第16話 Bチームの誤算

「……なあ、何で俺紅葉とフィリアと飯食べてんの?」

「フィリアじゃなくて友愛ゆま

「このやり取り飽きたな」

「知らないわよ」

「フウと友愛先輩……いつもこんなことやってるんですか」


 中庭にある屋根付きの正方形のテーブルと椅子がついたスペース。俺の正面に友愛、右手に紅葉が座って昼飯を食べている。


 ……いやマジで、何だこの状況。演劇部ならまだしもこいつらBチームだろ? 新手の偵察?


「あ、楓真のお弁当可愛い」

「だってよ紅葉」

「え? あ、そっか紅葉ちゃんが作ってるんだ。何かカップルみたいね」

「フウとわたしがですか? 気持ち悪いのでやめてください」

「とか言ってこいつブラコンなんだけどな」

「違うから! うわもう最悪、明日からフウのお弁当作らない」

「すまん謝るから俺の分も作って頼むよ」


 早口で謝罪する。何だかんだ言って明日も作ってくれるんだろうけど、まあ様式美としてな。


 いやいや、話が進んでねえよ。


「で? 俺を呼んだ理由は? 偵察?」

「そんなせこいことしないわよ。というかしても意味無いし」

「それもそうだが」

「本題っていうのは、脚本のことでね」


 Bチームの脚本と言うと……、確か前にBチームの部室に行った時はまだ出来てなかったんだよな。基礎練やってたし。


「逃げたのよ」

「は?」

「……」


 友愛に冗談を言った様子はなく、紅葉は気まずそうな顔で目を逸らしていた。

 ……この時期にそれって、かなりまずいよな? Aチームは既にオーディションまで終わってるわけだし。


「一応確認するが、逃げたってのは脚本のやつがってことだよな?」

「正確には匙を投げたって言う方が正しいわね。俺には無理だ、受験のことで頭がいっぱいだって言って」

「ああ、先輩なら確かに糾弾もしづらいわな……」

「それはしたんだけど、俺には無理だって」

「Oh……」


 心中お察しします。脚本上げられないのって本当に心が痛いからな。罪悪感で押し潰されそうになる。


「で? それを愚痴りに来たのか?」

「ところでアンタ、Aチームじゃないのよね?」

「……待て。何かこの流れ理解したぞ。それは俺が死ぬ程苦労してAチームの脚本を完成させたって知っての頼み事か?」


 俺に書かせるとしてもすぐには完成させられない。そりゃ急拵えの雑なやつで良いなら何とかなるが、Aチームはそれで勝てる相手じゃない。


「待って待って、フウ勘違いしてるよ」

「ん? 俺に書かせるって話じゃないのか?」

「そんな鬼みたいなこと、流石のアタシでも頼まないわよ」

「……」

「何?」

「いえ」


 沈黙。それが正しい答えなんだ。多分。


「噂で聞いたんだけど、アンタ既に脚本あるんでしょ?」

「既にある?」

「書き終えたやつ。それでいてAチームに提供してないやつ」


 言われてみると、遊びで書いたやつは確かにあるが……。恋愛モノだから早奈にやらせるわけにもいかないし。てかさせたくないし。


「それ、Bチームにくれない?」

「え、いや俺は」

「Aチームじゃないのよね?」

「……紅葉か」


 俺がジッと睨むと、サッと目を逸らす紅葉。分かりやすすぎて我が妹ながら心配になるレベルだ。


「……まあ良いけどさ。ちょっと待て。……ほら」


 俺はスマホを操作し、PCとの共有フォルダから紅葉に読ませた少女漫画のような脚本を画面に開く。


「ほれ。横書きだから下にスクロールしていってくれ」

「案外素直ね。ありがと」


 友愛が脚本を読んでる途中、俺と紅葉は食べかけだった弁当を口に運んでいく。

 この紅葉の作る辛めの卵焼きがまた美味いんだよな。俺への態度のような、辛くとも不快感は一切覚えない丁度良い塩梅。


「今日の卵焼きも美味しいな、紅葉」

「フウってホントわたしの卵焼き好きだよね」

「俺好みに作ってくれてるからな」

「……あっそ」


