第8話 新入部員

 仮入部期間から一週間。ついに本入部の日を迎え、俺はいつものように早奈と監督にAチームの部室へと連れられた。何でも脚本として紹介するためらしく、今日だけならとの条件で顔を出すことにしたのだ。

 ちなみに仮入部期間も呼ばれていたが俺は断固として拒否していた。あんまり知らないヤツと話すの嫌なんだよな。緊張するし。


「ねぇねぇ楓真」

「ん?」


 隣の早奈から肩を叩かれた。現在一年生と二、三年生が向かい合う形で並んでおり、右隣には監督、そして左隣に早奈がいる。


「結構いるね、新入部員」

「だな。三十人くらいか?」

「それくらいかな。うちの部室かなり広いのに横いっぱいまで並んでるし」

「んで二、三年生側は流石に二列。俺も後ろの列が良いんだけど」

「別に死なないんだから良いじゃん?」


 生死を基準にしたら大概のことは受け入れられてしまうだろ。相変わらず極端だ。

 そんな感じでこそこそと話していると、隣の監督がパン! と手を叩いて大きな音を響かせる。ざわざわした空気は一転して静まり返った。


「こんにちは、一年生のみんな!」


 いつもの人の良さそうな笑顔で挨拶する。監督は一年生をぐるりと見渡して頷いた。


「君達は仮入部期間を経て本入部を決めたってことで間違いないんだよね。てことでまずは君たちの先輩の自己紹介から始めようと思います」


 監督の言葉に黙って耳を傾ける一年生。入部初日だからだろうか、少し緊張が見える。


「僕は……みんな知ってるよね? 仮入部ではお世話になりました、監督です!」


 ああ、面倒見てたのは監督なんだな。じゃあ改まった自己紹介は必要ないか。くどいだけだしな。


「じゃあ次! 水瀬!」


 で、次のやつか。水瀬つったらあれだろ、水瀬……。


 ……え? もう俺?


「あ、え?」

「どうしたんだい水瀬。君は仮入部期間居なかったんだから初めての顔合わせでしょ?」

「……俺の番?」

「そりゃ僕の隣に居るわけだし」

「もう早くしてよ楓真ー。後ろつっかえてるよー?」


 早奈も便乗して肘で俺を突っついて急かしてくる。

 こいつ、俺が繊細なのを知ってるくせに……! あっしかもちょっとニヤついてるぞ! わざとかコノヤロウ!


「んんっ!」

「「「……」」」

「……えと、きゃく、脚本を書いてる、水瀬楓真です。演劇部ではありませんがよろしくお願いします」

「「「えっ」」」

「あ、いや、その。頼まれたから書いてるだけで、別に部員じゃないというか、その」

「はいはーい! あたしは主役を演じている成宮早奈です!」


 俺の自己紹介はまるで打ち切りと言わんばかりにしゃしゃり出て声を張る早奈。だがナイスだ。あれ以上続けていても繊細を晒すだけだったし、多分早奈もそれをわかって遮ったのだろう。多分。


