第17話 こんな展開聞いてねえよ!?
この物語は少女漫画の学園モノが舞台だ。しかし主人公は男であり、そこが少女漫画と異なる点である。少女漫画は想定読者が女性だからな、共感性を煽るために女主人公にするのは当然だ。
だからこそ男目線の少女漫画は? という視点から生まれたのがこの脚本というわけである。
「じゃあ楓真と紅葉ちゃんにやってもらうシーンは……、この山になるシーンね。告白のところ」
「よりにもよってそこか……」
「ここが一番臭くて難しそうなところだしね」
「あ、ちなみに皆さん! この二人は水瀬真紀の子ども達なので期待出来ますよ!」
「「「おおお!?」」」
「お前また余計なことを……」
紅葉はともかく俺がそうだと気付いてなかった人が多いらしく、部室内は一気に盛り上がる。
勝手にハードル上げんなよ……。ああもう面倒臭ぇ……。
「……じゃあ紅葉。始めるけど大丈夫か?」
「あっ、うん。このシーンだけなら覚えたよ。前から何回も読んでるし」
「お前いつの間に読んでたんだよ……」
「い、良いから! さっさとやるよ!」
「はいよ……」
確かここは自分に自信を持てなくて自己嫌悪に陥るヒロインを肯定してやる、好きを伝えるシーンだったな。ヒロインと出会ってそれ程経っていないのに不思議と信じられる主人公。自分とは違う自信に満ちた主人公に純粋な憧れを抱くヒロイン。確かこんな感じだ。
……さて。紅葉が
ピンと張り詰めた緊張が場を支配する。キーンと無音特有の音が頭に鳴り響く。
「ねぇ……私って何でいつもこうなんだろうね」
泣きそうな顔で自責する紅葉。両手は胸の前で、自分の身を守るように縮こまっていた。
「人に迷惑をかけてばっかりで……、あなたにもまた……」
「良いよ」
紅葉の懺悔を俺は受け入れる。それと同時に紅葉の肩に左手をポンと置いた。
「でも……」
「大丈夫だ」
ぐっと手の力を強くする。それが本心だと肩から伝えるように。
紅葉は不安げに揺れる瞳を上げ、俺を見つめる。口にしなくとも本当に? と聞こえてくるようだ。
「お前が自分を嫌いって言うなら」
その目に真正面から俺は応える。一本の線で繋がった視線はどちらからも離れることはない。
「俺が、お前の分までお前を好きになってやるよ」
「……信じられない」
「……ああもう、なら見とけ」
「え? ……わっ」
俺は紅葉を胸へとギュッと抱き寄せ、左手を後頭部に添えて顔を近付ける。その意味を理解した紅葉は、上気した自分の恥ずかしさから目を背けるようにまぶたを閉じた。
ゆっくりとそのぷるんと潤った桃色の唇へ、距離を縮めていく。同時に俺も目を徐々に閉じていき、そしてお互いの鼻息がかかる残り一センチもないところで──
「──いや待てこれ演技だよな!!! あっぶねえ!!」
「え、あ、そ、そっか、忘れてた。というかフウも離れてよ! 何で実の兄とき、キスなんてしなきゃなのさ!」
ぐいーっと俺の胸を押してさっと離れていく紅葉。
いや普通に危なかったな今! かなりガチでやったから入り込んでたわ! あと一秒気付くのが遅れたらとんでもないことをするところだった!!!
「「「おおぉぉおおおお!!!!!!!!」」」
「!? 何だ急に!?」
突然一斉に声を上げるBチーム達。異様な盛り上がりでこっちまでビビる。
「やっぱクソ上手いな!」
「流石水瀬真紀の子ども達!」
「妹にキスした!」
「おい誰だ今の!!! したフリだよしたフリ!!」
一部悪ノリするやつもいるが、殆ど全員が賞賛の声。失敗はしなくて良かったけど……、いや本当に危なかった。しつこいと言われようと俺は言い続けるぞ。入り込みすぎるのは危ないな。
「……アンタ、やっぱりとんでもないわね」
そう言ったのは友愛。お褒めに預かり光栄だが、その引いた表情が気になるな。
「母さんとか紅葉、あと早奈の練習によく付き合わされてるからな」
「アンタ、主役ね」
「は?」
またしても意味のわからない発言。俺が主役? 何を言ってるんだコイツは?
「みんなもそれが良いと思うわよねー!」
「「「勿論!!!」」」
「いや待て! 俺はAチームの脚本を……」
「今はうちの脚本もそうじゃない。てか演劇部に入部すらしてないんでしょ? だったら今日からBチームってことでも何の問題もないわよ」
「いやいや待て待て!」
「それに」
にやっと笑う友愛。
何だコイツ……、何を言う気だ?
「アンタが主役をやらないと、紅葉ちゃんの相手がどこの誰かもわからない男になるわよ」
「はあ!?」
何だその脅し!? いやそれはそれでまあ何というかアレだけど!
「……あ、お前がヒロインをやりゃ良いじゃねえか。紅葉はアレだけど友愛なら別に誰と絡んだってどうでも良いし」
「アンタ夜道に気をつけなさいよ」
「闇討ちかよ……」
物騒なツッコミだ。
「それに、アタシとは明らかに役柄が違うでしょ」
「まあそれはわからなくもないが……、三年どうなんだよ? メイン取られて良いのかよ?」
「「「良いものを作るためなら何だってするよ」」」
「息ピッタリかお前ら」
「「「三年に向かってタメ口はどうなんだよ」」」
「んなとこまでハモんなよ!!!」
何だこのAチームにはないアットホーム感。いや良いことだとは思うが、如何せん今に限れば面倒なことこの上ないな……。
「……ああクソ! 紅葉!」
「な、何!?」
「相手役がそこらのわけわからんやつだと嫌か!?」
「う、うん。そんなのが相手ならフウの方が良いかなぁ、なんて……」
まだ乙女の目をしながら、若干遠慮した様子で紅葉は答える。視線も泳ぎまくっている。
俺自身は表舞台に立ちたくない。それはこの繊細なハートに鑑みてもやっぱり事実だし、早奈のAチームへの誘いを断り続けたのがその証拠にもなっている。
「ねえフウ。わたしがフウ相手じゃないと出来ないとか、別にそんなんじゃないんだけどさ。何でフウはそんなに人前でやるのが嫌なの?」
「何でって、そりゃ緊張するから」
「さっきは緊張してた?」
「そりゃ勿論──」
──あれ、本当にしてたか? それまでは確かに緊張していたが、演じてる最中はそんなことを考えていたか?
答えは否だ。そりゃギャラリーにどう見えているかは意識もしていたが、基本は終始目の前の紅葉のことしか考えていなかった。
「……わかったよ、やりゃ良いんだろ? 三年生も、後になって文句言うなよ?」
「ありがとう楓真! これで勝機が見えてきたわ!」
俺の返答に、またしてもわっと沸き立つBチーム。
……このこと、早奈にバレたらどうなるんだろうか。
いずれバレるのはわかりきっているけど、面倒なことになるのは目に見えてるんだよなぁ……。
「今から憂鬱だ……」
選択間違えたかなぁ、なんて後悔が。俺の頭の中を既に駆け回っていた。
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