第14話 当日
オーディション当日。オーディションは空き教室を使って一人ずつ行う。待機は今いる部室でしてもらい、待っている間は自由時間だ。最後の確認も良し、精神統一も良し、後は雑談で緊張をほぐすも良し。
今はまだ部活の開始前で、俺も部室にいる。オーディションを控えた部員は誰も彼も緊張の色を見せていた。
特にあの先輩二人なんて。
「アンタ大丈夫……? 主役のオーディションは一番初めだよね……?」
「い、今更緊張しても意味無いっつの」
……可哀想になるくらい気負っていた。痛いほど気持ちがわかるだけに、見ていられない。今程演者じゃなくて良かったと思った時はないな。
そう言えば俺さっき誰も彼もが緊張とは言ったが、一人確実に緊張していないやつがいることを忘れていた。
成宮早奈。言わずもがなの存在だ。
「よう早奈」
「楓真。まだこっちに居たんだ」
「開始時間には早えよ」
少しだけトゲのある言い方だが気にせず返事する。早奈は台本を見るということもなく、一人でぼーっとしていた。
「綿ちゃんのところには行かなくて良いの? 最近仲の良いあの子のところにさ」
口を軽く尖らせながら拗ねたように言う早奈。急に何だ……?
「好きなの?」
「んなわけねえよバカ」
「楓真の方がバカだよバカ!」
売り言葉に買い言葉……ってよりももう様式美だな。いつもの流れ。
「……にしても、本当に普段通りだな。お前」
「あたしが緊張しない人だっていうのは楓真が一番知ってるでしょ?」
「まあ幼馴染みだからな」
昔からそういうやつなのだ。音楽の歌のテストも一人だけクソデカい声で歌ったり、運動会のリレーでも難なくごぼう抜きして行ったり、極めつけは卒業式の答辞も軽くこなす。俺とは正反対だ。
「……さて、んじゃ俺は綿のところにでも行くか」
「結局行くんじゃん」
「そりゃ可愛い後輩だからな」
「……ふん! あっそ! どうぞご自由に!」
「何で機嫌悪くなるんだよ……」
状況だけ見たら嫉妬だが……今更コイツが俺に嫉妬なんてするか……? いやするか。するな。別におかしくなんてないんだった。
「俺は行くからな」
「はいはいはい!」
「……じゃな」
触らぬ神に祟りなし。俺は逃げるように早奈から離れた。
そのままの流れで綿のもとへ辿り着く。綿は俺を見て少し迷惑そうな顔をした。
「別に来なくても良かったのに」
が、それも一瞬。綿は俺の目を見て小さく頷いた。
「ちゃんと本気でしますよ。それが成宮先輩を奮い立たせる一番の方法だと思いますから」
「おう。願わくば早奈に勝ってくれることを祈ってるよ」
「……嘘つきですね、水瀬先輩」
「否定はしない」
天才の早奈がさらに努力している姿を見ているから、簡単に負けるところは想像出来ない。いくらこいつが上手くて、かつ過去に子役をしていたとしても。
「ただ可愛い後輩だからな。本心でもあるぞ」
「そうやって優しくして成宮先輩を落としたんですか? でも生憎私は恋愛に興味ありませんので」
「そんなんじゃねえって」
演技力のあるやつの言葉は冗談かマジかわからんからタチ悪いな。どっちでも良いけどさ。
「おーい水瀬ー! そろそろオーディション始めるから移動するよー!」
話しているうちに時間になったようで、監督に呼ばれる。俺はわかったと手を挙げて返事をした。
「てわけだ、行ってくるわ」
「わかりました。ではまた後ほど」
恭しく頭を下げる綿。毎回思うが一つ一つの行動が本当に洗練されてるな。お嬢様の役とかはかなり映えそうだ。
はたして綿はどれくらい健闘するのか。今から楽しみだ。
オーディションは役決めの挙手の時と同様主人公から始まる。順番は年功序列で先輩から。
まずはその片割れ、そしてもう一人。どちらも及第点は超えている。
ただし続く早奈の演技を見て、やはり早奈を差し置いて起用する程ではないと判断した。いつも通り群を抜いている。
「どう思った?」
隣の椅子に座る監督からそう聞かれる。俺は口で答えるより採点を見せる方が早いと判断し、長机に置いたノートを監督の方へ寄せた。
「どれどれ……、そっか。うん、妥当だと思うよ。僕も大体こんな感じかな」
「ワシにも見せてくれんかの?」
「平先生」
