第11話 対ちくわ紳士

◆大杉文明(おおすぎふみあき)(古平図書館職員)


 図書館の目障りなジジイを始末できたのは本当に良かった。

アイツが人間でなかったのには驚いたが、犯罪者にならずにすんだのはめでたい。


人間に混じって暮らす異生物「ゴブリン」


この団地はいろいろとイワクが多そうだ。ここには郷土資料館も併設されている。そのうち調べてみよう。確かこの世兵橋分館は昔のなんとかという金持ちの書庫を改装したものだと聞いたことがある。その名残か古い書物があるが、誰も手を付けない。だったら俺が読んでやろうかな。誰も読まない本ほど哀れなものはない。


 図書分館長に呼ばれた。

次の購入計画に文句があるらしい。


「大杉君、君のリストだがサブカルチャーが多すぎる。とくに映画とアニメの本が」

「どの本をおっしゃっておられるのでしょうか」

「例えばこの『名探偵コバンの秘密』だ。児童書かと思ったら専門書でえらく高い」

「名探偵コバンをご覧になったことは?」

「無い。子供向けのアニメだろう」

「劇場版は大人の鑑賞に堪える傑作です。これからの日本の商業映画のやるべきことがみんな詰まっています。この本にはそのノンハウが書いてあります。若きクリエイターたちにこの本を読んで映画作りの参考にしてほしいのです」

「若きクリエイターにはもっと芸術的な作品を参考にしてほしいな。黒澤明とか小津安二郎とか溝口健二とか」

「みんながそれを目指した結果、日本映画が衰退したんです」

「・・・こっちの『ピリキュア・正義いっきま~す!」とは何だ?」

「女児向けのアニメの設定資料です。主人公の異星人たちがナイスバディーな女の子なんです。彼女たちはキュア星の王女でキュア光線を出して悪と戦います。変身シーンで服がピリピリと破れるので大きいお友達にも人気があります」

「もういい」

「若きクリエイターに読んでほしいのです」

「変態製造本だろ。もしくは大きいお友達の」

「クリエイターというのは全員大きな少年少女です」

「公共図書館にふさわしくない」

「どっちもDVDが視聴覚コーナーにありますが」

「そちらの撤去も考える」

「・・・」


公園で手製の弁当を食いながら俺はずっと考えていた。

頭に浮かんだ疑いは、弁当がなくなる頃には確信に変わっていた。


あいつはゴブリンではないのか?


・・・あいつはゴブリンだ!

間違いない。



南山友樹(自宅警備員)


 二日目の講座も盛況だった。

ミナミんガールズの面々はテニスの時間もウェーブヒールの自主トレに励んで、ほぼ失敗無く出せるようになっていた。

講座では「ブワッ、ヒュッ、ボウッ」を合言葉に彼女たちが指導し、主婦全員がウェーブヒールを発現し昨日を上回る成果を出した。

「あれ、大佐も来たんですか」

「ふはは、こりゃ楽しいですな」

大佐が手を当てた洗面器からは無色の水煙が上がっていた。

「ああ!大佐も無色じゃないですか。そうか、男は無色なんだ!」

「女の人は色がついてますな。比較したいので後日、誰かに来てもらおうかな」

そういいながら大佐は腰やひじにウェーブヒールを打ち込んで「ふひいい~」とご満悦だった。

「なんかわかったら教えてください」


集金した金はミナミんガールズと五人で山分けし、コダマートでお酒とつまみを買って集会所でうちあげをした。

お金を稼ぐ機会が少ない主婦にとって、臨時収入はたいへんありがたいらしく、きゃっきゃとはしゃいでいる。うん、気持ちわかる、こないだまで無職だったから。

「でさー、旦那にウェーブヒール当ててみたら、疲れとれたって喜んでたの」

と、イケイケの太田さん。

「・・・あの、どうでもいい人に試すように言ったでしょう。まだなにもわからないんだから」

「うちのちーちゃんも喜んでましたわ」

ちーちゃん、どうでもよかったのか!

