第23話 ヨガ教室ミナミン開店

渡辺ひとみ(ミナミんガールズ、イエロー)


いよいよ今日、私たちのヨガ教室ミナミンが開店する。

ヨガ教室なるものに需要があるとは思えないが、2ヶ月で古平団地の限界まで広がってしまったテニスクラブを考えると、何とかなるかもしれない。


「誰もお客さんが来なかったらどうしよう」


みんながその不安を口にする。

塩谷さん一人が


「南山コーチの声を信じなさい。この道を進むのよ」


と言い切った。

確かにあの夜団地に響いた声はコーチの声だった。

でもでも、物件の下見をして決めた後、コーチにウェーブヒールのお店を出すって言ったら


「ええっ、マジですか!ぼっ僕なにかするんですか?団地から出られないんですけど」


ってすっごい腰が引けてたんだけど。

あんな頼りないコーチを無条件に信じ切る塩谷さんってやっぱりすごいと思う。それでもって、ちゃんと採算が取れなかった時の撤退のことまで考えているし。


開店の朝、店にはお花が届いていた。

テニスクラブの一同からだ。

わたしたちはお昼の11時から受付を開始する予定だった。

ターゲットの主婦たちが朝の仕事を終えて、買い物に出る時間だ。


だがまだ9時というのに店の前に人が集まっている。

しかも七人全員が老人。

なにこれ?

整体かなにかと間違えてない?

外の出ておじいさんに訊いてみる。


「あのー、きょう開店するのはヨガ教室なんですけど…でもって開店まで2時間もあるんですけど、大丈夫ですか?何かお間違いでは?」


「富田くららさんから聞いたんです。ここで富田さんみたいに元気になれると」


えと、それって農業指導の富田のおばあちゃんのことかな。

話を聞いてみたら、全員、富田おばあちゃんの病院仲間だったらしい。


数週間前、富田さんは仲間内でも、一番元気がなく、車椅子をヘルパーさんに押してもらいながら、

もう自分で歩くことはできない。

残りの人生は一生車椅子生活。

もういちど畑仕事がしたかった。

早く死にたい、、、とぼやくことが多かった。

ところがある日を境に、富田さんは車椅子をやめて立ち上がり歩き出した。

その時は、みんなが喜んで祝福した。

だがその後、富田さんがみるみる元気になり、団地に畑を作り、主婦たちを指導し、ジョギングをし、最近では格闘技のようなことまでし始めた。


こうなると老人仲間たちはお祝いムードから、羨ましいを通り越して「悔しい」という思いにまで到達する。


「自分でもいやらしい根性だというのはわかります。でも自分だってまだ、その、なんとかしたいと思って、それで富田さんに訊いたんです。そしたらあっさり教えてくれまして、テニスクラブで治してもらったって」


「そそそ、あのね、そのテニスクラブは団地の人しか入れないけど、今度団地の外に開くお店は誰でも入れるって聞いたから、待ってたんです。ここ、古平団地のテニスクラブの出張所なんでしょ?」


おじいちゃん、おばあちゃんたちが次々と口をはさんでくる。


「えっと…はい、その通りです」


体裁だけのヨガ教室の看板は早くも内情を知る老人たちによって引きはがされた。


私たちは相談する。


「どうする?ヨガ教室が病院の待合室みたいになる予感がするけど」


「いいんじゃね?年寄りは金持ってるから」


「富田のおばあちゃんの名前、くららだったんだ」


「まさに『クララが立った!』よね」


「コーチはホーさんって呼んでたからホーさんかと思ってた。ホーってなに?」


「知らないわよ。で、あの人たちどうする?」


「パチンコ店みたいにお客さんが外に並んでたら宣伝になるよ」


「でも年寄りだからかわいそうよ。入れてあげましょう」


さすがに2時間も外で待たせるのはかわいそうなので店に入れてあげた。

入会手続きと利用規約の説明をするが、すっかり盛り上がっている彼らはろくに聞きもしないで入会書にサインして金を払おうとする。やっぱり年寄りって詐欺のカモにされるわけね。

さすがにこれはよくないと思い、私は彼らに釘を刺した。


「ちょっと待ってください。あのですね、富田さんに施術をしたのは我がテニスクラブの最高指導者である南山コーチなのです。私たちはそのやり方を伝えるだけで、あそこまで高度な施術は修行次第なのですが、できるかどうか…」


「最高指導者?…修行?」

老人たちのテンションが急に落ちた。というか明らかに引いてる。


「え~~とそれって宗教みたいなものですか?もっと科学的な装置とか薬とかはないのですか?」


塩谷さんが説明する。


「あー、まあ私たちは宗教とは思いませんし、追実験ができるので、科学的とは考えていますが、人によっては非科学的に見えるかもしれません。薬や装置は使いません。自然食品だけです」