 興味無さげに素っ気なく返事する紅葉。これが照れ隠しだっていうのも、長年の経験から即座に理解する。こうやって都度都度褒めるのが仲の良い兄妹の秘訣なのだ。


「今フウ気持ち悪いこと考えなかった?」

「俺達は仲の良い兄妹だなって」

「は? キモ」

「紅葉は辛辣だなぁ」

「アンタら何やってんのよ……」


 ん、と言ってスマホを俺に返してツッコミを入れる友愛。画面は脚本の最後のセリフ付近を表示していた。


「お前読むの早いな」

「おかげで国語はいつも九割を超えるわ」

「友愛先輩凄い……わたしなんていつも七割あるかないかなのに」

「紅葉は勉強そんなに得意じゃないもんな」

「フウと同じでね」

「また兄妹漫才して。……いやそんなことより、この脚本頂戴。良いわよこれ」


 悪びれもせず俺にそう言ってくる。良いと言ってもらえて何よりだ。


「ならお前のスマホにこれ送るわ」

「ありがと。今からこれ以上探すのもアレだし多分決定だと思うわ」

「そか」

「あ、放課後はBチームの部室に来てよね。脚本家として説明したいし」

「あんまり知らないやつとは話したくねえんだけどな……」


 まあそうも言ってられないか。引き受けた以上責任は果たさないとな。


「とりあえず了解だ。お前は早くご飯食べろよ」

「あっ!」


 半分以上中身の残った弁当箱。昼休みも残り五分だが、はたして全部食べられるのかね。




 放課後、俺は約束通りBチームの部室に顔を出していた。やはり知らない顔が殆どで、紅葉と友愛を除けば同じ学年で顔を見たことがあるくらいのやつしかわからない。


 いつの間にかプリントに印刷されていた脚本をBチームが読むこと二十分。各々は読み終わって感想を言い合っていた。


「はい! みなさん良いですか!」


 みんなの前に出て仕切るのは友愛。部員達はそっちへ集中した。


「これを書いたのがここにいる水瀬楓真です」

「ど、どうも」


 俺はおずおずと控えめに頭を下げる。

 あー……こういう前に出るのすげえ嫌。緊張で吐きそうになるわ。


「この脚本どう思います? ……と言っても、もう時間もありませんけど」

「良いんじゃねえの? 俺は良いと思うよ」

「あたしも良いと思う! キュンキュンきた!」

「あーわかる! 良いよねこの二人! あ、でもただ……」


 その先の言葉を濁す何某先輩。何だ? 何かおかしなところとかあったっけ?


「主人公がちょっと臭いよね」

「わかるー」

「俺もそれは思ったかなー。寝ても覚めてもお前のことを、とか普通は言わねえしな」

「え!?」


 驚いたのは紅葉。まあ少女漫画に寄せてたしな……。アイツ好みではありそうだが、確かに違和感もあるっちゃあるか。


「アタシは良いと思うんだけど、それもお手本がなければどうなるかはわからないわよね」

「手本?」


 友愛が突然意味のわからないことを言い出す。手本つったって、今配ったんだから誰も満足に演じられないだろ? そんな上手いやつBチームにいたっけ?


「てことで楓真、やってみせてよ」

「は?」

「だってアンタが書いたのよ? それに水瀬真紀の息子なら演技も上手いだろうし」

「フウはお母さんの練習にも付き合ったりしてますよ! 上手です!」

「何で紅葉はちょっとワクワクしてんだよ!」


 少女漫画どんだけ好きなんだよ紅葉! しかも面倒なこと言いやがって!


「じゃあ相手役は紅葉ちゃんにお願いしようかな。紅葉ちゃんはそれで良い?」

「はい!」

「おまっ、お前バカか!? 何でこんな恋愛モノを兄妹でやるんだよ!?」

「だって少女漫画だし……」

「てことで楓真、お願いね。紅葉ちゃんも期待してることだし」

「……ああクソ、今回だけだからな!」


 このやるしかない空気感は本当に……。このままやらなくて後ろ指を指され続けるのも嫌だしなぁ……。


「フウ……!」

「何で紅葉が一番喜んでんだよ!」

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