俺にめちゃくちゃくっついてくる女子が幼馴染みで元カノな件

しゃけ式

第1話 成宮早奈は元カノです

 元カノとの距離感について、お前はどう思う?


 普通はもう殆ど話さなくなるか、ぎこちないながらも会話は交わす程度。あるいは友達に戻ることもあるかもしれないが、これは圧倒的に少数派だろう。


「元カノについてか……、オレはそもそも話してもらえなくなるかなぁ」

「ま、普通はそうだよな……」


 机を挟んで正面で弁当を食べる友人、古屋ふるや宗太郎そうたろうは当たり前のように言ってのける。

 ……そう、普通はそうなんだよ。じゃないと別れた意味がない。


「何、水瀬みなせお前彼女居たの?」

「ん? 言ってなかったっけ?」

「あんまりお前とは恋愛話してこなかったからなぁ。オレは高二になったことだし、心機一転彼女作りに奔走しているってのに……」

「宗太郎はまず見た目をどうにかしろよ」


 明るい茶髪の無造作ヘアに左耳のピアス。四月の初旬だと言うのにブレザーは既に着ておらず、カッターシャツも前を全部開けて中の明るい色のシャツ……、今日はパステルピンクか。目に優しくない色のシャツが顔を覗かせている。

 有り体に言って、宗太郎はめちゃくちゃチャラい。


「チッチッチ、分かってないなぁ水瀬は。これがとっつきやすさを演出してるんだよ」

「……そんなんだからお前の好みのタイプの“図書委員をしているあまり目立たない眼鏡女子”と付き合えないんだよ」

「はぁ!? いいや嘘だね! オレはこれで何度か図書委員系女の子と付き合ってる!」

「まあ何でも良いけどさ」


 熱くなってきた宗太郎を後目に卵焼きを食べる。うん、やっぱりうちの妹は料理が上手だな。家に帰ったら褒めてやろう。


「てかよ水瀬、元カノ以前にお前彼女いるだろ? ほら、そこで女友達と飯食べてる成宮なるみやちゃん」


 言われて目を向ける。成宮ちゃんと呼ばれた女子──早奈さなは友達三人と机を囲んで楽しそうに話しながら弁当を食べていた。いつもながらご飯を食べている時は嬉しそうな顔をするよな、早奈は。


「成宮ちゃん超可愛いしな。あんな子と幼馴染とかマジ羨ましいわ」


 好みではないけど、と付け加える宗太郎。別にそんな補足はしなくても大丈夫だ。

 早奈は今しがた“超可愛い”と言われたように、かなり容姿に恵まれている。

 二重まぶたの大きな目に均整の取れた顔は綺麗と可愛いを両立している。髪型は肩まであるさらさらの髪をハーフアップに結わえ、体型も同性から憧れられるような細い身体だ。


「……早奈のことなんだよ」

「は? 何が?」

「元カノ」

「え、マジで?」


 信じられないとでも言いたげに訊き返す宗太郎。驚くのも無理はない。なんせ──


「──お前らいっつもイチャついてない?」

「俺からは行ってねえんだけどな……」


 中二の頃に別れて以来、一時はなりを潜めていた早奈の甘え癖だが、高校に入ってからはまた再発してベタベタとしてくるようになった。これじゃ別れた意味も……とは思うが。まあ今となってはそれも考える必要がないか。


