第11話 盛大な遅刻はもう休みたくなる
──水曜日、夜中。午前四時半。
「よし……よし! 出来た! やっと完成したぞ!!! やったなぁ俺!!!」
タン、とパソコンのエンターキーを押して保存する。
ついに完成したのだ! 一ヶ月もかかった脚本が! バッティングセンターに行っただけでものの三日で!
「いやー……流石だなぁ俺。これなら監督も、Aチームのみんなも文句ないだろ……。後はもう……寝るだけ……」
……あー、ダメだ。睡魔がヤバいな。もう寝よう。流石にこれはまずい。寝る。
俺はPCの電源を落とし、ベッドに入る。ひんやりとした感覚が心地良い。
これなら、すぐに、寝れそう……だ……。
──そして翌日、木曜日。正午十二時。
俺は
「ん……今何時だ……」
スマホを手に取り画面を点ける。そこには十二時二分との表示があり……。
「はあ!? 十二時!?」
俺そんなに寝てたのかよってか学校完全に遅刻、いやもうむしろ休みだろこれ!? 確かに寝るのは遅かったけどそんな時間になるか普通!?
「……あ、紅葉!」
いつもなら俺が起きれていない時は紅葉が起こしてくれるのだ。その紅葉が俺を起こさずに置いていった……? ただし逆のパターンで紅葉が寝ていて俺が起こす時もあるので、もしかすると最悪のケースになっているのかもしれない。
俺の部屋と紅葉の部屋は隣同士だ。パジャマのまま紅葉の部屋にずかずかと入る。
「やっぱりか……」
ベッドの上では案の定紅葉も寝ており、気持ち良さそうな寝息をたてていた。
が、そんなことを気にしている余裕はない。俺はゆさゆさと紅葉の身体を揺らす。
「んん……何……? 朝……?」
「昼だ昼。むしろ昼だからヤバいんだよ」
「フウってば何言ってるの……? あと胸に手当たってる……」
「すまん。いやどうでもいいから早く目を覚ませ」
「どうでもいいって何さー……、ん? お昼?」
ガバッ! とベッドから起き上がって掛け時計を見る。長針短針どちらも十二付近を指しており、それを見た紅葉の顔はみるみるうちに青ざめた。
「ね、ねえ今日って木曜日……」
「だな。完全に遅刻だ」
「遅刻ってレベルじゃないよこれ!? もう休みじゃん!?」
流石妹、俺と思考回路が同じだ。俺は心の中で呟く。
「……とりあえず下に降りるか」
「……そうだね。顔も洗いたいし」
一周回って落ち着いた俺達は階下へ降り、洗面所へ向かう。
仲良く二人で階段を降りるなんて久々だな。これも一々口にはしないが、何故かノスタルジーを感じたのだった。
二人でリビングへ行くと、テーブルの側に並べられてある椅子に座る女が一人。
「おはよ。フウくん、モミちゃん」
穏やかで物静かそうな女性。
……女性とかいうの気持ち悪いから先に言っておくが、この女は水瀬真紀。国民的な女優にして俺と紅葉の母親だ。おっとりとした外見に違わず言動も穏やかでゆっくりである。
「母さん! 何で俺と紅葉を起こしてくれなかったんだ!?」
「そうだよお母さん! おかげで兄妹揃って遅刻だよ!」
「ごめんね、二人とも寝てるから休みかと思って……」
「ああ……まあ俺達が悪いから良いんだけど!」
テレビで見る母さんと同じ、どこが周りとズレている天然具合。
母さん相手だとイマイチ怒りきれないんだよな。元々が怒られるようなキャラでもないんだろうが、こちらに非があるないに関わらず喧嘩のようなことにはならなさそうな雰囲気がある。
「もういっそのこと、フウくんもモミちゃんも休んじゃえば?」
「お母さん! 学校はそんな簡単に休むものじゃ……」
「……なるほどな」
「フウ!?」
急に孤立無援になって焦る紅葉。でもよく考えたらもう今から学校行っても意味無くね? 面倒臭いだけだし別に行く必要もない気がしてきた。断じて面倒に思った訳ではない。まる。
「お母さんお昼からまた撮影だから、お家はよろしくね」
「あ、うん」
