第12話 図書館制覇と古平の歴史
少林寺拳法の桂木欽二さんが崩れ落ちた瞬間、俺の中でかちゃりと鍵の開く音が聞こえた。
キター。
図書館制覇が来たぞー。
口からちくわとビールをまき散らしながら欽二さんが苦しんでいる。
すまない。あなたを俺が解放されるための生贄にしてしまった。
通常ならこんなことは俺の良心が許さないだろう。だが「より良い夫婦生活のため」という大義名分ができたことで、こんな非道もできてしまった。
あ、ピンクが来た。
なんか目が本気で怒ってない?
旦那が苦しんでるからだろうな。
「よくも欽ちゃんを!」
あ、これウェーブヒールじゃなくて、マジのウェーブパンチ来るぞ。やばい。
俺が痛みと衝撃に対して心の準備をしたとき、腹にピンクの光とともにさく裂したのは、、、全く予想していないものだった。
それは、すさまじい『快感』
「ほおおおおおおおおおおおお~」
腹から脳に、下半身に、広がる衝撃波。
「甘美な」とか「とろける」とかいうレベルじゃない。快感も度を超すと苦痛でしかない。その鋭角的な攻撃に貫かれ、俺は悲鳴を上げることしかできなかった。
涙とよだれを垂らしながら地に伏している俺を塩谷さんと舞がズルズルと茂みに引きずり込んだ。
「どうしたの?コーチ」
「殴られた?」
「なんか目がトロンとしている」
「口は笑ってるけど涎と涙すごい」
「ヒクヒク痙攣してる」
「とりあえず、ピンク夫婦はもういいから、集会所に戻りましょう」
集会所まで引きずられて数分、なんとかしゃべれるくらい回復した。
「ひ、ひどい目にあいました」
「あんまり苦しそうじゃなかったですけど」
「ウェーブヒールじゃなかったの?」
「本気で・・・全力の奴でしたから」
「えーと、全力だと効果が変わるんですか?」
「・・・そうみたいです」俺はすっとぼけた。
「ええー、どんな感じでしたの?」
「なんというか・・・快感地獄」
「気持ちいいんですか?」
「いや、もはや苦痛というか、拷問に近いかも。射精の快感を100倍にしたくらい・・・死ぬかと思いました」
ごくりとミナミんガールズたちが唾をのむ。
塩谷さんが立ち上がった。
「どうやらウェーブヒールを全力で使うことは控えないといけないようね。もはやヒールとは呼べないようだから。強い薬には副作用があるように、強いヒールにはなにか別の効果があると思われます。全力のウェーブには何か違う名前をつけなくては・・・そう、例えばウェーブパンチとか」
うん、みんなが賛成してるけど、俺はずっとそう呼んでた。
結局、その日は、
「人に向けてウェーブパンチを打たないようにしよう」
と決めて解散した。
でもミナミんガールズたちの目に怪しい光が宿っていた気がする。
・・・いや、気のせいだ。
なにも見なかった。
家に帰って風呂に入って寝る。
寝ながら背中を壁に押し当てようとするると「むぎゅ」と声がした。あ、やっぱり背中にいた。さっき風呂に入ってるときもなんとなくいるんじゃないかと思ったんだけど、裸で現れられても困るから声かけなかったんだよな。
「ちゃんと体拭いたのか?」
「うん」
「じゃあ布団きて寝ろ」
寝やすいように背後にスペースを開けて眠りについた。
翌日、お袋と舞を送り出して、開館時間にあわせて図書館に行く。
おお、敷地に入れるぞ。
俺の自宅になった!
裏口から入るとまず手洗いがあり、その奥に図書館のスペースがあった。
その向こうは正面玄関と階段。
階段は上に向かってるものだけだ。
掲示板を見ると、二階では公民館でイベントやお絵かき教室、紙芝居など地域住民のイベントをやるようだ。地下に書庫があるとミナミんガールズたちが言っていたから、下り階段はべつにあるんだろう。
俺は図書スペースを歩きまわることにした。
まずは児童書だ。
むかし俺が夢中になったSFジュブナイル小説のシリーズが新しい装丁ででていた。
今風のアニメ絵なのでちょっとがっかりだ。今だとラノベと呼ばれるのだろうか。また借りて読もうかな。
昔の図書館の児童書コーナーと比べると明るく健康的だ。
むかしの児童書のなかにはもっとB級ホラーテイストがあった。
石原豪人や柳柊二がイラストを描いていたおどろおどろしいジャンルだ。「悪魔辞典」とか「妖怪紳士」みたいなやつ。
そういうのは一掃されて、みんなポケモンとか妖怪ウォッチみたいな明るくフレンドリーなキャラになっている。神も悪魔も幽霊もいまや子供にとっては畏怖の対象ではなく、友達なのだろう。
そう思って見て回っていると、本棚の一番端の一番下にあった。
「悪魔辞典」「世界の妖怪」「拷問の歴史」
・・・うわ、今見てもこわい。
うむむ、この一角だけ明らかに異常だ。
しかもひっそりとおとなの目につきにくい、しかし小さい子供には目に入る場所にある。俺の脳裏に頭の禿げた鳥みたいな男の顔が思い浮かんだ。
あの男の趣味な気がする。
趣味の本のコーナーに行くと、案の定映画、アニメ関連の本が充実していた。
「ヒッチコックの映画術」みたいな定番はもちろんアニドウの「世界アニメーション映画史」なんていうのまである。なつかしさで何冊か手に取ってみると薄い本が挟まっていた。これ同人誌だろ。いちおうバーコードがあるから貸し出してるのか。
「アニメにおける失恋研究本」
ぱらぱらと見るとアニメの失恋した女性キャラに焦点を当てて分析した本だった。ヒロインではなくサブキャラの心理分析と物語での意味を探っている。
うん、マニアックすぎて変態の匂いがするぞ。ザブングルを恋愛アニメとして見た人間がどれだけいるんだ?