「ちゃんとした医療ではないんですか?」

(ちゃんとした)に力が入っている。


「医療資格は持っていません」


「……」


嘘はつけないのではっきり言うと、老人たちは黙り込んだ。

いまやハッピーガスが抜けきって、しぼんだ風船みたいになっている。


「ちょい、しおたにっち、まずいじゃん。せっかくおじいちゃん、おばあちゃんが期待して来てるのに、逆宣伝になってるよ」


「でも私たちの力でお年寄りたちをコーチみたいにピンピンにできるかどうか怪しいものよ。心地いいことばかり言って、あとでだめだとわかったら詐欺師扱いされかねない。そっちの方がよほど悪名が付くわよ」


「コーチのところに連れていったら?」


「南山様には面倒をかけないって言ったから却下」


「そっかー」


「コーチ以外に強化魔法使える人は団地にいないの?」


「えーとね、大佐」


「あー、仕事してるから来てくれないね。主婦だったら呼ぶのに」


「どうする?」


塩谷さんは腕を組んでう~~~んとうなり、ポンと手を叩いた。


「じゃあみんなでやってみる」


「「「へっ?」」」


「ほら、色の三原色って混ぜると白くなるじゃない。みんなで一緒にやったらコーチの無職…じゃなくて、無色のウェーブヒールっぽくなりそう」


「なるほど。科学的だわ」


「ちょっと!私のピンクはどうなるんですの?」


「三人一緒にやるとお年寄りの心臓には刺激が強そうだから、麻酔代わりにピンクの快楽ヒールも一緒に打ちましょう」


「三人だと強烈だから、四人でやるって変じゃない?」


「あはは、年寄りだからヘンテコになってもダメ元じゃん。ここで人体実験やって、本当にヤバくなったらコーチに頼めば何とかなるって」


「まあ、そうね」


「えーーっ、さっき面倒かけられないって却下したくせにぃ」



私たちは相談を終えると、帰り支度をしているお年寄りたちに声をかけた。


「わかりました。今日は皆さんは無料体験入会ということにして、わたしたちの施術を見てもらいます。入会する、しないはその後決めてください」


無料体験が効いたのか、老人たちはUターンして戻ってきた。


「まあ、見てから決めてもええかのお」


塩谷さんが七人の中で一番元気そうなおじいさんの手を取った。


「では、おじさま。こちらへ」


「おじさまって、わし?でへへ…はい」


さすが美魔女。ジジイコロガシはお手の物ね。元気なだけに性欲も残ってるらしい。それに弱ってる老人で人体実験するのは危険だし。


長椅子に座ってシャツだけになったおじいさんに塩谷さんが質問する。


「おじさまはどこか特に悪いところは?え?腕が回らない?後ろには全然ですか。まあ。ではウェーブヒールという治療をやってみましょう。皆さん、デレオの実を食べて、音楽が聞こえますか?はい、では左肩に一斉に、イチニ、サン、ウェーブヒール!」


