第10話 気分転換with宗太郎

 カァン! と金属バットの響く音が耳朶を打つ。ケージの中では見知らぬおじさんがバカスカと球を打ちまくっていた。


「結局水瀬は思いつかなかったんだっけ?」

「さあ打つぞォオルァ!!!」

「……やる前から楽しそうでなによりだよ」


 やれやれとでも言いたげな宗太郎。だって思いつかなかったものは仕方ないだろ。こういうのは開き直って楽しむに限る。

 それに俺もバッティングセンターは久々だからちょっと楽しみなんだよなぁ。芯で捉えた時の爽快感がたまらない。


「おし、じゃあ俺適当にカード買ってくるから宗太郎は適当なところに行っといてくれ」

「あいよー。んじゃ初めはとりあえず百キロかなぁ……」


 ほう、まずは百キロか。中々良いところを選ぶじゃないか。変態のくせに。


 俺は三ゲームずつちゃっちゃと購入して宗太郎の居るところへ向かう。宗太郎はバットを持ち上げては重さを確認していた。


「百キロくらいならこのバットが良いと思うぞー。別に出来るだけ軽いのが良いとかじゃないだろ?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってるんだ」

「キャラ崩壊甚だしいなぁ……。ほら」

「おわっと。危ないからバットは投げんなよ」


 下投げされた金属バットを両手でキャッチする。おお……、案外重いな。結構ズシンと来る重さだが、良いなこれ。今なら場外ホームランだって打てそうだ。

 俺がカードを機械の中に入れたのを見て、宗太郎はバッターボックスから出ていく。網一枚を隔てているだけなので声は届く距離だ。


「よぉしぶっ飛ばしてやるぜー!」

「おお、頑張れ水瀬ー」


 バットを構え、マシンを見据える。


 ビュッ。ボールが発射され──


「──ぅオラァ!!!」


 ブォン!!!

 バットが空を切る。


「……よし。今ので感覚は取り戻した。次は当てる」


 ビュッ。


「だらっしゃあああ!!!」


 ブォン!!!


「……掠りはしたんだけどな」

「あんまり自分に嘘つくと後が辛いだけだぞー」

「うるせぇそこで黙って見とけ。次こそは……」


 ビュッ、ブォン。


「……今の完全にボール球じゃね!?」

「どう見てもド真ん中のストレートだっただろ……。腰を落としてボールをよく見るんだー! あと腰使えー! 身体回すんだー!」

「そんな裏技教えたら俺全部打つからな!!! 生憎お前の番は回ってこねえぞ!」

「三十球で終わるっつの。ビリヤードじゃないんだから」


 ツッコんでくる宗太郎はひとまず放っておき、次の球に集中する。腰を落として、ボールをよく見る。打つ瞬間は身体を回して……。


 ビュッ。


「っらあああ!!!」


 カァン!

 打ち返した球は正面へと突き刺さる。手にはじんじんとした重みが残っていた。


「お、おお!? 見たか宗太郎!? 当たった!」

「おお、見てたよ。おめでとう」

「おっしゃあ続くぜー!!!」


 そこからは半分くらいは前に打てた。中には気持ちの良い当たりもあって、久しぶりにしては結構良い感じに出来たと思う。


「やっぱバッティングセンターは良いな。スカッとする」

「そう言ってもらえると誘ったかいがあったよ」

「じゃあ次は宗太郎の番だな。ほれ」

「おっしゃ。見とけよ水瀬」


 ケージでバットを渡し、今度は俺が出ていく。ネットの向こうとはいえ、バッターボックスとは割と近い。宗太郎はバットを両手で掴み身体をほぐしていく。

 ……妙に手馴れてるな。なんかプロの選手とかがやってるのに似てる気がする。


「よし! んじゃやるぜー!」


 カードを入れ、バッターボックスで構える宗太郎。何となくだが、やっぱりどこか慣れたものを感じる。俺にアドバイスをしただけのことはあるんだろう。


「ふっ!」


 カァン! 初球を難なく真正面へと打ち返す。打ち終わった後の宗太郎の残心は中々にカッコイイ。


 ……いやいや、宗太郎のことだ。まぐれかなんかだろ。


「初っ端からまぐれ当たりおめでとう宗太郎ー!」

「お、じゃあオレが三十球中二十五球打てたらジュース奢りな! ……そらっ!」


 カァン! 喋りながらというのに、さっきと全く同じコースへ打球を運ぶ。


「……お、おお! まあ別に良いけど! ダメだったら宗太郎が奢れよ!」

「釣り合ってないけど良いぞー! オレが言い出した……っと!」


 カァン!