「はー、てことは水瀬と成宮ちゃんは付き合ってないんだな。すっげえ意外だわ」

「よく言われるよ」

「……勿体なかったとか思ってる?」

「早奈と別れたことか?」

「もち」

「どうだろうなぁ……。そりゃ別れた当初は辛かったけど、今は普通に話すし。あとアイツの部活も見に行ったりしてるしな」

「演劇部だっけ」


 俺はタコさんウインナーを口に運びながら首肯する。

 早奈は宗太郎の言うように演劇部に入っている。実力は折り紙付きで、三年生もまだ部に残っているというのに毎回主役を勝ち取っているレベルだ。

 ちなみに俺は演劇部に入っていない。時間が縛られるのは嫌だからな。


「アイツはさ、簡単に言うと天才なんだよ。勉強は全然出来ないけど」

「天才か。そりゃまた凄い」

「何なに、今あたしを褒めてなかった? ねえ楓真ふうまー」

「おわっ!?」


 背中から声がしたと思ったら急に背中にのしかかる重み。ふわりと柑橘系の香りがしたそれは、いつもの慣れ親んだ匂い。


「早奈、あんまりくっつくなって」

「えー? 別に良いじゃん、楓真は恥ずかしがり屋だなぁ」

「お、成宮ちゃん来たね。今水瀬が成宮ちゃんのことを天才だって言って褒めてたんだよ」

「へぇー? 楓真があたしを天才!」

「良いから離れろって」

「もー、素直じゃないなぁ」


 渋々といった様子で俺の背中から退く早奈。こいつは別れてるってのにいつもべたべたしてきて……。

 まあ、それでも悪い気はしないのが男の悲しいところだ。そりゃこれだけ可愛いやつに密着されたら、誰だって喜んでしまうもんだと思う。


「今楓真があたしにデレた気がする!!!」

「デレてねえよバカ」

「何さーバカー」


 俺が口に出していないことも理解するのは幼馴染みがゆえ、って感じか。思わず否定したがドンピシャも良いところだな。

 早奈はぶーぶー文句を言いながらも近くの椅子を取ってきて、弁当を食べている俺と宗太郎の間に割り込んできた。俺の正面に宗太郎、右側に早奈だ。


「相変わらず仲が良いな、楓真と成宮ちゃん」

「ありがと! まあ幼馴染みだもんね」

「んー」

「はぁ……、オレも彼女欲しい」


 宗太郎は箸を止めて溜め息をつく。

 こいつの場合、好みのタイプの“図書委員をしているあまり目立たない眼鏡女子”がそもそもあんまり居ないんだよな。宗太郎自身の問題と言うよりはそもそもの絶対数だろう。


「あ、楓真。今日は演劇部見に来てね。一通りの通し練習するから」

「俺は別に演劇部じゃないんだけどな……」

「イイじゃん、あたしの演技が見られるんだし。放課後は一緒に講堂行こうね」


 ふにゃっとした表情で俺を見つめる早奈。

 そうか、今日が通し練習の日なら見に行っても良いかもな。新入生への部活紹介、つまり本番まで時間もないし。

 脚本通りにやってくれているのかも、一応見ておきたい。


「わかった。じゃあまた放課後な」

「えー!? もっと何か話そうよー」

「俺まだ弁当食べてるから、ってか宗太郎も! お前いつまで彼女居ないからつって落ち込んでるんだよ!?」

「だって楓真と成宮ちゃんが見せつけてくるんだもん……」

「もん、とか気持ち悪い語尾付けんなバカ!」


 唇を尖らせる男とかどこに需要があるんだよ!

 こいつのこの発作のためにも、早いところ誰か彼女になってやってくれねえかなぁ……。


「じゃ、楓真! そういうことだから!」


 そう言って早奈は椅子から立ち上がる。そしてふらっと俺の方へ寄ってきて。


「見に来てくれるお礼の前払い!」


 チュッ、と。


 右頬に柔らかい感触を感じた。すぐ側には早奈のはにかんだ顔がある。

 こいつはまた人の目も気にせずに……!


「ほぉぉぉらまたオレに見せつけるぅぅぅ!!!」

「んな事考えてねえよ! てか早奈もこういうことは教室ではあんまりすんな!」

「教室じゃなかったら良いの?」

「きょ……! 教室以外でも! 禁止だからな!」

「あははっ! 楓真ってば、怒らないでよー」


 本人はイタズラ感覚でやっているんだろうが、その後の男子からの嫉妬の視線がどれだけ痛いことか……! ほんっと別れたって自覚がないやつだな早奈は!


「良いか早奈!!! お前は幼馴染みだからよぉくわかってると思うが!!!」


 大きく息を吸い、俺は。




「俺はめちゃくちゃ繊細なんだ!!!!! バカ!!!!!」




「わ、おっきい声! みんなに見られてるよ?」

「はっ!?」


 慌ててキョロキョロと教室の中を確認する。そこは早奈の言うようにクラスメイトから視線をぶっ刺されまくっていて……。


「……お前もうはよ帰れ……」

「はーい。放課後はよろしくねー」


 今度は早奈も何かをしてくるような様子はなく、すんなりと自分の席へ戻った。そこでまた女子達と何か話してるけど俺は気にしない。何あれキッモーとか言われてない。多分。

 早奈のいる女子グループから逃げるように視線を逸らす。正面の宗太郎はじぃっと怪訝な顔をしていた。


「なあ水瀬」

「何だ宗太郎。言っとくけど今のは早奈が勝手に──」

「お前らって、本当に別れたんだよな?」

「勿論」

「正直、キスされた気分はどうよ?」


 ふいっ。俺は宗太郎から目を逸らす。その様子を見て宗太郎はまたはぁーっとデカい溜め息をついた。


 だって仕方がないだろ!? あれだけ可愛い女子にキスされて喜ばないやつはいないって!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る