第13話 オーディション前日
役決めの日からあっという間に過ぎ、気付けばオーディションの前日。俺は六日ぶりにAチームの部室へ行った。
「おお……、みんな鬼気迫る感じだな」
呟いた独り言は誰にも拾われない。
それもそのはず、オーディションは明日なのだ。これを落とせば次のチャンスは来年になる。そりゃあ気合いも入るだろうな。
「早奈はどこだ……っと」
軽く部室を見渡すと早奈はすぐに見つかった。早奈は存在がうるさいんだよな。探したらすぐ見つかる。
「おーい早奈。調子はどうだ?」
早奈のもとへ行き、月並みなことを確認する。早奈は俺に向かってしたり顔でサムズアップをして。
「順調! 主役はあたしがもらうからね!」
「その意気だ。だけど贔屓はしないからな」
「むしろそんなので水を差されたくないから安心して!」
「……はは、お前はいつも通りだな」
「もち! ぶい!」
サムズアップをピースサインに変え、花が咲いたように笑う。
こいつの平常っぷりは凄いな。この調子なら何も言わなくても大丈夫か。
「んじゃ俺は行くわ」
「はーい」
早奈は軽くふりふりと手を振ってから目を閉じて上を向いた。集中し直す時はいつもああするんだよな。
さて、もう一人行きたいところがある。俺はそいつのもとへ歩いて行った。
「綿。どうだ、いけそうか?」
「水瀬先輩」
一人離れたところで練習していた綿。硬い表情。早奈や三年の先輩二人に気を遣っていたのだろうか。
「いけそうって……私は成宮先輩に頑張って欲しいだけですよ。そりゃ出来る限りは仕上げていますが……」
「主役は取れそうか?」
「取る勢いでは頑張ってます。……それより水瀬先輩。ちょっと良いですか?」
ちょいちょいと手招きする綿。俺が耳を近付けると、綿は小声であることを訊いてきた。
「成宮先輩、私に対抗心燃やしてましたか?」
「いや。いたっていつも通り」
「……そうですか」
ため息と同時に吐き出されたセリフ。耳を離すと、綿は見るからに残念そうな表情をしていた。
「やっぱり私じゃ、力不足ですかね」
「そんなことない。というか諦め早すぎな」
「え?」
「まだ早奈に演技を見てもらってすらないだろ? それに主役がダメでも脇役に回すことだってざらなんだ。勿論上手ければだし、その役を受けたやつよりは優先度は数段低いが」
初めから諦めたような態度。まだ始まってすらないのに何を悟っているんだ。
そんなんじゃ、早奈は出す本気も出せないだろう。
「……何か偉そうなこと言ってごめんな? フォローになってないかもだが、俺はそもそもみんなの前で演技出来るって凄いことだと思ってるんだぞ? 繊細な俺には出来ない所業だ」
「ふふ、締まらないですね」
「うるせえ」
「ありがとうございます。変なこと言ってすみませんでした」
綺麗なお辞儀。前から思っていたが、やっぱりこいつ一つ一つの所作がどれも綺麗だ。思わず見とれてしまうほど、それこそ演技にはかかせない、人の目を引きつける力。
「……あんまここに居て邪魔すんのもあれだし、Bチームんとこ行ってくるわ」
「え、そんなことして良いんですか?」
「俺は演劇部じゃないからな。当然Aチームでもない」
「あ、そう言えばそうでしたね。では敵情視察、頑張ってきてください!」
「だから違うっつの」
くすくすと笑う綿はどこか嬉しそうだ。さっきまでの硬い顔ももうない。
俺は軽く笑いながら、Aチームの部室を後にした。
Bチームの部室はAチームの部室と反対側にある。わかりやすく言うと、U字型の部活棟の西側の一番奥がAチーム、東側がBチームになっている。ちなみに階は同じだ。
Aチームの台本を書いている手前、Bチームの部室にはどうどうと中に入れない。俺はこっそりドアを開けて中を覗いた。