「うちは夫と二人暮らしなので・・・夫しかいませんわねえ」

癒し系の桂木さんがぼやきだした。

「だめですよ、ご主人にもしものことがあったらどうするんですか」

「いいんです、あんな浮気者は」

あれ、もう酔ってる?すねてる姿が妙に色っぽい。

「えー、ピンクの旦那、浮気してるの?」とイケイケの太田さん。

ピンクとは、、、桂木さんの光の色だ。もう色で呼び合ってるのか。

「たぶん」

「どういうことですの?」

「毎日帰りが遅いんです。電話してもまだ図書館で働いてるって返事だから、見に行ったら図書館の電気消えて真っ暗なんです~、うえぇぇん」

「まぁまぁ、地下の書庫かもしれないし」

「電気を全部消して地下には行かないんじゃない?」

「ちょっと待ってください。桂木さんの旦那さんは図書館で働いているんですか?」

「はい」

「もしかして、頭の禿げた、ちょっと鳥っぽい人では?」

「いいえ、毛はありますけど」

桂木さんはスマホを取り出し写真を見せてくれた。

旅行だろうか。カジュアルな服装の二人が並んで写っている。

これが旦那さんか。顔に見覚えがある。

奥さんよりだいぶ年上だ。背景はハワイのようだ。

「世兵橋分館の分館長をしてます」

分館長!あそこの図書館のトップがミナミんガール(ピンク)の旦那ってことか。これは使えるぞ。

「えー、たぶん浮気じゃないです」

「どうしてわかるんですか?」

「来ればわかります」

俺はミナミんガールズを引き連れて、お山公園に行った。茂みのかげからこっそり公園を覗くと、公園族のおじさんたちがベンチでビール片手にスマホをいじっている。

その中に桂木さんの旦那がいた。

ちくわを食べている。

いい選択だ。コダマートの食品の中でも一袋五本入りで68円と極めて安く、しかもやたらうまい。食うのが止められない。きっとあの男は職場でもコストを最小限におさえ、その条件で最大限の成果を要求するタイプの人間なのだろう。税金を使う公務員の資質としてありがたい。

「ご主人はいつもあのベンチで1時間ほどああやってから帰られます」

「ええー?」

「なんでわざわざ公園で」

「家で飲めばいいじゃん」

「寒い冬もここで?バカじゃないの」

「あの公園のおじさんたちみんなそうなの?」

ミナミんガールズたちには理解できないらしい。

旦那をじっと見ていた桂木さんが

「でも、携帯をいじってるのは、どこかの女にメールしてるんじゃないですか。だから家の外で・・・」

と疑惑を口にした。

「おい、舞、いるんだろ。出てこい」

俺がよびかけるとすぐ背中越しに

「なに?」

と声がした。本当に背後霊じゃないのか。振り向くと舞がさっきまで打ち上げでつまみにしていたハムをもぐもぐしている。打ち上げのあいだもずっといて一緒に食ってたんだろうな。ミナミんガールズたちが驚いている。

「あのおじさんが携帯で何を見ているのか確認してきてくれ」

とことこ歩いてベンチの旦那の後ろに回り込んで携帯をじっと見ると、ちくわを一本くわえて戻ってきた。どろぼう猫だ。

「野球の結果見てた。動画」

みんなが桂木さんを見ると

「・・・好きなんです。野球・・・ヤクルトが」

言いながら落ち込んでいる。

「なんでですか?私の顔を見たくないからこんなところで時間つぶしてるんですか?」

顔をゆがませ、目に涙をためる桂木さん。癒し系の彼女のこんな顔は初めて見た。

怒りで旦那のもとに走り出しそうだ。

「いえ、それはちがいます」

「どう違うんです」

「ここは、あのおじさんたちにとって聖地なんですよ」

「聖地?」

「現代社会は複雑になりすぎました。複雑な社会システム、人間関係の中で誰もが決められた役割を果たさなくてはなりません。ですが24時間それを続けるのは無理なんです。一日のちょっとだけでも、そういったすべてを忘れて解き放たれる聖地が必要なんです。ある人にはそれは趣味の時間でしょう。ある人には一杯の晩酌かもしれない。彼は職場では分館長という中間管理職です。家ではよき夫であろうとします。しかしそれだけでは、彼は自分というものを無くしてしまいます。この世界の義務をすべて忘れて自分一人になる時間と場所が必要なんです。」