反対側から声を掛けてきたのは演劇部の監督である平先生だ。白い髪に白い髭、曲がった腰に小さな身体とどこからどう見ても老人だ。平先生の目は監督と同じく
俺は監督の時と同様ノートを渡す。平先生はふむなんて言いながら目を通した。
「的確じゃの」
「ありがとうございます」
「あと残っているのは一年生じゃったか? その子が成宮早奈に勝てるかどうか……どう見る?」
俺の目を見据える。この爺さん、たまにゾッとするような目を向けてくるから怖いんだよな……。
「……正直なところ、早奈を超えるのは誰であろうと難しいと思います。ただ綿は……、次のやつは結構やるんじゃないかってひそかに期待していますね」
「そうかそうか。ではワシも期待して待っていようかの」
白髭を撫でながら、平先生は細い目を更に細める。
そんな風に話していると、部屋にノックが響いた。監督はどうぞと言って入室を促す。
「失礼します」
入ってきた綿には特に緊張が見えない。子役経験があるからか、こういうのには慣れているんだろうな。
「じゃあやってもらうのは事前に僕が言ったところだけど、大丈夫?」
「勿論です。よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げる綿。隣で平先生の唸った声が聞こえてきた。
「では」
そう言って一つ深呼吸をし、指定されたところを淀みなく演じる。
「おぉ……」
「これは凄いね……」
監督と平先生がほぼ同時に声を漏らす。
その気持ちも分かる。俺も声に出さなかっただけで充分驚いた。
こいつ、こんなに上手かったのか……!
俺の描いた役柄そのものを完璧に表現している。巧拙で言えばまだ早奈に軍配が上がるだろうが、俺のイメージとしてはむしろ──。
「……終わりました。どうでしょうか」
「え、あ、うん! ごめん! 良かったよ!」
いつの間にか見入ってしまい、気付けば最後のセリフを言い終えていた。綿は会釈し、俺をじっと見つめてくる。
……あ、コメント待たれてんのか。驚きすぎて忘れてた。
「何が力不足だ、めちゃくちゃ上手いじゃねえか。こんなことオーディション受ける側に言うのはダメだろうけど、実際今かなり悩んでるよ」
「誰とですか?」
「言うまでもないだろ」
「……ですね。ありがとうございます」
続いて俺から平先生に視線を移す。平先生は一度咳払いをした。
「一年生なのに本当に上手じゃの。何となくじゃが、真紀のそれに似ておる」
「っ!」
真紀。つまりは水瀬真紀、俺の母親だろう。言われてみると確かにどこか通ずるものがある気がする。
当人の綿は目を丸くし、キョトンとしていた。そして若干慌て気味にありがとうございますとだけ残し、部屋を出ていった。
「……嬉しかったみたいですね?」
平先生に対する監督の悪ガキみたいな笑みは、それまで見たこともないものだった。
「みんなお疲れ。それじゃあ結果を発表していくね」
長かったオーディションも終わり、ついに結果発表。部室に集められた演劇部員達は殆どが真剣な表情をしていた。
「オーディションをした順番に発表、だから要は主人公から発表していくね」
その言葉に動きを見せたのは三人。先輩二人と綿だ。
早奈が動じなていないのは、恐らくそれだけ自信があるということなんだろう。
いつもなら、確かに早奈なんだけどな。だが今回は──
「主役は成宮早奈と牧之瀬綿。僕達では決めきれなかったから、この後みんなの前で多数決を取りたいと思う」
恐らく誰もが予想していなかった言葉。部室内は一気にざわつきだした。
その中でも特に目に付いたのは、やはり早奈と綿だ。どちらも予想外の結果で理解が追いついていない。
余談だが、全員の前でやってもらうというのは先輩二人に納得してもらうためでもある。
……あの悔しそうな顔を見るに、この選択は正しかったと思えるな。追い討ちにしかならないことにだけはなってほしくないが。
「成宮と牧之瀬、それで大丈夫?」
監督の問いかけ。二人の答えは勿論。
「わかった」「わかりました」
異論はないようで、どちらも力強く頷いた。
「……ん?」
納得していないのか? いやそれとも。
その時の綿の目は、オーディション直前の何かを諦めたようなものだった。
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