第22話 富田ホーさんと旧支配者退治

 俺はいま異世界(チュウボウ)にいる。

先日まで車いす生活をしていた富田のおばあちゃんといっしょだ。

富田さんは今ではすっかり元気になって、朝はジョギング、日中は団地内の農園で指導をしている。

ジャージ姿が板についている。

今日は異世界で農家をやっているグリーンこと三田村さんに指導をするためやってきたのだ。


「ちょっと主がいないと畑って荒れるんですね」


「ええ、毎日手入れしないといけません。お肌と同じです」


富田さんはそういいつつ、くわの使い方を教えている。


「力任せに振り回しては疲れてしまいます。持ち上げて軽く地面に落とす。突き刺さったら柄を持ち上げる。てこの力で地面がえぐれる。これの繰り返しです」


なるほど。まえに農業のドキュメンタリーで、素人の大の男が畑を耕すのにひーひー言ってる横でおばあさんがひょいひょい掘り返しているのを見たことあるが、力の使い方を間違っていたのだな。

俺は農具の一つを取り上げて訊いた。


「これはどう使うんですか?」


くわより随分柄が長い。先端には鋭角二等辺三角形の金属が付いている。

つまり柄が長くて先がとがったくわだ。くわよりだいぶ軽い。


「それは三角ホーといって雑草取りです」


「ほーー」


富田さんはひょいと三角ホーを振り地面に突き刺した。

先が尖っているので、軽くても地面に深々と突き刺さる。

富田さんが柄を前に倒すと、先端が持ち上がり、雑草がバリバリと地面からはがれた。


「これも、てこの力です。柄が長いので立ったまま腰を曲げずに雑草を抜くことができます」


「おおー」

パチパチパチ。


「では荒れた畑を耕しましょう」


そう言うと富田さんは地面を思いっきり蹴った。


「ウェーブキック!」


そこからヘビのように地割れが走り、前方に土煙が上がっていく。

でかいミミズ、というか映画トレマーズのあいつが通った後みたいに地面が掘り返されている。


「ウェーブキック!ウェーブキック!ウェーブキック!」


荒地はみるみる耕されていった。

くわ使わねーんかい!

俺は心の中で突っ込んだ。



地下都市クン=ヤンに行き、俺の行動範囲を広げるため町の発掘を行う。

今日は土魔法使いの富田さんがいるから、新たなエリアを発掘しよう。

猫獣人のキャルも農場からついてきている。

俺は通りのどん詰まりまで行き、そこをふさいでいる壁をポンポン叩いて富田さんに言った。


「お願いします」


富田さんは三角ホーを俺に渡し、空手家のように息吹きを吐く。


「ホオオオー」


よほどホーが好きなんだろな。


「ウェーブキック!」


壁に蹴りを入れた瞬間、壁が黄色の光を放って砕け、光る砂になって消えてゆく。

黄色い光は数百メートルも奥へと進み、隠された町が現れる。


うん、何度見てもこの光景は快感あるな。アニメにしたい。


近くにいた町人がわっと歓声を上げる。


「また新しい町ができた」

「町長を呼べ」


俺は三角ホーを返して礼を言う。


「ありがとうございます、富田さん」


「わたしがこんなに元気になったのは南山さんのおかげです。礼を言うのはこちらです」


いやあーいい関係だ。俺はこないだまで引きこもっていたのに、、、いや、今も自宅を拡張しているだけで、ある意味引きこもっているのだが、それでも人と関係を築けているのはうれしい。


俺は新たに出現した地下街を進む。

この空間を埋めていた土は光となって消えたようだが、崩落はないのだろうか。

作った町ではなく、元から存在した町を見つけただけだから、これで自然状態ということで安定しているのかもしれない。


町の人もキャルも一緒に新町を見て回っていたが、先行していた人々が駆け戻ってきた。


「ティンダロがでたあ」

「にげろおおお」


なんだろう。


「おい、キャル。ティンダロってなんだ」


「狂犬だにゃ。ものすごく硬くて素早くて、手が付けられないにゃ」


「そいつもマンテスと同じ旧支配者の一味か?」


「そうにゃ。僕たちを見ると襲いかかってくるにゃ。早く逃げるにゃ」


そうこう言ってると新町の奥から逃げる人を追って銀色の何かが飛び出してきた。

大型犬ほどの大きさで動きも犬そのものだが、全身が銀色のプレート、いやウロコに覆われている。顔には目も鼻も耳もなく真っ赤に開いた口だけだ。


そいつが町の人に追いつき押し倒し、足を咥えて振り回しはじめた。

おっさんが痛みで悲鳴を上げる。

こいつは放っておけない。

俺は自宅警備員でここは俺判断では古平団地の一部なのだ。


「富田さんはキャルと逃げてください」


そう叫ぶと俺は腰の虎徹を抜いて駆けだした。

おっさんを咥えていたティンダロがこちらに気が付き顔を向ける。

感覚器官はどこにあるんだ?