「学校には連絡しておくから。じゃあいってきます」
「「いってらっしゃい」」
そう言い残してリビングを後にする母さん。取り残された俺と紅葉はとりあえず椅子に座った。何だこの空気。割ときまずいぞ。
「……ね、フウ」
「ん?」
「夜何してたの? あ、いかがわしいことだったら素数でも数えておいて」
「脚本書いてたんだよ。逆に何だよいかがわしいことって」
「それを言わせる辺り変態だよねフウって。キッモ」
「最近口悪いぞ紅葉!? というかお前こそ何してたんだよ。昼に寝るような時間までは起きてたんだろ?」
「そんなことより脚本見せて。スマホにも残してるでしょ?」
ワガママだなぁ紅葉……。まあ感想は欲しかったから良いけど。あとこいつ地味に何してたか答えてねえな。
俺はスマホの画面にPCとの共有ボックスを開き、それをそのまま紅葉に見せる。受け取った紅葉は小さくありがとと呟いてから読み出した。
「おーい紅葉ー」
「……」
「……食パン焼いとくからな? 文句は受け付けないってことで」
意図的に無視しているのか、それとも集中して読んでくれているのか。とりあえず食パンを取り出しトースターにぶち込む。
さて、紅葉はどんな感想をくれるのやら。今回は以前までのものとは少し違う試み。はたして気付いてくれるのか。
読み終わり、もしゃもしゃと食パンをかじる紅葉。俺は既に食パンを食べ終えていて、スマホもないのでテーブルに身体を投げ出しだらーっとしていた。
「フウ」
「んー?」
「やっぱり面白かったよ。流石」
「ありがとう紅葉」
まあ当然だけどな。なんせ俺が書いたわけだし。
「あとあれだね。前とちょっと雰囲気が違う気がする」
「雰囲気?」
「何となくなんだけど、ちょっと影があるよね。この話」
「おお、わかるもんなんだな。俺が一番求めてた感想だよ」
「フウのことなら早奈ちゃん以上に知ってるから、わたし」
伊達に俺の妹じゃないな。流石は可愛い妹だ。
紅葉は食パンを食べ終え、手についたカスを皿の上へと落とす。そこにあったティッシュを一枚とって手を拭いた。
「あ、そう言えば紅葉。さっきは聞けなかったけど結局お前は何で起きるの遅くなったんだ? 卑猥なことか?」
「そんなわけないじゃんバカ! フウじゃないんだし!」
「俺もそんな理由で夜更かしなんかしたことねえよバカ」
「……漫画、読んでたの」
「ああ、少女漫画な」
少し顔を赤らめながら紅葉は呟く。可愛い趣味だと思うし、俺は別に良いと思うけどな。あと脚本のインプットにも結構紅葉の少女漫画も使わせてもらってるし。
「紅葉の影響で少女漫画っぽい脚本も作ってあるんだけど、読むか?」
「……読む」
「じゃあちょっとスマホ貸してみ。……ほら、ここから下にスクロールしていってくれ」
「ありがと」
お礼を言って、どんどんと読み進めていく。今度はさっきの脚本を読む速度とは全然違い、かなりの速度で読み進めていた。さっきのがあんまり面白くないのか、それともこれが面白いからか。俺としては後者であってほしいな。
それから十五分程が経ち、黙って俺にスマホを返す紅葉。恋愛モノなのでAチームには渡さないが、これも結構な自信作だ。さてどんな感想を抱いたのだろう。
「好き」
「俺のことが?」
「フウのことも好きだけど、この話のこと。わたしこれ演劇でやってみたい」
「相手はどうするんだよ」
「……フウ?」
「あ、好きってそういう……」
「違うから! そんなんじゃないから! 気持ち悪い!!!」
んな真っ向から全力否定するなよ。俺も兄妹間にそんなものは余程じゃない限り生まれないとは思っているけど。
「……ゲームでもするか?」
「する」
最終的に、この日は学校にも行かず俺と紅葉は夜までゲーム三昧の時間を過ごしたのだった。
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