第29話 すけっと
「ガルァッ!?」
突然、エルシアを食らおうと迫っていた黒い獣が吹き飛んだ。
「おい!大丈夫か!?」
彼の目の前には、見慣れないフレンズが立っていた。そのフレンズは、右手に熊の手を模した武器を持っており、肩が僅かに上下している。おそらくそれを使って弾いたのだろう。
「立てるのなら今のうちに逃げろ!ここは私が食い止める!」
「うぐぅぅぅ……。」
フレンズは彼に話しかけたが、彼はまともに口を利けるような状態ではない。
「リカオン!コイツを安全なところまで運んでくれ!」
「え!?私一人ですか!?オーダーきついですよぉ……。」
「今回のは一人でやりあうのは危険なんだ!頼んだぞ!」
置き去りにされたリカオンと呼ばれたフレンズは、改めて片腕を抑える少年を見た。右腕は二の腕から先がなくなっており、絶えず血が流れている。
血を見たのが初めてではないが、ここまで大量に流れる場に遭遇したことがない彼女には少々恐ろしく映った。
「安全な場所まで連れていきますね……。」
優しい口調で言い聞かせ、肩を持ちながら立たせた。
そして、少年に負担を掛けぬよう気を付けながら、彼の左腕を自分のうなじから左肩に渡すようにして担いだ。
これまでに、セルリアンに襲われ怪我を負ったフレンズを安全な場所へ誘導したことがあるのでよく分かる。この少年は一般のフレンズに比べ頭一つ抜けている。要するに背が高いのだ。そして筋肉質であるためか、もたれかかられている右半身ががずしりと重い。
彼の背はリカオンより高いため、肩を持って歩かせようにも手が回らない。そこで、胴体を前に少し傾かせ彼女の手が届く高さに調節したという訳だ。
この姿勢になるまでにときおりうめき声を上げていたがいつの間にか止んでいた。横を見ると、苦しそうに目を閉じる少年が映った。
二人は、ゆっくりと怪物の目の届かぬ場所へ歩いて行った。
ヒグマは、二人が遠くへ行ったのを横目で確認し、口を開いた。
「本気で行くぞ。」
「分かりました。」
二人のフレンズの瞳が、それぞれ橙と金色の輝きを帯びた。
不意を突かれた獣であったが、宙で姿勢を整え音もなく地面に着地した。
姿勢を低く保ったまま、二人を睨み唸り声を上げている。
二人は動じに駆け出し、ヒグマは獣の正面に、キンシコウは横に回った。
ヒグマが正面から軽く武器を振るった。
黒い獣は、先ほどと同じ
どちらも様子見程度の軽い動作をしているが、常人ならばとても目が追いつかないであろう速度である。
この刹那に、互いに侮れない相手であると察した。
走りながらその流れを目視していたキンシコウも、同様の解釈に至っていた。なので、立ち止まりざまに胴体に向け強く、速い一撃を加えた。
しかし獣も安く攻撃を受けてくれるほど甘くはない。
蹴り上げた獣の右後ろ足の爪と如意棒が交差し、軽く火花が散る。キンシコウは、追い打ちをかけようと腰を低くして構えたが、嫌な予感がしたので即座に後ろに跳んだ。
すると、再び蹴り上げられた右後ろ脚の半ばから太い針が飛び出しているのが見えた。動かずにいたら、それに胴体を貫かれていたであろう。
キンシコウの顔に緊張が走った。
「右後ろ脚に大きな針を隠しています!他の足にもあるかもしれません!」
「分かった!」
顔を引き締めるキンシコウに対し、ヒグマは僅かに顔を緩めた。
パークの一部の地域では、セルリアンの目撃件数が増加していたため、セルリアンハンターである彼女らと有志のフレンズにより征討が行われていたのだが、小さな個体が多くヒグマは非常に退屈していた。
しかし、この獣はなかなかの強敵であるので、いつになく心が躍っていた。
もちろん、ハンターとしてフレンズの平和を守ることが最優先であると分かっている。それでも、胸の高鳴りを抑えることは敵わないのだ。