とりあえず失恋本を持ってカウンターに行くと、あの鳥男ががいた。胸に「大杉」の名札が付いている。そういえばそんな名前だった。カードを作りたいと言って免許証と本を差し出すと、本を見た大杉がなぜがにやりと笑ってドヤ顔をした。
まさかお前が書いた本なのか?
・・・まあいい。
「あの、郷土資料のコーナーはありますか?古平団地の成り立ちとか知りたいので」
大杉の手がぴたりと止まった。
大杉がゆっくりとこちらを見る。
「地下です。古い本なので貸し出しはできませんよ」
「はあ、じゃあ閲覧します」
「・・・本気ですかぁ?」
「な、なんでですか?」
「いや、今まで誰もそんな人いなかったんで。こちらへどうぞ」
カウンターの中に入り奥の扉を開けると地下への階段があった。これでは一般の人は入れない。まあ、貸し出さないのならそれでいいのか。貴重な資料なんだろう。
地下は書庫だった。本棚がびったりくっついて並んでいる。人が通れないくらい狭いのは、きっと本棚が電動で移動するんだろう。古い本が多いな。当然か。
本棚をぬけたむこうにガラスで仕切られた区画があった。
郷土資料室と手書きのプレートがある。
中に入ると長机と折りたたみ椅子が一脚。部屋の二面がガラス張りで一面が本棚。もう一面は壁だ。これだけスペースを有効活用している場所で何もない壁とかちょっと変だな。
大杉は「終わったらカウンターで声をかけてください」と言い、戻って行った。
古平の歴史の本が並んでるが、あまり面白そうではない。開墾されたのは江戸中期でそれまではただの山野だったらしい。
「古平銀河」という本がずらりと並んでいる。60年くらい前の本か。50ページの薄い本で写真や短歌や俳句が載っている。どうやら同好の士が作った内輪の同人誌のようだ。ぺらぺらめくると「古平史異聞」という記事があった。作者名は鍵屋世兵になっている。鍵屋家にあった古平の資料や言い伝えについて連載していたらしい。
第一回は古平銀河の創刊号だった。
鍵屋家の最初の当主、鍵屋弥四郎について書かれている。
◆
「古平史異聞」第一回
明治30年の古老の話の記録がある。
江戸時代まで古平村は行政の手が入らず山野のままであった。
この開発の遅さは異様なことである。近隣は鎌倉時代に人の手が入っている。
ここには太古から石の遺跡があり、それを作った住人の末裔が住んでいた。彼らは独自の土俗信仰を持っており、今ではその内容は謎である。近隣の者も役人も彼らと交流することを嫌った。彼らは昔からこの地の伝説にあった小鬼の子孫だと考えられた。
近親婚のせいか、彼らの見た目は悪く、衣服も家屋も粗雑なものだった。
とれる農作物も少なく村人は食うや食わずだった。領主は年貢の取り立てをあきらめた。
あるとき古平村が大火につつまれ、住人が一夜にして全滅した。
大火は空を焦がし、近隣の村からよく見えた。
翌日役人が到着すると、村はすべて焼け跡になっていた。
ひとり生き残った少年によると、岩の穴から大鬼が出てきて住人を食ったという。
役人は少年を、恐怖のあまり発狂してると判断した。焼死体の数は驚くほど少なかった。一部の役人と近隣住民は、本当に大鬼が死体を食ったのだと怯えた。
村は放置された。
夜になると不気味な動物の鳴き声が聞こえ、得体のしれない何かが動き回るこの村に移住する者はいなかったのである。無人となった村には奇妙な赤い植物が生い茂り、ますます不気味さを増していた。
何年もたち、生き残った少年が大人になって村に戻った。
名前は弥助。
鍵屋という大店で丁稚奉公をし、賢かったので番頭になり、やがて独立することになった。
彼は村に戻り焼け跡から再建を始めた。
大工や職人たちが村に入ると、すでに住人がいた。
見たことのない人ばかりで、近村の者ではない。
その見知らぬ住人たちは弥助の指示で夜を徹して働いた。奇怪なことに月のない夜まで作業をする。夜目の効くこと人間ばなれしていた。田畑もなく、彼らはどこからかとってきた獣の肉を食っていたが、見たことのない動物だった。
弥助はまた多血川から水を引き込み用水路を作った。土地の高低差が小さく、数十年もの難事業と思われたが、弥助はこれを数か月で成し遂げた。工事の様子を見たものは
