第22話 偶然か運命か、Bチーム
Aチームの演劇が終わると、遠くから微かに拍手が聞こえてきた。講堂と距離のある教室からでも聞こえる程の拍手の大きさ。出来は言わずもがなだ。
Aチームのみんなが講堂から降りてくる。端に備え付けられた階段からぞろぞろと観客席へと歩いてきており、その顔は皆やり切って満足だと言っているようだった。
席を空けるため観客席から通路へ抜けると、そこには早奈が待ち構えていた。
早奈は軽く口元を綻ばせる。
「あたしは本気でやったよ」
「見てたらわかる」
言われるまでもなくあの出来だ。恐らく今まで見た早奈の演技の中で、最も完成されたものだったと思う。
「約束、忘れてないよね」
早奈の真剣な、それでいて少し恥ずかしそうな表情。
約束、つまりAチームが勝てば俺と早奈が付き合うという話。忘れるわけがない。
「勿論だ。しかし早奈、お前本当に俺のことが好きなんだなぁ……」
「し、仕方ないじゃん! 昔からずっと居たんだし」
少し弄って見ると、見る見るうちに赤くなる早奈。それが信頼の何よりの証拠だ。
「まあでも多分、俺の方がお前のことを好きだよ」
「え、え!? それって!? ねえ!?」
「んじゃ行くわ。Bチームに負けて泣くなよ」
「ちょっと、楓真ー!」
引き止める声を無視して舞台へと上がる。
……正直、振り返ると今度は俺がからかわれそうだ。今の顔は見せたくない。
トントンと背中が叩かれる。振り返る間もなく前に躍り出たのは、いたずらっぽくにやにやした紅葉だった。
「フウってばカッコイイ〜!」
「うるせぇ茶化すな。本番中ガチでキスするぞ」
「脅しが普通に気持ち悪い……」
紅葉は両手で身体を抱きしめて心底嫌そうな声で拒絶する。
……そりゃ確かに俺も言ってて気持ち悪くなる脅しをしたとは思うけどな? そこまで嫌がられたら流石にな? 俺みたいなガラスハートは泣いちゃうだろ?
「……でも」
「?」
『でも』から何が続くのかわからず、俺は黙って続きを促す。
「それが役に入り込んでしまったせいなら、わたしは怒らないから」
紅葉の顔は至って真面目だ。冗談でも脅しでもない、演劇に対する真摯な姿勢。
「心配すんな」
そんな紅葉に、俺は頭にポンと手を置く。小学生の頃はよくやっており、紅葉はこれをされるのが好きだった。
「俺は早奈一筋だよ」
緊張を少しでも和らげるため。一ミリでも意味があれば良いなと切に願う。
「……カッコイイじゃん。流石わたしの彼氏役なだけはあるね」
「お褒め頂き光栄です」
「水瀬兄妹ー! イチャつくのはその辺にして定位置に立ってもらえるかー! 大道具も設置し終わったからさー!」
「「イチャついてなんかねえよ(ないよ)!!!」」
変なタイミングでハモった俺と紅葉。Bチームのみんなはそれを見て(聞いて?)声を上げて笑いだした。
……甚だ不本意ではあるが、これで良い雰囲気のまま始まることが出来そうだ。
そんな中、Bチームの監督はみんなに気を引き締めるように手を叩きながら伝える。全員が所定の位置に着いたところで、監督から。
「それじゃあ始めるぞ!」
「「「おお!!!」」」
全員の大きな返事と共に、緞帳が下がる。一度観客席が隠されてから、そしてブザーの音と共にもう一度緞帳が上がった。
初めは俺のセリフからだ。シーンはド定番。転校生の俺が学校の道に悩んでいるというものだ。
「高校への道、確かここで合ってると思うんだけどなぁ……」
舞台は道路。俺はどこを曲がれば辿り着くのかわからず、途方に暮れていた。
そんな時、視界の奥で見知った女物の制服が視界に入る。渡りに船だと思い、俺は目の前の女生徒に意気揚々と話しかけた。
「なぁ! あんたすすき野高校の生徒だよな? もし良かったら俺をそこまで……」
「ひゃっ!? な、何ですか……?」
紅葉はまるでイタズラがバレた子どものように肩を跳ね上げる。やましいことをしていたのかと問い詰めたくなるほどだが、こいつは何もやっていない。
ただ極度の人見知りなだけだ。
「いや、だから高校まで案内を……」
「ふ、不審者……!?」
「違ぇって。ほら制服もそこのだろ?」
「で、でも誰かを殺して奪った可能性も……!」
「だったら盗む方が楽だろ!? 盗んでもねえけど!」
ははは、と観客席からAチームの笑い声が耳に届く。Aチームの物語は終始シリアスに徹していたが、この物語はある程度コメディ要素が強い。告白シーンでギャップを作るためだ。
「俺は転校生なんだよ! まだ一回しか校舎に行けてねえから道がわからなくてさ」
「あ、あぁ……なるほどです……。それなら初めから言ってくだされば……」
「言う暇を与えなかったのはお前だけどな」
「こっちの道です」
「お前内気に見えて意外と人を振り回す系のマイペースだな……」
セリフを言い終わると、照明が暗転して大道具が次の教室内のセットを用意してくれる。俺と紅葉はまた決められた位置に移動し、今度は他の演劇部員達も席に着いた。
舞台が再び照らされる。そこには教室のワンシーンとわかる背景や机などの材料が揃っていた。
「今日は転校生がいる。ほら、入ってこい」
「うす」
俺は先生に呼ばれ教室へ入ってくる。ぐるりとクラスメイト達を見渡すと、一人既に知った顔が居た。
俺は紅葉で視線を固定していると、紅葉はみんなに聞こえる音量で。
「ふ……不審者の人……!」
「「「不審者!?」」」
「ちっげえよいきなり変な印象を植え付けてるんじゃねえ!!!」
「ご、ごめんなさい!」
ペコペコと頭を下げる紅葉。言われてから謝るその速度は、条件反射と言っても差し支えがなさそうなレベルだった。
「ちょっとー転校生ー。アンタ何様のつもりー?」
「人見知りのせいでお前ぼっちかと思ってたけど結構友達いんのな……」
「酷いことを言って、申し訳ありません!」
再度謝る紅葉。
……ここまで謝られて、それでも受け入れないやつなんて殆ど居ないだろう。
「もう良いって。だから頭上げてくれ」
「すみません……」
だがなおも謝りながら、そこで初めて謝ることをやめた。何がそんなに紅葉を謝らせるのか。
「……正直俺は何一つ悪くねえけど、ちょっとだけ罪悪感湧くんだよな」
普通はここまで謝らない。過去に何かあったのか、それとも単にそういう性格なのか。
何にせよこれからの先行きに不安を滲ませながら、俺は溜め息をついた。
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