第18話 Bチームに入部するということ

 なし崩し的に俺の入部が完了した翌日。終礼が終わり、クラスメイトが続々と教室を出ていく。帰るやつや部活に行くやつと、人によって様々だ。


「おう水瀬。お前この後暇か?」

「ん、おお宗太郎。また図書室にでも行くのか?」

「そっちは今日はお休み。あの子今日当番じゃないらしいし」

「把握してんの素直にキモいな」

「相変わらずの毒舌だな水瀬。オレがわんわん泣いても文句言うなよ?」

「男の涙なんて毛程も需要ねえよ」


 女の涙ならやられること間違いなしだがな。男の悲しいさがだ。


「んなことより水瀬、今日帰りどっか遊びに行こうぜ」

「おう」

「ダメよ」

「おわ、友愛。いつの間に」


 横から突然口を挟んでくる友愛。友愛がこの時間にここにいる理由つったら、まあ一つしかないよなぁ……。


「演劇部の練習、今日からよ。まさか忘れてたんじゃないでしょうね」

「だってよ宗太郎」

「いやオレに話振るのは無理あるくね!?

……んー、とりあえず水瀬が無理ならオレ帰るわ。じゃーな」

「あ、おい。別に誰も演劇部に行くって言ったわけじゃ……」

「楓真?」

「……わかったわかった、行くからあんま威圧してくんな」


 友愛のこれはもはや脅迫だな。行かなかったら命の保証はないって言われてるようだ。


 ……あ、そうだ。この際だからもう早奈には入部のこと言っておくか。友愛もいるし丁度良い機会だろ。

 幸いまだ早奈は教室に残っていたようで、カバンの中から教科書を抜いて机にしまっていた。勉強しない気満々か。


「おーい早奈ー!」

「ん? ……げ」


 呼ばれて早奈はこちらを向くが、友愛を見るなり露骨に嫌そうな声を出す。失礼にも程がある。


「二人してどうしたの」

「機嫌悪いな」

「用がないならもう行くよ」

「すまんすまん、ただ色々あって演劇部に入部することになったから報告をと思ってだな」

「え! ホント!?」


 パッと顔を輝かせて確認する早奈。それまでの不機嫌が嘘のようだ。


「おう、まあBチームなんだけどさ」

「……え、Bチーム?」


 と思ったら今度は不審の目に変わる。コロコロと表情が変わるやつだ。

 ……そして、たらりと背中を伝う冷や汗。理由はわからないが何かやらかした時特有の、あの嫌な汗だ。


「あたしはAチームだよ?」

「あ、ああ。そりゃ知ってるが……」

「なのにB?」

「えと、何と言うか、Bチームにも脚本を渡すことになってさ。それで流れで……」

「へえ」


 短い返事が逆に怖い。意図的に感情を隠している。どうにもそんな気がしてならない。


 やっぱりまずかったか……?


「……あたしと別れたの、意味無いじゃん」

「早奈?」

「部活行ってくる。じゃあね」


 淡々とした様子でその場を後にする早奈。事務的を意識していたような、そんなある種の違和感。


「……まあ、気にしてもしょうがないか」

「そうよ。アンタはもうBチームなんだから」

「うおっ、まだ居たのか友愛」

「初めから居たでしょうが……。まさか降りるなんて言わないわよね?」

「それは勿論」


 一度やると言った手前降りるのはカッコ悪いからな。紅葉にも示しがつかないし。

 俺と友愛は程なくしてBチームの部室へと向かった。




 部室に着くと、部員達は既に各自で練習を始めていたようだった。その中には紅葉も居て、既に台本を覚えているため自身のセリフを空で暗唱していた。


「あ、フウ! 遅いよ、何やってたの?」

「教室で話してたんだよ」


 早奈と、とはまあ言わなくても良いだろ。俺はそのまま続ける。


「んじゃ早速始めるか?」

「う、うん。早くしてよね。時間は限られてるんだから」

「別にやろうと思えば家でも出来るけど」

「い、良いから! 早くするの!」

「少女漫画好きだなぁ……」

「そんなんじゃないから!!」


 口では否定するものの、どうせこれが答えだろう。この話の演技を早くしたいから俺を急かす。可愛いやつだ。


「ほ、本当に違うからね! ただ練習を頑張ろうって思って!」

「はいはい」

「本気にしてないでしょ!」

「……よし。“あれ? お前……どこかで会ったような”」

「ちょ、ちょっとフウ切り替え早すぎ。……えーっと、“……ひ、人違いだと思います……よ?”」


 初めの方のセリフを口にすると、多少慌てながらも紅葉もしっかり応えた。おどおどとした様子で俺を見上げる。まさに俺の想像していたヒロインそのものだ。


「今の良い感じだな。そんな感じでやっていってくれ」

「ちょっとフウ、小刻みにカット入れないで。一段落するまでちゃんとやろうよ」

「……一理あるな。わかった、そうする」


 本音がどうあれ今のは紅葉が正しい。俺は頷いてセリフを口にする。

 それからは二人のシーンを延々と続け、どんどん役にのめり込んで行った。段々と紅葉のことが可愛く見えてきて、本当に気になる相手に感じてくる。勿論演技なのは承知しているが。


「“貴方は強いもの。それに引き替え、私は……”」

「“俺が守ってやる、ってのはダメなのか?”」

「“でも、そんなの迷惑じゃ……”」

「はーいはい! お二人さん、そろそろ休憩取ってね! みんな心配してるよ!」

「「え?」」


 ふと我に返って周りを見ると、いつの間にか部員達はお茶を飲んだりだべったりと楽な時間を過ごしていた。いつの間にインターバルに入ってたんだろう。


「……休憩するか、紅葉」

「うん」


 友愛に言われた通り俺達も練習をやめ、自分のカバンのある場所へ座り込む。ついてきた紅葉も俺の隣に座った。

 取り出したペットボトルを軽く口にする。お茶が身体全体に染み渡るようだ。


「お前も飲むか?」


 手持ち無沙汰だった紅葉に差し出す。紅葉のカバンはここからだと結構遠くにあるしな。


「良いよ、取りに行けばあるし」

「遠慮すんなよ」

「……だって、間接キス、だもん」

「今更気にすんな」

「……バカ」

「「「恋人か!!!」」」

「「!?」」


 部員総ツッコミに肩を跳ね上げる俺と紅葉。

 何だ急に……って、さっきの会話か!


「いや、今のは何か役から抜け切れてなくてだな!」

「そ、そうです! 別にフウやっぱりカッコいいなーなんて思ってませんでしたから!」

「お、お前そんなこと思ってたのか。そりゃ見てくれに自信がないわけじゃないけど……」

「ちょっとフウやめてよ何かそれわたしがフウのこと意識してるみたいじゃん! 気持ち悪っ!」

「うるせえよお前が言い出したんだろうが!」


 瞬く間に言い合いになってドタバタとじゃれる俺達。気のせいか視線が生暖かい。

 何が悲しくて妹と変な空気にならなくちゃダメなんだよ……。


「……フウのせいで恥かいたじゃん、バカ」

「お互い様だよバカ」

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