第9話 完成しない脚本

「おい……どうするんだよ俺……!」


 朝、教室。俺は頭を抱えて机へつっ伏す。浮かれたクラスメイトの笑い声が憎い。こっちは新入部員が入ってから一ヶ月も悩みっぱなしだってのに……!


「おっはよー水瀬……って、何だお前。何でそんな俺絶望してますよ感出してんの」

「絶望してるからだよこのチャラ男のくせに眼鏡っ娘大好き誰得ギャップ人間……!」

「意味のわからない罵倒すんなよ!? 何でオレ朝イチから貶されなくちゃならないの!?」


 わたわたと慌てる宗太郎。だが知らん。今の俺はそのわたわたの十倍くらいは焦ってる……!


「あ、水瀬あれか。ゴールデンウィークが終わったから嘆いてんだろ? いやーわかるぜその気持ち。オレも十連休と言わずに三百連休くらいほしかったなぁ……」

「休みじゃなくて脚本が完成しないんだよ! 監督にはな? 一年生の基礎練があるから一ヶ月は練ってもらって大丈夫って言われたけど、練るどころか書き出せてすらいなくて……練るというより寝てばかりで……」

「お、おお。何かすまんかった。オレ水瀬がそんなガチのやつ抱えてるとは知らなくて……」


 宗太郎は若干引きながら、カバンを置いて俺の前の席に座る。いつものスタイルだ。


「でもさ水瀬、前の部活紹介の時は一晩で仕上げたとか言って喜んでなかったっけ?」

「時間が違うんだよ。あれは紹介用だから十分かそこらのやつで、今作ってるのは大会用のだから一時間。もっと何かこう、色々出来てさ」

「ふーん。まあ確かに単純計算六倍だもんな。何だっけ、水瀬がよく言ってる……そう説得力! 持たせられそうだよな」

「リアルオセロのくせにわかってるじゃねえか……」

「何だそのあだ名どこから付けた!? ツッコミようもないぞ!?」


 はぁぁぁぁ……、どうすりゃ良いかなぁ……。まさか一ヶ月も思いつかないとは思ってなかったし……。


「……まあ良いや。そう言えば水瀬、題材はどうするんだ?」

「成長物語」

「恋愛にすりゃ良いのに。オレが見たいだけだけど」

「恋愛のやつは一応遊びで書いたのが一つあるんだよ。ただ女主人公だったら主役はオーディションはするけど多分早奈だろ? てことは……」

「あ、そっか。成宮ちゃんの相手が必要になるわけだ。案外嫉妬深いんだなぁ水瀬」


 うるせぇにやにやすんなバカ。俺だって自覚あるんだよ。


「あれだ、俺にとって早奈は元カノ以前に幼馴染みなんだよ。誰かとベタベタくっついてんのとか見るのは気持ち悪いってだけだ」

「本当かー?」

「母親が不倫してるところ想像してみろ」

「……すまん、想像したくもない。気持ち悪いわ」

「そういうことだ。……いやそんな話じゃねえだろ!? 脚本思いつかねえんだって!!!」


 ああ嫌なこと思い出したもうどうすんだよこれ!? そろそろ基礎練とやらも一段落する頃だろ? だとしたらもう脚本上げきゃ詰むじゃねえか!


「……逃げたい」

「何ならオレが書いてやろうか?」

「図書室系女子禁止でな」

「……今回はご縁がなかったということで」

「どうするかなぁ……。……よし、早奈ー!!!」


 俺と少し離れたところで女子グループと話している早奈を呼びつける。急に呼ばれたからか肩をビクッと震わせて、こっちへおずおずとやって来た。


「……昨日楓真のアイス勝手に食べたの怒ってるの? でもあれは紅葉ちゃんが一緒に食べようってそそのかしたからで……」

「あれお前か!!!!! 紅葉か母さんのどっちかが嘘ついてると思ってたけどお前かよ!!!!!」

「おーい水瀬ー。話ズレてんぞー」


 おお、そうだった。早奈が余計なことを言うから。こいつは後で説教だ。

 今はそれよりも。


「なあ早奈。俺脚本やめたいんだけど」

「何で!? アイス食べたのそんなに怒ること!?」

「アイスは髪の毛が黒から金になって逆立つくらい怒ってるけどそれは置いとけ。じゃなくてだな、単純に思いつかなくて」

「あ、ああ。そういうこと……。でも楓真、ゴールデンウィーク中はずっと家に篭ってたじゃん」

「それでも思いつかなかったからやべぇんだよ……」


 はぁ、と溜め息をつく。幸せの逃げていく音がするなぁ……。

 俺は一縷の望みを持って早奈と宗太郎の顔を覗き見る。早奈は難しい表情でうんうん唸っており、宗太郎は俯いていたのをパッと上げた。

 何だ、何か思いついたのか。


「気分転換しようぜ!」

「気分転換?」

「ずっと篭ってたり考えたりしてたんだろ? たまには息もつかなきゃ疲れるって。丁度久しぶりにバッセン行きたかったんだよなー」

「バッティングセンター……、まあ暇だし良いけどさ」

「あ、それあたしも行きたい!」

「お前は演劇部があるだろ」


 ぶーぶー言う早奈はともかく、気分転換は割と良い案だな。確かに言われてみればこの一ヶ月はそういうことを一切していなかった。


「たまにはやるな、宗太郎。たまには」

「二回も言わなくて良くね!?」


 普段の宗太郎は図書委員の話とかしかしないからな。何一つ間違っちゃいない。

 まあでも、気分転換までまだ授業が丸一日分残っている。ダメもとで授業の間は考えてみるか。

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