俺は団地を見回す。

「太古のウガウガな人間にとって、この世のあらゆる場所が聖地でした。人々は徐々にそれを失い、あの公園族にとってはあの公園が最後の砦なのかもしれません」

塩谷さんが、ちーちゃんを抱いたまま、うーんと考えている。

「わかります。私もコーチとテニスに試合をしていた時はすべてを忘れてボールとコーチだけになっていましたから。あれは、、聖地の時間でした」

「まあ、そう考えると、あの人たち可哀想かも・・・」と渡辺さん。

「私の前でも欽ちゃんは気を張ってるんですか・・・真面目なんだから」

欽ちゃんっていうんだ。欽一って名前なのかな。

「聖地のことは分かりました。欽ちゃんが大事にしてるなら、そっとしておきます。でもこのままだとわたしは・・・」

「寂しいんですね。わかります」

俺は考える。夫婦仲をとりもつ古典的方法を、、そして俺が図書館を制覇できるようになるには。

「旦那さんはなにか武術をやってますでしょうか?」

「武術ですか?・・・そういえば子供のころ少林寺拳法をやったことがあるって言ってましたが」

「ほほう、いいですね。では、こうしましょう」



桂木欽二(古平図書館職員)


 いつものように公園でちくわを食いながら缶ビールを一本飲む。

野球はヤクルトが勝ってくれて、まさに至福のひと時だ。

家では妻が待っていてくれるが、彼女が子供を欲しがっているのにできないのを知っているので、なんとなく帰りづらいのだ。私が年を取っているせいだろう。結婚当初は若くて美しい妻を持てたとはしゃいだものだったが・・・やはり彼女は若い男性と結婚するべきだったんじゃないだろうか。


空き缶とちくわの袋をカバンにしまい、家に向かう。

わがA3棟の前に来ると、そこに白い柔道着を着た男が立っていた。

目指し帽をかぶり、目以外はみえない。

完全な不審者だ。

背筋がぞっとした。

やだなあ、こっち来たり、話しかけられたらどうしよう。

今から公園に戻って、警察呼ぼうかな。

「少林寺拳法の桂木欽二だな」

うわ、話しかけてきた。しかも名前を知ってる。

少林寺拳法?確か子供の頃ちょっとやったことあるけど、なぜ?

「きみと勝負したい」

頭がパニックになる。これは何の冗談だ。それともあの少林寺の道場にいた誰かがずっと俺に勝ちたくて執念深く、、いやでも俺、全然強くなかったし、子供だったし、

 柔道着の男がこちらへ走って来る。柔道なのか?下はコンクリートだ。危険すぎる。あわてて芝生に入り、今ではほとんど忘れかけている少林寺の構えをする。

襟を取りに来るところを殴るんだ。来た!

私が繰り出した拳はあっさりかわされた。同時に腹に衝撃。

柔道ではなかった。空手の掌底のようだ。それほど痛くない、、、と最初は思った。だが衝撃は波のように腹に広がり、腸がでんぐり返ったような痛みを覚えた。胃から逆流したビールとちくわをまきちらし、俺はのたうった。


「欽ちゃん!」

悲鳴に似た声が聞こえ、震える頭を向けると妻が変質者と対峙している。

逃げろ、マリエ!そいつは頭がおかしいんだ。

くそ、変態め、マリエに手を出すんじゃない!

