第6話 俺と紅葉とポンコツ早奈

 部活紹介の翌日。土曜日なので学校は無く、俺は自室のベッドで眼鏡カタログを眺めていた。


 ……断っておくが、別に俺は眼鏡をかけているわけではない。むしろ視力はめちゃくちゃ良い方で、何なら一番下のランドルト環まで見える。視力検査のあの穴が空いたドーナツのことな。


 で、なぜそんな俺が眼鏡カタログを読んでいるかだが。


「……宗太郎のやつ、変なもんを押し付けやがって」


 アイツも目は良いのに、“理想の図書委員系女子に合う眼鏡の研究”という理由だけでカタログを買ったらしく、俺にもどれが良いか考えてくれと半ば無理やり渡されたのだ。


 律儀にそれを読む俺もバカだとは思うが、やることもないしなぁ……。


 プルル、プルル。傍に置いていたスマホが振動する。電話の着信。

 画面には『成宮瞳子』と表示されていた。早奈の母親で、またテレビでもよく見る名前だ。

 俺は眼鏡カタログを閉じ、電話に出た。


「もしもし?」

『楓真? アンタ今どこに居る?』

「どこって、普通に家だけど」

『じゃあいつもの頼める?』

「いつもの、って言うと早奈を起こせってやつか?」

『そ。私朝から撮影で面倒見れなくてさ』


 早奈は演技に関しては本当に天才だが、如何せん他のことは大体ポンコツだ。とりわけ生活能力は皆無で、多分十二時前の今でも寝ているだろう。


『じゃあ頼むわね。あの子一人でカップ麺も失敗するレベルだし』


 プツッ。俺の返事も待たずに通話が切れる。相変わらず早奈と一緒でマイペースな人だな。

 んで最後のカップ麺云々は、昼飯も作ってやれってことだろう。人使いが荒いな。いつも通りか。いつも通りだな。


 俺は隣の部屋、つまり紅葉の居る部屋に向かって大声を出す。


「もーみーじー!!!!!」

「ひゃあ!?」


 驚いた声と共にガタガタガタ、と椅子が倒れる音がする。


「急に大きな声出さないでよ!」

「早奈起こしに行くからお前も来いよー!」

「わかったけど、次ビックリさせたらチキンオブチキンって呼ぶからねー!」


 紅葉口悪いな。誰がチキンの中のチキンだ。

 ともあれ了承を得たところで、俺は服を着替える。いくら早奈と言えど流石にパジャマで行くのは常識外れだからな。何より俺が恥ずかしい。


「先に行っておくからなー!」

「はーい!」


 それだけ言って俺は部屋を出る。持ち物は……、別に合鍵だけで良いか。特に何かするわけでもないしな。




 隣の家、つまり早奈の家の鍵を開けて中に入る。

 靴を脱いで階段を上がり、二階の角部屋の扉の前に行く。そこが早奈の部屋だ。


「早奈ー?」


 一応ノックをするが、やはり応答はない。


「返事ないから入るぞー?」


 誰にも聞こえない言い訳をしながら、俺は部屋に入る。

 中は割と綺麗で(と言っても定期的に片付けているのは紅葉だが)、いかにも女子が好きそうな小物がそこらかしこに置かれている。全体的に白とピンクが多い印象だ。


 ベッドに目をやる。案の定早奈は寝ており、掛け布団を地面へと蹴飛ばしていた。


「おい、起き、ろ……?」


 早奈の元へ近付き、そして俺の視線は固定される。


 こいつズボン穿いてねえ! Tシャツとパンツだけじゃねえか!


「……水色か」


 ゴクリと喉を鳴らす俺。水色のピッチリしたパンツが早奈の尻の形をこれでもかというくらい強調していた。

 ……いかんいかん。これじゃ変態だ。とっとと起こして退散せねば。


「ほら、起きろ早奈。もう昼だぞ」

「んん……休みだから……」

「休みでも流石に寝すぎだ。ほら」


 早奈の肩を揺する。しかし嫌そうに目をぎゅっと瞑るだけで、一向に起きようとはしない。


「……ん?」


 早奈の着てるTシャツ、あれ俺のじゃね? 早奈にしてはデカい服だなとは思っていたが、あの中心のウンコみたいなコーヒー豆が描かれたTシャツは俺のだよな? どっかで買った百円くらいのやつ。


「おい、それ俺のTシャツだよな? 何でお前が持ってんの?」

「もううるさい……、脱げば良いんでしょ脱げばぁ……」


 もぞもぞと動いてTシャツを脱ぎだすで早奈。パンツと同じ色をしたブラがチラッと顔を覗かせる。


 ……いやいやいや!