そう思いながら、こちらに向かってくるティンダロの頭に思いっきり虎徹を叩きつけた。

虎徹は裁断機であって、刃物というより、ただの鉄の棒だ。

だが日々強化マッサージを受けている俺の腕が高速で振るえば、普通の生き物ならバターのように切れる。

だがティンダロの銀のウロコは違った。

衝撃をすべて吸収し、曲がりもしない。

ふっとばされたティンダロだが、ノーダメージで即座にこちらにとびかかってきた。

うわ、こいつやべーぞ。


俺は目の前に迫った銀犬の顎を下から右手で突き上げ、左手を首に巻き付けた。

ドーベルマンを倒した時と同じ手順だが、ウロコが硬くて、首が締まらない。

地面に伏したティンダロの上に覆いかぶさり、俺は次の手を考える。

その間にもこの銀犬は激しく全身を動かし、俺の顔や肩にかみつこうと歯をガチガチと鳴らす。

あぶねえー。

片方の前足と首をまとめて後ろから締め上げ、両の後ろ脚に足を絡める。

これでお互い動きが取れなくなった。

だが手詰まりだ。

どうしよう。


「そのまま仰向けになってください」


すぐそばに富田のおばあちゃんが立っていた。逃げてなかったのか。


「どうするんですか?」


富田さんは三角ホーを見せてニッと笑う。


「なるほど」


おれはティンダロを抱えたままゴロンとひっくり返る。銀の犬は俺の上で富田さんに腹をさらした。


「ホオオオオーーッ」


富田さんが三角ホーを振り、ティンダロに突き入れては柄を起こしている。


ベリッ


ベリッ


ベリッ


こちらからは見えないが、雑草を抜く要領でこいつの腹のウロコをはぎ取っているのだ。

ティンダロが慌てて動き出すが、俺はがっちり抑え込む。

何枚かウロコを剥いだところで富田さんは三角ホーをひっくり返し、長い柄の部分をウロコのないティンダロの体に突き刺した。


「ギョオオオオオオーーー」


銀犬は痙攣し、体を石のように固くした。

振動する石が金属のプレートをつけたみたいだ。


「ウロコの下は随分とやわらかいのねえ」


富田さんはティンダロの腹の中を思う存分かき回した。

青い血が飛び散り、銀犬の悲鳴が小さくなって消えた。

犬の全身から力が抜ける。


死んだようだ。


俺が犬を放して立ち上がると、富田さんは三角ホーを構えてホホホと笑った。


「てこの力です」


農具バンザイ。

俺の中で富田のおばあちゃんの下の名前はホーさんになった。



町の人たちが戻ってきて俺たちを取り囲み、賞賛しはじめた。


「すげえ、ティンダロを倒した」

「勇者だ」

「あの武器があれば」

「ばか、あの早いティンダロを動けなくしないと、武器が使えないだろ」


俺はティンダロに噛まれたおっさんに大佐の痩せ薬を飲ませた。


「おお、すごい、傷口がみるみるふさがっていく」


「腹が減ってくると思いますから、食ったほうがいいですよ」


「たしかに減ってきました」


おっさんは礼を言いいそいそと町の方へ帰って行った。

そのうちティンダロの死体を高く買い取るという商人も現れたが、俺は大佐へのお土産にすることにした。


古平団地のお柱公園に戻ったのはちょうどお昼だった。

富田さんと別れ、大佐内科へ向かう。

死体は町でもらった布袋に入れてかついでいる。

お昼休みの大佐にティンダロを見せると大佐はえらく喜んだ。

大佐は銃を取り出し床に転がした銀犬の死体に向けてぶっ放した。


「この部屋は防音になっているのでご心配なく」


弾は銀のウロコを貫通できずに死体のそばに転がっていた。


「すごい、これは高性能の防弾、防刃チョッキが作れますよ。軽くて強い」


はがしたウロコを手に取り大佐は感激のこえをあげた。



塩谷恭子(ミナミんガールズ、レッド)


わたしたちミナミんガールズは今度開くお店の内見をした。


「おおー、いいんじゃない。駅からも近いし、商店街の中だし」


「一階で食品を売って、二階でヨガ教室をやるわけね」


「ヨガなんてわたしたちの誰も知らないけどね」


みんな笑う。


「でも『ウェーブヒール教室』なんて怪しげな名前つけても誰も来ないでしょう」


「まあヨガが妥当か。お店の名前どうする?」


「『ミナミん』でよくね?」


「じゃあ全部カタカナで『ミナミン』にしましょう」


「6か月間は様子を見ましょう。事業というのはすぐには軌道に乗らないわ。その間に上向き始めたら続ける。ダメなら手を引く。

のめり込んで負債を抱え込んだ挙句つぶれるなんてことはないように」


「6か月なら今持ってる資金でなんとかなるね」


「体調もテニスクラブのおかげで万全だし」


「金稼ぐぞー」


「南山コーチの偉大さを広めるのです」





この時、

古平団地の主婦たちの異変はすでに近隣の主婦ネットワークで知れ渡っていた。

その結果がどういうことになるか、わたしたちはまだ理解していなかった。

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