何とか起きあがろうとするが、痛みがまったく引かず、体がいうことを聞かない。

「よくも欽ちゃんを!」

聞いたことのない低いマリエの怒りの声がしたかと思うと、マリエが男の腹に掌底を打ち込んだ。その瞬間ピンクの光がマリエの手から放たれる。

「ほおおおおおおおおおおおお~」

男は奇妙な断末魔とも歓喜の叫びともとれる声をあげて崩れ落ちた。


え??

なんだこれ?

今の光は・・・特撮?


マリエが駆け寄ってきて私の腹をなでさする。

「欽ちゃん大丈夫?」

「マリエ・・・なぜここに?いや、そんなことより何だ、今の光は?」

「すぐよくなるからね」

マリエが俺の腹をなでると、そこからボワッとピンクの光があふれ、暖かいなにかが俺の体に広がる。同時にあれほど居座っていた痛みは急速に消えていった。

えええ~~~~??

俺は茫然とマリエの顔を見つめた。

ピンクの光に照らされたマリエがにっこりとほほ笑む。

誰だこれは?マリエの姿を借りた天使なのか?

「おなか、どう?」

「え?あ、もう、、大丈夫みたい」

俺は恐るおそる立ち上がる。

見回すと、あの変態はどこにもいない。

「あの柔道着の男は?」

「えーと、、、倒したから消えちゃったみたい」

「・・・」

「帰ろっか」

唖然としたまま俺はマリエに手を引かれ家に帰った。

汚れた服を脱がされ「すぐにお風呂沸かすね」と浴室からきこえた。


「マリエさん・・・きみは・・・何者なんですか?」

俺の震える声に、浴室から出てきたマリエが「てへ」と笑って答えた

「秘密ッ!」


風呂につかりながらジップロックに入れたスマホで動画検索をする。

今日、大杉は何と言ってたか。たしか

「彼女たちはキュア星の王女でキュア光線を出して悪と戦います」

キュア星の王女・・・まさか。

しかし、あの手の光は・・・消えた変態は悪い星の奴だったのか?

動画にはペリキュアのハイライトシーンが続けて現れた。

「キュアビーム」「キュアキーック」

こ、この実写版がうちにいる・・・のか。

ヒロインの制服がぺりぺりと破れ光に包まれて変身する。

お、おう、なんかすっごい興奮してきたあ。


夜、ベッドに二人並んで寝ると、俺はマリエの手を握った。

「今日はその・・・ありがとう。本当は、俺が守るべきなのに・・・」

「え~、いいよぉ~。大事な欽ちゃんがケガしなくて、、うぐぅ」

俺は強引にマリエの唇を奪った。

「ああ~ん、どうしたの欽ちゃん。急に・・・したくなった?あぁん」

はああ、、、キュア星の王女様を、このしがない中間管理職の俺がぁ、自由にしているぅうう!す、すごいぞおおおおお。

「あ~~ん、欽ちゃんスゴイ~~~」


 翌朝、上機嫌の妻の料理を食べながらネトフリで「名探偵コバン」を見る。

今どき全話有料とは、どれだけ自信があるんだ。

シンガポールでコバンの敵のテロリストがマーライオンの頭部を吹き飛ばし、赤い塗料が像の首から吹きあがっていた。

 うわ、おもしれぇーー



「あー、大杉君」

「はい」

「君の購入計画リストだが、全部通しておいた」

「は?」

「三冊づつ入れる。コバンとペリキュアは図書館にふさわしい作品だ。昨日の私の不明を恥じて詫びるよ」

「そ、そうですか」

「ちなみに・・・きみはペリキュアを信じるかな」

「え?・・・本当にいるかという意味ですか?」

「まあ、そうだ」

「いいえ」

「ふっ、そうだろうな。・・・いや、なんでもない、忘れてくれ」


大杉は去ってゆく桂木を呆然と見送った。

何が起こったのかわからない。

もしかしたら奴がゴブリンだという自分の判断は間違っていたのかもしれない。

昨日の時点では確かにゴブリンだと確信があったのだが、今はどう見ても人間だ。

それともゴブリンが人間になることができるのか?

・・・とりあえずカバンに入れた金づちは当分、用がなさそうだ。

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