第4話 本番前日
部活紹介まで後一日。今日は本番前のリハーサルとして最後の通し練習だ。
俺は以前と同様客席に座り、演劇全体、そしてとりわけ早奈の一挙手一投足を見ていた。何をどう動かせばどう見られるというのを肌で理解しているようで、いつ見ても引き込まれる。
「こんな家になんて……生まれたくなかった!」
悲痛な叫びが講堂に響く。
練習を見る度、いや脚本を書いていた時から思っていたが、早奈には似合わないセリフだな。アイツは“成宮瞳子”が母親だから強烈に憧れるし、だからこそ努力も出来る。
有名人の身内なんて目立つだけ。そう思うのは、俺が繊細だからか。
それからも滞りなく進み、無事演劇を終える。
演者からは勿論、照明や舞台裏からも拍手が聞こえてきた。全員手応えがあったのだろう。
「お疲れ様、みんなー!」
早奈のその言葉を皮切りに、他の部員達も続く。その様子を客席からじっと眺めていると、監督がこちらへやって来た。相変わらずの巨漢は座りながら見るとより大きいな。
「水瀬、リハーサルはどうだった?」
「良いと思う。これならBチームにも全然負けてないだろ」
「それは成宮がいるから?」
「大前提にはそうだな」
「ぷっ、あははっ! 君達は本当に仲が良いんだね!」
愉快そうに笑う監督。笑われているのは俺のはずだが、不思議と不快感を覚えない。監督の人徳かね。
「やっぱりそれは幼馴染みだから?」
「まあ生まれた頃から一緒だしなぁ」
「ああ、なんたって成宮瞳子と水瀬真紀の子ども同士だもんね」
「だな。あの二人はお前の思ってるテレビのそれよりも仲が良いぞ。酒が入った時なんか……、ん?」
「どうしたの?」
あれ? 俺って母さんが水瀬真紀だって言ったっけ? 変に目立ちたくないから誰にも言ってないはずなんだけど。
「何で俺の母さんが水瀬真紀だって知ってんの?」
「そんなの演劇部ならみんな知ってるよ。だって成宮がよく言ってるし」
「早奈ぁ!!!!!」
「うわぁっ!? 何なに!? 何かあたし悪いことした!?」
思わずクソデカ大声で壇上の早奈を呼ぶ。突然のことで焦っているようだ。
……で、バカみたいな音量の声を出したから注目される俺。やめろ、あんま俺を見るな。
「……」
「今更ブレザーで顔を隠しても意味が無いと思うよ? 逆に変だし」
「う、うるっせえな。ちょっと服の匂いを嗅いでただけだよ」
「あ、楓真! もしかしてさっきの演技の話ー? どうだったー?」
「……」
「楓真ー?」
今回は完全に自業自得だが、この距離で話そうとするな。また変に思われる。
……が、まあ流石に無視もおかしな話だ。俺は早奈に声が届くよう張り上げた。
「今回はバッチリだー! 後恥ずかしいからデカい声で俺を呼ぶなー!」
「あははっ! 楓真がそれ言うー?」
「ふふ、まるで夫婦漫才みたいだね」
監督のツッコミにより、今度は部員全体が笑い出す。楽しそうな笑い声は講堂中に響き、和やかな雰囲気になっていった。
が、そんな中俺は壇上の隅に一つの浮いたグループを発見する。三人の女子だけ、面白くなさそうに眉をひそめていた。
「監督。あの三人はノリが悪いってだけか? 機嫌悪そうだけど」
「ん? ……ああ、あの人達か。あそこの三人は三年生なんだよ。そして脇役」
「あ、そういうこと」
つまり二年に主役を取られ、
「良いのか?」
「うん、まあ言いたいことはわかるよ。でもイジメとかは無いし、嫉妬を抑えろってのもまた無理な話じゃない?」
「……なるほどなぁ」
確かにそりゃ無理か。妬み嫉みだって人間として当然の感情。あってしかるべきものだ。
「あ、でもほら。成宮なら」
言われて早奈を見る。さっきまで話していたグループを抜け、早奈は。
ああ、だろうな。アイツならそうすると思ったよ。
「先輩! さっきの演技とても良かったと思います! こっちまで思わず力が入りました!」
人懐っこい笑顔でその三人に話しかける。三人は予想外のことで目を丸くしていた。
見ようによれば嫌味にも見えるだろうし、事実三人も初めはそう感じたはずだ。
だけど、早奈の顔を見ればそれがどうかなんて、一発でわかる。だからこそ困惑するんだろう。
妬まれている相手と、本心から仲良くしようとしているなんて。
俺はいつものように先に演劇部を抜け、学校を出ようとする。
しかし校門に差し掛かったところで、見慣れた姿に足を止めた。
「紅葉? 何でまだ学校に居るんだ?」
「フウを待ってたの。ちょっと話したいことがあって」
「もう終礼終わってから一時間くらい経つだろ。それなら別に家でも……」
「早く話したかったから」
紅葉の目は真剣そのものだ。俺は口を閉じて紅葉に向き直る。
「フウは早奈ちゃんに囚われてるよ」
「いきなり何だ?」
「そりゃ早奈ちゃんは凄いもん。天才なのに努力するし、わたしよりも演技上手だし」
「はは、お前人前では演技したことないだろ」
「そ、それはそれ! ていうか話の腰を折らないでよバカ!」
こういうのにツッコミを入れると、また可愛らしくぷりぷり怒り出すんだよな。まあ人前が嫌いな俺が言うのも変な話だが。
「ともかく! フウと早奈ちゃんは別れたんでしょ? なのに何でまだ一緒に居るの?」
「それは幼馴染みだから、じゃ説明にはならないよな」
「そんなの聞かなくてもわかるもん。……あ、別にわたしが早奈ちゃんを嫌いとかそんなのじゃないからね! わたしも大好きだけど! だけど……」
「わかってるよ。そんなことは誰も思っていない」
ふう、と軽く息を吐く。
別れたのに一緒に居る理由か。まあ基本的には早奈からくっついてくるんだけどな……。
「さっき紅葉も言ってたけど、早奈は演技の天才なんだよ。だからずっと見ていたくてさ」
「……」
「それにな? 俺の書いた物語を完璧に演じてくれるなんて最高だろ?」
「……それなら、わたしだって」
「え?」
「何でもない!! ほらもう帰ろ!」
ずんずんと歩き出す紅葉。俺はゆっくりと紅葉の後をついて行く。
それにしても、早奈に囚われている、か。
言い得て妙かもしれないな。なんせ早奈の一番のファンは俺だ。
そんな俺のことを、紅葉はどう思ってるんだろう。
別れたのに一緒にいなければならない。何故なら辛い以上に早奈の演技が好きだから。そんなところか?
何にせよ、兄想いな妹だな。紅葉は。
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