支えるなんて、人の骨では不可能だろう。俺はあっけにとられた。
くるりとバク転した大佐が笑う。
「無色の特性は強化だと推測します。彼女たちを鍛えたのはあなたですよ。肉体はもちろんですが、精神も強化した可能性がある」
「・・・マジですか?」
「マジです。最初は治癒だと思ったが明らかにジャンプ力も反射神経も上がっている。治癒は強化の結果ですな。彼女たちのウェーブヒールにも強化の効能はあるかもしれません。団地内の主婦たちも強化された結果、健康になって治療の必要が無くなったんじゃないでしょうか」
俺が彼女たちを変えてしまっただと。
普通の主婦をわけのわからん力を使う戦闘集団に。ひょっとすると50人もの団地の主婦たちも。
「さあ、それじゃあ彼女たちの修行の場を調べるとしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます