第23話 熱中
人見知りだがどこかズレた紅葉と誰とでも遠慮なく話せるが割と一般的な俺。
主人公とヒロインのファーストコンタクトを終え、次のシーンは中間テスト。転校したばかりというのに来週がテストで焦る主人公のシーンだ。
「やべぇ……やべぇ……マジやべぇ……」
「……」
「やべぇって……俺赤点確実じゃん」
「……」
「……回りくどいアピールしてるのは俺だけどさ? ちょっとくらいは反応してくれても良いんじゃない?」
「わ、私……?」
気付かなかったとでも言いたげな紅葉。紅葉は目をぱちくりさせながらおずおずと俺の広げるノートを覗き込んだ。
「あ……ここ間違えてるよ」
「お? そうなのか?」
「ここも。あとここ。解き方間違えてるのによくそれっぽい答え出せたね……」
「お前案外毒舌だな……」
答えを見てはズバズバと間違いを指摘していく。俺が目を丸くしながら紅葉を見ていると、クラスメイト役であるBチームの女子が隣にやってきて。
「その子毎回学年一位だから教えて貰って損はないと思うよー」
「はぁ!? こんなとろそうなやつが!?」
「し……失礼ですね……」
「初対面の時のお前ほどではないがな」
「……ちなみにここも間違えてます。完膚なきまでに」
「何でちょっとトゲのある言い方になってるんだよ」
……と、ここまでは俺含めBチーム全員が良い感じに出来ている。特に紅葉の仕上がりは中々のもので、バッチリ役に入り込んでいた。
紅葉は早奈や綿とはまた別の、切り替えられるタイプの演技の上手さではないのだ。頭からつま先まで全部なりきって、そのうち思考や仕草までトレースする。
そしてそういうタイプの演技は、周りの演技も盛り上げていく。演者は一人残らず研ぎ澄まされていっていた。
そこからは、日常生活を経て俺と紅葉の距離が近づいていく。
結局中間テストでは俺は赤点を取り、そこでもトップを取った紅葉に補習のための勉強を教えてもらう。モブのクラスメイトに付き合ってるのかと弄られ、初めて相手を異性と意識した。
補習が無事終わると、今度は俺がお礼と称して紅葉をデートに誘う。自分の自信のなさのせいで嫌という程渋ったが、半ば無理やり約束を取り付けることに成功。
帰り際に出会った紅葉の妹(友愛の役だ。作中では俺と紅葉の次に重要である)との一幕を見て、極度の自信のなさは妹への劣等感から来るものだと理解。コミュ力や学校での立ち位置は勿論、得意の勉強でさえ敵わないらしい。
そして、紅葉は俺と距離を置くようになる。自分なんかと一緒にいるのは俺に悪いと、そんな
妹のようではない自分に幻滅されるかもしれないから。そんな言い訳は、しかし
逃げる紅葉の腕を捕まえ、俺はようやく紅葉に思いを伝えること出来た。
「妹になんかならなくても良い。何でもなんか出来なくて良いんだよ」
そんな真っ直ぐな言葉に、紅葉は言葉を詰まらせる。
言おうとした反論は空気に溶け、代わりに口にしたのは自己嫌悪だった。
「ねぇ……私って何でいつもこうなんだろうね」
泣きそうな顔で自責する紅葉。両手は胸の前で、自分の身を守るように縮こまっていた。
「人に迷惑をかけてばっかりで……、あなたにもまた……」
「良いよ」
紅葉の懺悔を俺は受け入れる。それと同時に紅葉の肩に左手をポンと置いた。
「でも……」
「大丈夫だ」
ぐっと手の力を強くする。それが本心だと肩から伝えるように。
紅葉は不安げに揺れる瞳を上げ、俺を見つめる。口にしなくとも本当に? と聞こえてくるようだ。
「お前が自分を嫌いって言うなら」
その目に真正面から俺は応える。一本の線で繋がった視線はどちらからも離れることはない。
「俺が、お前の分までお前を好きになってやるよ」
「……信じられない」
「……ああもう、なら見とけ」
「え? ……わっ」
俺は紅葉を胸へとギュッと抱き寄せ、左手を後頭部に添えて顔を近付ける。
……その意味を理解した紅葉は、やがて上気した自分の恥ずかしさから目を背けるようにまぶたを閉じた。
ただそれは紛れもない、これからするキスへの了承。
ここまでされて誠意を見せないやつは、はっきり言ってクソ野郎だ。受け入れてくれたのなら、応えるのが筋。
俺は徐々に紅葉へと顔を近付ける。そして残り数センチ。俺は流れのまま目を閉じ──
──そのまま、紅葉と口付けを交わした。
ふわりと柔らかい感触は久しく体験していなかったもの。これがキスだったな、なんて演劇の自分の役とは別の水瀬楓真としての思考が頭の片隅を過ぎる。
唇を離した辺りで、何故かAチームがザワつきだす。口々にマジかアイツら……や水瀬家の子どもはやっぱり違うな……などとどこか引いた様子の感想が飛び交っていた。
「……ん? 水瀬家?」
聞こえてきた単語を思わず口にしてしまう。普通俺一人に対して水瀬家なんて言葉は使わないよな。そんな言葉を使ったのは相手が同じ水瀬家である紅葉だからで……。
……あれ? 俺今紅葉に、妹にキスしたのか?