「中は……基礎練か?」
滑舌をよくするための早口言葉を先輩(と思しき人物)の後に復唱するグループ。舞台での距離感を教える先輩とそれを確認するグループ。他にも大道具や照明など役者に限らず様々なグループに分かれていた。
「てことは台本がまだ上がってないってことか……? 流石にこの時期にまだなのはちょっと遅いよな」
七月の下旬がひとまずの本番だ。残り後二ヶ月ほどしかない。まあこっちも一週間前に仕上げたばかりだが……。
「あっ」
ぶつぶつ言いながら中を見ていると、不意に友愛と目が合った。しかも友愛が話していた相手は紅葉、妹だ。
二人はこちらへ歩いてきて、俺もこそこそするのはやめてドアを開けた。
「楓真じゃない。何、偵察?」
「だから俺はAチームじゃねえって」
「フウがこっち来るなんて珍しいね」
「珍しいってか初めてじゃねえの? 特にこっちに来る用事もなかったしな。今は紅葉がいるからアレだけど」
ちゃんと馴染めているかとか確認したいしな。一応友愛とは話せているようでまずは一安心だ。
「Bチームの調子はどうだ?」
「それがまだ脚本がね……。うちのはアンタと違って繊細だから、ちょっとテンションが落ち込むだけで書けなくなるのよ」
「待て繊細は俺のものだ何勝手に俺を繊細から外してんだよバカか」
「えぇ……? だって楓真、アンタ結構肝座ってる時あるじゃない。大きい声も出るし」
「判断基準そこかよ」
確かに声は出るけど明らかに根拠にはなってないだろ。Bチームの脚本家がどんだけビビりか知らねえが、俺の方が確実にビビりな自信はある。なんせ俺だからな。証明終了。
「またフウが変なこと考えてる顔してる」
「失礼な。俺の方が上……いや下って再認識してただけだ」
「あっそ。そう言えばフウのところはどうなの? Aチーム」
「別にAチームは俺のところじゃないことについてはひとまず目を瞑るが、まあそうだなぁ……」
綿のこと、下手に話しすぎると後で説明が面倒だからな。とりあえず適当に言っとくか。
「後輩と早奈がバチバチだよ」
「早奈ちゃんが!?」
「へえー……、あの成宮がアタシ以外にねえ。珍しい」
「どちらかと言うと後輩が一方的にライバル視してる感じだが」
嘘は言っていない。構図としてはこれでちゃんと合っている。ただ歪んだ思惑が片方にあるだけで。
「あ、Aチームの後輩で思い出した。そう言えばフウ、Aチームの新一年生の中に一人元子役がいるんだって」
「早奈とは別にか?」
「早奈ちゃんは二年生じゃん。まあでもあんまり有名じゃなかったらしいんだけどね」
そりゃ早奈レベルなら顔を見ただけでわかるだろうけど、子役つってもピンキリだしな。
「確か名前は……牧之瀬綿? 何か可愛い名前の人だったよ」
……なるほどなぁ。前に聞いた“子役早奈にもっと近いところ”ってのはそういうことか。
同業者、まして年齢が近いともなれば意識はするよな。近くで見て、早奈のことを心底凄いって感じたとかいうところか?
「面白いこと教えてくれてありがとな。紅葉も頑張れよ」
「うん。フウは帰るの?」
「だなー。Aチームは明日のオーディションに向けて各自の自主練中だし」
「今日の夜ご飯はお好み焼きね」
「……家で作って待ってるよ」
「やった!」
「仲良いわねぇ二人とも……」
やれやれとでも言いたそうな友愛。兄妹なんてこんなもんだろ? 特に好き好き言い合ってるわけでも、まして喧嘩する程仲が良いってことで喧嘩してるわけでもないし。
「フィリア」
「言い返せないからって変なあだ名とか小学生かアンタは!」
的確なツッコミ。やっぱコイツ流石だな。ボケがいがあるよ。
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