「待て待て待て! そんなことしなくていいから!」

「楓真が言ったんじゃーん……」

「いやそうだけど! そうじゃなくて!」

「おはよー早奈ちゃん。フウ起こせたー?」

「あ」


 ガチャ、とドアが開き、そして絶句する紅葉。

 下着を丸出しにした早奈とそれを凝視していた俺。


 ……そりゃ絶句もするわな!


「出ていけバカー!!!!」

「わかったわかった、わかったから!」

「わっ!? 何なに!?」


 怒鳴る紅葉から逃げるように部屋を出る俺。今の声で早奈も起きたようで、困惑する様子がドア越しでもわかる。


 ……うん。俺も追い出せて、かつ早奈も起こせて一石二鳥だな! そういうことにして、さあ昼飯作ってくるか俺!




 一階のリビングで食卓を囲む三人。冷蔵庫の中にはおあつらえ向きにチャーハンの具材が揃っていたのでそれにした。

 俺の向かい側に早奈と紅葉が座っており、早奈は美味しそうに、紅葉はムスッとした顔で俺を睨みながらチャーハンを口に運んでいる。


「ねえ楓真。さっき部屋に楓真が居た気がするんだけど気のせいだよね? あたし起きたらめっちゃ恥ずかしいカッコしてたんだけど」

「……」


 すーっと目を逸らす。痛い。紅葉の視線が特に痛い。

 そして今のわかりやすい答えは早奈にも伝わったようで、横目にチラ見するとみるみるうちに顔を赤くしていた。


「もー! 楓真の変態! 何勝手に女の子の部屋に入ってるのバカなの!?」

「い、いやそれは瞳子さんが……」

「ママなんて楓真以上にわけわかんないんだから無視していいのに! ていうか紅葉ちゃん居るんだからあたし起こすのは紅葉ちゃんに任せてよ!」

「しかもフウ、早奈ちゃんのことめっちゃ見てたしね」

「バカ! もう、バカ!」


 言いたい放題だな……。いや言い返せないから何も言えねえんだけど。てか前に起こしに来た時はズボン穿いてたし、大丈夫だと思ったんだけどな……。


「てか何で早奈は俺のTシャツ着てたんだ? あのウンコTシャツは俺が買ったやつじゃなかったっけ」

「え? ……ああ、あれはほら。楓真がくれたって言うか……」

「フウ汚いよ。今食事中」

「でもあれは明らかにコーヒー豆じゃなくてウンコに見えないか?」

「……知らない」


 見えないって言わないってことは紅葉も思うんだな。わかりやすいやつめ。

 てか早奈が言う“あげた”ってなんだ? 別に俺あげた記憶ないんだが……、まあ良いや。ウンコTシャツも別に気に入ってたわけでもないし。


「そう言えばさ、昨日Bチームはどうだったんだ? 俺Aチーム見終わった後は講堂出ていったから知らないんだよな」

「そう言えばフウ、何かカッコつけて出ていってたよね。カッコつけて」

「二回も言うなバカ!」

「一人だけめっちゃ上手い人が居たよ。女の人」

香月友愛こうづきゆまだよ、それ」


 早奈が感情を示さない顔で呟く。

 香月友愛。俺や早奈と同じ二年生で、Bチームの主役を演じるノリの良い大人な感じの女子だ。


「友愛か。そりゃ上手いわな」

「てかそう、紅葉ちゃんBチームに入るんだよねぇぇー! 一緒に演技出来ると思ったんだけどなぁ!」


 紅葉が入学してくる前からこいつずっと言ってたもんな。一緒に紅葉と演技出来る。一緒に部活が出来るって。嘆くのも無理はないか。


「ごめんね、早奈ちゃん。でもわたし、早奈ちゃんに勝ちたいの」

「……そっか! あたしも負けないよ!」

「二人とも頑張れよー」


 青春だなぁ。二人で切磋琢磨するのは良いことだ。

 俺と紅葉の母さんの水瀬真紀と早奈の母親の成宮瞳子も、そうやって実力を磨いてきたと聞く。二人の今を見るに、それが正しい道なんだろうな。


「楓真も演技上手なんだしすれば良いのに」

「フウはよくお母さんの練習に付き合ってるもんね。わたしもたまにしてるけど、フウの方が上手な時があって殴りたくなるもん」

「物騒だなオイ」


 たまに紅葉は学校でやっていけてるのか不安になる。基本的に愛想も良いし見た目も可愛いからそんな心配はないんだろうけど、時たまかなり口悪くなるからなぁ……。


「まあ、俺は演技よりも脚本が合ってるよ。演劇とか緊張して吐くからムリ」

「「ああ……」」

「二人して納得されるとそれはそれで癪だな」


 言い返さないけどさ。俺から言い出したことだし。

 ……俺が演劇なぁ。やってるビジョンが全く浮かばない。


「でも楓真がガッチガチで演技してると、それはそれで面白そうだよね。あたし絶対笑うもん」

「わかるー!」

「お前らホント酷いやつだな!?」

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