「も、紅葉!?」
「……?」
演技中なんて知ったこっちゃない。俺は焦りながら呼びかけるが、
しかし次第に理解が追いついたのか、トマトのように赤くなり両手で唇を押さえた。
「え、あ、嘘。フウと……えっ!?」
「ま、待て待て! やっぱりそれ以上は深く考えたらダメだ!」
「は、初めてのキスだったのに……」
「すまん紅葉! 止めた俺が言うのは変だがまだ本番の途中だ!」
「あ、うん、その、ごめん。ごめんなさい……」
真っ赤になった顔を隠すこともせず、わかりやすく恥じらいながら頷く紅葉。
……何だこの気まずい雰囲気。恋人同士のそれだろこれ! 間違っても実妹とやるもんじゃねえよな!?
「つ、続けるからな?」
「は、はい……お兄ちゃん……」
「急にしおらしくなって呼び方変えんなよ!?」
◇
結局、俺が演劇を止めてしまったせいでBチームは敗北。結果は七割を超えるAチームの圧倒的な勝利に終わった。
集計は演劇が終わってからものの三十分で開示された。各クラスで予め数字を出しておけば、後はただの足し算。そんなに時間のかかるものでもない。
「負けちゃったね、フウ……」
「ああ。一応二割はBチームに票が入っていたとはいえ、確実に俺のせいだろうなぁ……」
俺と紅葉は散々Bチームに謝った後、二人で反省しながら家路を歩いていた。Bチームのみんなは、そもそも俺達が居なければ勝てる見込みすらなかったとフォローしてくれたが……。
「……それでも流石に、罪悪感はあるよなぁ……」
「だね……。でもフウは演劇部をやめるんでしょ? わたしからまたちゃんと謝っておくね」
「ありがとう」
何だか逃げたみたいで嫌だが、元々そういう条件で入っていたのだ。紅葉がどこの誰かも知らない男と男女の仲の演技をしないのならば、俺のBチームに残る理由はなくなる。
「「はぁ……」」
「同時に溜め息なんて、本当に仲良いね」
「……ああ、早奈か」
俺と紅葉は振り向くと、優しい表情をした早奈が立っていた。怒ってはいなさそうなので、少しだけ胸を撫で下ろす。
「あ、早奈ちゃん。その……ごめんね? フウのファーストキス……」
「良いの良いの! だって前にしたもん!」
「!? フウ、それホント!?」
「前って言っても、中学の頃だけどな。昔付き合ってた時に何回か」
あの時の経験は今回のあのシーンにフルに生かされている。ゼロとイチでは勝手が全然違うからな。
「何だ? お兄ちゃんのファーストキスは自分だって喜んでたのか?」
「ち、違うしこの変態兄貴! バカなんじゃないのバカ! キッモあーもうマジで無理無理! わたし先帰るから!」
紅葉は早口でまくし立てて、最後に俺の肩をバシっと叩いて駆け足で帰っていく。
……別に気ぃ遣わなくても良いのにな?
「二人にしてくれたのかな」
「かもな」
「それより楓真。あたし勝ったよ」
「そうだな」
俺は静かに早奈の手を握る。初めはビックリした早奈だったが、やがてふふっと笑みを零して。
「これからもよろしくね! ダーリン!」
「おう、よろしく。……いやダーリンてお前何歳だよ」
夏の太陽はジリジリと照らしてくる。
だがそんな暑さも、今は不快に感じなかった。理由なんて、今更言わなくてもわかるだろう。
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