三人の手から光が発射されおじいさんの肩が白く光った。

桂木ピンクはおじいさんの額に手を当ててヒールを放ったため、頭部がピンク光に照らされる。


「HOHEEEEEEEE!」


おじいさんはわけのわからない悲鳴を上げて悶絶した。

あ、これヤバいかも。


「ひえっ、光った」

「なに、今の」

「よ、吉岡さあん」


他の老人たちが駆け寄ってきた。


「大丈夫か」


椅子から床に崩れ落ちた吉岡と呼ばれたおじいさんはわなわなと震えている。


「い、痛いのか?」


吉岡さんはブンブンと首を横に振った。


「き・・・もち・・・よかった」


「そんなにか?」


吉岡さんのズボンの股間がテントのようにつっぱっている。


「う、うむ…久々に復活した。」


よろよろと立ち上がった吉岡さんは左肩をぐるぐる回して言った。


「あ、こっちも治った!」


どうやら人体実験は成功のようだ。

老人たちはすぐに入会したいと言い出した。

何人かは携帯電話をかけている。

仲間を誘っているみたい。

入口のガラスドアの外から数人の主婦がこちらを見ている。

全部見てたのかしら。


塩谷さんが入会案内のテーブルにあったメモ用紙をとった。


「この教室は今のウェーブヒールを打てるようにするものです。修行しだいでこんなこともできるようになります」


塩谷さんが5枚のメモ用紙を空中に放る。

ひらひら舞う紙に片手向けると、5枚のメモ用紙は次々と火が付き、一瞬で燃え尽きた。


「おお~」


お年寄りたちが声を上げ、外の主婦たちは携帯をこちらに向けて目を丸くしている。


「あの噂、本当だったのね」


と声が聞こえた。

どういう噂なんだろう。

動画を撮られたのかな。


昼からは、ひっきりなしに入会希望と見学者が現れた。

わたしたちは、時には同時ウェーブヒールの人体実験&治療をし、時には塩谷さんの炎芸、太田ブルーの水芸のデモンストレーションをし、入会を誘った。


入会者にはデレオの実を食べさせ、ウェーブヒールの指導をした。

デレオの音楽を聴くと集中しやすいらしい。

自分の心から聞こえてくる音楽だからだろう。

ほとんどの人間がその日のうちにウェーブヒールを何度か放つことができた。


「え、ほんとに聞こえる。なにこの曲」


「きゃあ、光った」


「あたしブルーなの?」


「えーっすごい。あなた何色?」


「赤がよかったー」


「黄色ってなにできるの?」


「あれえ、さっきはできたのに」


結局二日目の時点で入会希望者がキャパを超え、これ以上増えると予約が取りづらくなるということで入会を締め切った。


会員になれなかった人たちには私たちが作ったリーフレット「ウェーブヒールの使い方」を渡した。


「これを読んで、一階の販売所でデレオの実を買ってください。果物は誰にでもお売りしてますから。ウェーブヒールを自主トレーニングで身に着ける人もたくさんいるんですよ。非会員の方は果物が会員の方よりちょっとだけ値段が高くなりますが、はい、ちょっとです。予約が取れるようになったら、また会員募集をしたいと思います」



南山友樹(自宅警備員)


今日はテニスクラブで格闘技の指導をした。

間違いではない。

会員から戦い方を学びたいと要請があったので、警備員時代に教わった格闘術を思い出しながら指導したのだ。格闘に興味のない会員さんは農業をやっていた。

テニスクラブとは何ぞや?

テセウスの船みたいな問題だな。


全員格闘のスジがいい。

主婦の動きではない。

俺にウェーブパンチを教えてくれたあの警備会社のクレイジー先輩が見てもきっと褒めてくれるだろう。


団地内の巡回。

わずか数週間で団地中に繁茂したデレオと南天の木を見る。


「これ、生態系やばいよな…」


ファームの土をみると時々人型に盛り上がっている。

それに向かって南天やデレオが根を伸ばしている。

そういう木に限って成長著しく大きな実をつけてる。


俺は人型の土の端っこを蹴った。

ぼろりと崩れる。中まで全て土だ。

土魔法使いはちゃんと仕事をしているようだ。


俺は団地内の迷惑住人が次々と姿を消しているのを知っている。

ミナミんガールズによると


「少々のゴブリンを退治した」


だそうだ。

やはり「浄化作戦」が行われている。こわい。


ところで彼女たちがはじめたヨガ教室は好調らしい。

だが「好事魔が多し」というではないか。

みんなは俺を「ビビり」とか「コーチは心配しすぎ」とかいうが、

成功は失敗のフラグなのだ。心配しかない。


石柱を熱心に眺めている男がいた。

図書館員の大杉だ。

あの不思議な図書館から持ってきた、無意味な字の羅列が載っている本を持っている。何がおもしろくてあんな本を持ってるんだ?

そっと近づいて本の表紙を見ると


「こだいらだんちといせかい」


と読めた。

あれ、意味があるぞ?

大杉に話かけようとしたらこちらを見て逃げて行った。

何なのだあいつ。


公園の前を通ったら主婦が集まっている。

どうしたんですか?と声をかけると、公園の隅にある段ボールを指さした。

数日前から公園にホームレスが住み着いているらしい。

主婦たちが言う。


「どうします?コーチ」


「わたしたちが始末してもいいんですけど」


え?始末?

浄化作戦…畑の肥料…

俺は慌てて言う。


「いえ、あの僕が何とかしますから、皆さんは手を出さないでください」


「そう、コーチがそういうんなら、ねえ、みんな」


俺は皆を制して、ひとり段ボールハウスに近づく。


「あのー」


そう声をかけると段ボールハウスの入り口から、ひょこっと男が顔を出した。


「あ…」


こないだのウンコをしたがっていたホームレスだ。

と、同時に俺はついさっきこの男の顔を思い浮かべていた。

あの時彼をどこかで見たような気がしたが、

見てくれが変わりすぎていて、気が付かなかった。


「く、クレイジー先輩!」





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作者「今回は5200文字でした」

塩谷「いちいち報告しなくていいわよ」

作者「仕事が忙しくなると小説を書きたくなるよね」

塩谷「それを人は逃避と呼ぶのよ」

作者「さぶいから仕事したくないよう」

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