「ことだしなー!」


 こともなげに当てていく宗太郎。今度の打球はさっきよりも高めで、バスっとネットに引っかかる音がした。

 ……これで三球当てたのか。い、いやでも宗太郎だしな? 何だかんだ言ってここから全部空振りするのがコイツだ。きっとそうに違いない。うん。それが宗太郎だ。




 ガコン! 自販機からペットボトルが落ちる音がする。


「……ほらよ」

「サンキュー水瀬! いやー、まさか全部打てるとは思ってなかったわ! 鈍ってないもんだなー」

「化物かよお前……」


 結局あの後宗太郎は一球も漏らすことなく打ち返した。途中から宗太郎がバットを振るところにボールが来ているんじゃないかと錯覚したほどだ。


「まあオレ元野球部だしな。小学三年生くらいから中学の最後の大会まで」

「ああ、それでそんなに打てたのか……。そりゃ納得だ」

「その頃オレ坊主だったんだぜ? 確か写真のフォルダに……、あった。ほら見てみろよ」


 差し出されたスマホを覗き込む。そこにはザ・野球部といった芋臭い坊主が笑顔でピースしていた。見覚えのある顔は、そこにいる宗太郎とピッタリ一致しており……。


「わっははは! お前高校デビューし過ぎだろ!」

「はは、見せたのオレだけどあんま笑うなって。てかな、オレがこんな見た目にする理由もこれなんだよ」

「誰かに芋臭いって言われて振られたとか?」

「お前すげぇなエスパーかよ!?」

「むしろ当たりかよ!?」


 予想通り過ぎて逆に引くわそんな話。大方告った相手が派手好きだったんだろうな。このジャガイモ小僧とは似ても似つかない……。


「ぶふっ!」

「そこまで笑われるとちょっと傷付くぞ!?」

「ふ、すまんすまん。でもこれあれだろ。キラッキラした女子に告白したんだろ?」

「よくわかるな……。まさにその通りで、その時の傷心のオレを慰めてくれたのが名前も知らない図書委員ちゃんだったんだ」


 おお、思わぬところに性癖のルーツが。それでニッチなジャンルにのめり込める辺り、流石宗太郎って感じだな。


「でも今のお前のその見た目って、くだんのキラキラ女子の好みじゃねえの?」

「その後図書委員ちゃんにも告った」

「手当り次第かお前!?」

「そしたら『私こう見えてチャラい感じの男の人が好みなの!』ってな。そりゃ見た目寄せるよ。寄せてたら中学卒業して会えなくなってたけど」

「何だそりゃ」


 悲劇ですらない喜劇だな。まあでも坊主頭の頃よりは幾分カッコ良くは見える。それが親しみやすさとか図書委員系女子に刺さる見た目なのかはさておき。


「……あ。お前元野球部なのに今やってない理由って髪型か?」

「あー、確かに野球部は暗黙の了解で坊主だもんな。でもそうじゃないよ。単に疲れるから」

「つってもお前、結構向いてたんじゃないのか? あんだけ打てるわけだし」

「百キロくらいなら野球部は誰でも打てるよ。ただオレが野球に向いてるか向いてないかは置いといて、向いててもやらないヤツは結構いると思うぞ」


 達観したような目で遠くを見る宗太郎。その視線の先にはかつての記憶が、なんて。懐かしんでいるのだけは伺えた。


 向いてるのにやらない。その構図に知ってるヤツを当てはめてみると、早奈が演技をしないってところか。これはまた一大事だな。


『楓真も演技上手なんだしすれば良いのに』


 似たようなことを前に早奈に言われたか。あとは紅葉にも。


『フウはよくお母さんの練習に付き合ってるもんね。わたしもたまにしてるけど、フウの方が上手な時があって殴りたくなるもん』


 そう考えると、確かに向いてるけどやらないヤツってのはごまんと存在しているんだろうな。烏滸がましいかもしれないが、現に俺がそうなのだから。


「……ん?」

「どした水瀬。何か言いたいこと?」

「いや、ちょっと閃いたかもしれん。脚本の流れとか、軸とか」

「おお! そりゃ良かった!」


 宗太郎は機嫌良さげに俺の背中をパンと叩く。覗いた白い歯は笑顔の手本のようだ。


「宗太郎、これだけ聞かせてくれ。お前の“疲れるからやめた”ってやつ。これも考えようによっては一種の成長だよな?」

「前を向くことだけが成長じゃないのは確かなんじゃねえの? オレにはよくわからない話だけど」

「充分だ。ありがとう」

「おう。お役に立てたのなら何よりだよ」


 気分転換に来てまさか本当に思いつくとはなぁ。正直そこまでは望んでいなかったから何か得した気分だ。棚から牡丹餅ってやつか?


「さ、残り二ゲームやってこうぜ! 次は思い切って百三十キロとか行かね?」

「俺は八十キロにする。俺も全球打ちとかしてみたい」

「水瀬って案外負けず嫌いだよな」

「うるせぇバカ」

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