「あ、あの!」

「ん? どうしたの?」


 一年生の女子の一人が手を挙げる。早奈は首を傾げて質問を待った。


「水瀬に成宮って、もしかしてお二人がそう・・なんですか!? 私、入学前にそんな噂を聞いたことがあって!」

「あ、わたしも!」

「俺もです!」

「私も!」


 うぇ、そんなところにまで広がってるのか……。これは早奈が言ったせいとかじゃなく、多分ママ友とかその辺の繋がりから漏れたんだろうな。何にせよ面倒な話だ。


「そうだよー。あたしが成宮瞳子の娘で、この隣の楓真が水瀬真紀の息子。幼馴染みなんだー」


 おおお、と沸き立つ一年生。何がそんなに面白いんだか……。


「でも勘違いはしないで欲しいんだけど」


 さっきまでと表情は変わらないのにどこか凄みのある雰囲気。一瞬ざわついた一年生達はすぐに静かになる。


「あたし、主役はちゃんと実力で勝ち取っているからね」


 毅然と言い放つ早奈。誰かの喉がゴクリと鳴った。

 実力に裏付けられた自信。天才を自負するくらいだ、言えて当然の言葉だな。


 それからは他の演者や裏方の自己紹介が続き、気付けば今度は一年生の自己紹介に移っていた。


 一年生は自分の名前と演劇の経験の有無、そして志望を発表することになっている。

 みんな似たようなことを言うだけで退屈していたが、その中で一人、目に止まったやつがいた。

 長いさらさらの髪を真下に下ろした女子で、身長はそれ程大きくない。パッと見はお嬢様に見えなくもないが、どこかはつらつとした印象を覚えた。


牧之瀬綿まきのせわたです! 中学でも演劇部に入っていました!」


 お、経験者か。基本的に未経験者が多い演劇部で経験があるというのはプラスに働くだろうな。演者であればすぐに役も──


「──一年生ですが主役を目指しています! 成宮先輩には負けません!」


 おおー、と二、三年生側から感嘆の声が上がる。早奈も目を丸くして、そして少し嬉しそうにしていた。

 てか宣戦布告とかよくやるなぁ……。俺だったら口の中カラッカラに乾涸ひからびて絶対出来ねぇ。

 早奈は一歩前に出て、牧之瀬綿とやらを見つめる。


「負けないってことはオーディションであたしに勝つってことだよね? あたしも負けるつもりはないよ」

「むっ、望むところですよ!」


 バチバチと火花が散るような言葉の応酬。

 やっぱり早奈、嬉しそうだな。なんせ表立ったライバルはいなかったわけだし、だからこそ紅葉がAチームに入ってくるのを楽しみにしていたのかもしれない。

 早奈の目標の成宮瞳子も、ライバルと切磋琢磨をして実力を伸ばしたのだ。何かしら憧れがあるのかもな。

 俺は傍観者を気取りながら、そんなことを考えていた。




 自己紹介が一通り終わった後は適当な交流会で、それにまで付き合う理由はないと抜け出した帰り道。日が落ちるには少し早いためまだ明るい。

 歩いていると、少し先に見慣れた背中を見つけた。俺は軽く走って追いつく。


「紅葉」

「わっ、フウ。どうしたの、こんな時間に」

「演劇部の自己紹介。脚本だから一応ってな。紅葉は?」

「わたしも一緒。自由解散だから帰ってきたの」


 そう告げる紅葉の顔にはうっすらと不機嫌の色が見えた。同級生と帰っていた素振りもない。つまり。


「お前、部員があんまりガチじゃないから拗ねて一人で帰ってるんだろ」

「っ」

「紅葉も俺に負けず劣らずの人見知りだよなぁ。別に死ぬわけでもないだろうし」

「……何、死ぬわけでもないって早奈ちゃんの真似?」


 おっと、つい口から出ていた。自己紹介の時変なこと考えたせいだな。


「今の二、三年生はガチだろ。その理由は何かわかるか?」

「知らない」

「ガチになる機会があったんだよ。元々ガチの早奈とかお前、後は友愛とか。普通はそっちの方が少数派で、自分達で演劇を作って初めてガチになれるんだ」

「フウは演劇部じゃないくせに」


 それを言われると痛いな……。確かに俺は演劇部ではないし。

 ただ、早奈も同じだったのだ。同じように悩んで、同じように拗ねて。そしてこれからの紅葉と同じようにみんながガチになる瞬間を見届ける。

 そう考えると、心配はしなくても良さそうだな。


「そう言えばフウさ、Bチームには脚本を書かないの?」

「うーん……、考えたことなかったな。まあ俺が書く以前に、Bチームにも脚本が居るわけだし。今日の自己紹介でも居ただろ?」

「そうだけどさ。何か不公平」

「別に俺が優れててそいつが劣ってるわけでもないだろうよ」

「……そうかなぁ」


 何故か納得のいかないといった紅葉であったが、俺は無視して歩く。紅葉も後ろから遅れまいと着いてきて、俺たちは並んで家へ帰るのだった。

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