「土地が自ら割れ、見えない何かに踏み固められた」と言う。
田畑ができ、村で農耕が始まった。
江戸で大火が起こった時、山から切り出した大量の材木を弥助は一夜にして多血川まで運んだ。用水路を使ったというが、水の流れに逆らうことになり、これは実に奇怪なことだった。
弥助は財を成し、領主に税を払った。
領主は大いに喜び、弥助に名字と帯刀を許した。侍の扱いである。
これより弥助は名を「鍵屋弥四郎」と改め、古平村の庄屋となった。
◆
おれは小平銀河の創刊号を閉じた。
なるほど、この古平団地は筋金入りの「いわく付き物件」だというのがなんとなくわかった。
古平の開発はようやく近年(江戸時代)になされたもので、団地のあちこちにある石のオブジェは、おそらくそれ以前からあるものだ。しかも信仰の対象だった。あんな不思議な現象が起きるのなら無理もない。
岩穴から大鬼が出てきたと弥四郎少年が言ったとあるが、岩穴とはどこだろう。
弥四郎はいくつか奇跡を起こしている。用水路と名も知れぬ住人たちだ。
彼らはどこから来たんだろう。
赤い植物とは?
古平銀河はまだなん十冊もある。
続きを読みたくなっているがいつでも来れるようになったので、次回の楽しみにしよう。
一階に上がり、大杉に声をかける。
「いい資料がありましたか?」
「ええ、まあ」
「私もちょうど読んでみようと思ったところでした」
「団地の過去を調べるんですか?」
「例のゴブリンですが、あいつが人間になったと言ったら信じますか?」
「いや、ゴブリン自体、半信半疑なんですが」
「うちの分館長が・・・ああ、いやそこらへんはごにょごにょ。はいこれ」
失恋本を手渡された。目が「ちゃんと読めよ」と言っている。
俺は本を持って図書館を出た。お山公園を通ると母親たちが集まって木立の方を見てひそひそ話している。なにかあるんだろうか。猫かカラスの死体とかかな。
木立というかちょっとした林にちかい。
中を歩くと石柱の前にミナミんガールズの4人がジャージ姿で座禅をしていた。
「えーっと、、、なにをしているので?」
「修行です」
「本当は滝でやりたいのですが、無いのでここで」
「強くなりたいのです」
「この石はパワースポットです。感じますわ」
マジか。
四人は立ち上がって石に向かって掌底打ちを繰り出す。
「ウェーブパンチ」「ウェーブパンチ」
「ウェーブパンチ」「ウェーブパンチ」
いや、それパンチじゃなくて掌底打ちなんだけど。
まあ、いいか。石にパンチすると手をケガするからね。
四人がパンチを繰り出すたびに赤黄青ピンクの光がでる。
すると石の方からブウウウウウウンと奇妙な音がし始めた。
え、石が振動している?
なにこれこわい。
近くに繋がれたちーちゃんも石に向かってワンワン吠えている。
四人はこのまま修行を続けるというので、俺はテニスクラブに行く。
四人はテニスには来ない。まあ、コートが空いていいんだけど。
こないだまでウィンブルドンを目指しているのかと思ったが、今は何を目指しているんだろう。
あ、四人が来た。
「コーチ、すいません。マッサージお願いします」
「私たちもお互いウェーブヒールをかけあったんですが、やっぱりコーチのが一番効きます」
「わかりました」
四人にウェーブヒールをかける。
「ああーこれ」
「やっぱ、すごいー」
一応、まだ頼られているのはうれしいな。
「昨夜は欽ちゃんがすっごい求めてきてねえー、一回出してもまだおさまらないんですよー。コーチのおかげです」
「やあーだ、ラブラブじゃん」
「いや、その報告はしなくていいですから」俺は何とか話題をそらそうとする。
「それで修行の成果はありましたか?」
「はい、ウェーブパンチがだいぶ強くなりました」
「キックでも出せるんですよ」
「ええ?」
渡辺さんが俺をテニスコートの隅に連れて行く。
「見ててね、コーチ。ウェーブキック!」
松の木のそばで渡辺さんが地面を蹴ると、瞬間地面が黄色く光り、蹴った場所から1メートル前方の松まで土煙が上がって地面に10センチほどの地割れが開いた。
え、、、なにこれ。
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