ヒグマとキンシコウは、幾度となく頭や足など、至る所を攻撃したが、敵は躱すことと往なすことに長けているのか、手ごたえを得られないでいた。
後頭部を狙い熊手で突きを放ったとき、両前足でガードした。
「頭の中か……?」
ヒグマは、全体的に攻撃をするスタイルから頭に攻撃を集中する動きに切り替えた。
キンシコウも、彼女の一打二打を見て狙いに気付き、同じ流れを組んだ。
「でりゃぁあ!」
空を裂く熊手が獣の顔を正面から捉えたかに見えたが、牙で受け止めていた。
獣は熊手を奪おうと、ヒグマは脳天を突き破ろうと力を入れるも、互いに譲らないので鍔迫り合いをするように動かない。
共に力を緩めぬ静の攻防戦だ。
キンシコウは気が付いた。
熊手に気を取られている今がチャンスだと。
「これでどうです!!!」
素早く死角に回り込み如意棒を振り下ろしたが、左足の爪で掴まれ胴体に打撃を与えられなかった、その拍子に爪にヒビが入った。
如意棒を奪い返そうと、握る手に力を加えるが一向に動かない。すると、獣が足を大きく横に薙ぎ払った。このままでは如意棒が手から離れてしまうと察したので、離すまいと腕で抱え込んだ。
足が伸び切ったところで如意棒を解放したので、キンシコウは宙に投げ出された。
背後には建物がある。このままでは背を強く打ち付けてしまうだろう。
しかし、なかなかの勢いで吹き飛んでいるので受け身を取る猶予がない。キンシコウは、衝撃に備え全身を強張わせた。
場所は変わって、森の中にあるログハウスでのこと。そこに暮らすダチョウは、金色の卵をのぞき込みながら浮かない顔をしていた。
「危機……出会い……委託……いつもと全く違う結果が出ましたがこれは一体……?」
占いを生業とする彼女は、今日も例にならって占いを行っていたが、見たことのない結果が出たため驚きを隠せないでいた。
「ダチョウさん!居たら返事をしてください!」
扉の向こうから慌ただしい声が聞こえた。
扉を開くと、リカオンと右二の腕から先がない見慣れない者が居た。
「突然すみません!」
「ひっ!」
驚くのも無理はない。
誰だって扉を開いた先に片腕のない血に濡れた見知らぬ者が居たら同じ反応をするだろう。
「強力なセルリアンが現れたんです!今はヒグマさんとキンシコウさんが戦っていますが、強敵なので今すぐ私も戻らなければいけません!この人をお願いします!」
「え……ええ???」
唐突な頼み事に上手く頭が働かないでいたダチョウは困惑するほかなかった。
「時間がありません!どうかお願いします!」
リカオンとぐったりしている少年を交互に見やっていると、ふとダチョウの脳裏に先程の占いの結果がよぎった。
間違いない。あの占いはこれを予知していたのだ。であるならば、避けて通る訳にはいかない。
「……分かりました。引き受けます。」
「怪我がひどいので、ボスからジャパリまんをもらって食べさせてあげてください!」
「ええ。そうします。」
リカオンは、駆け足で去っていった。
ダチョウは、確かな根拠はないものの、形容しがたい不吉な予感を感じ取り、小さく身震いした。
場は獣とハンター二人が
キンシコウがまさに建物に激突するその時、何かに受け止められた。見上げると、栗色に輝く目が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?最近はあんまり休んでいませんから疲れているように見えますよ。」
リカオンは、キンシコウを抱えたまま、獣の動きに注意を払いつつ距離を取った。
「それはみんな同じですから……。私だけ退く訳にはいきません!」
キンシコウはそっとリカオンの腕を振りほどき地に足を着け、武器を構えた。
静寂の攻防の結末はというと、キンシコウを吹き飛ばした勢いの乗った爪が横なぎにヒグマに襲いかかったので、守る術のない彼女は武器を手放し、後ろに跳んで爪を回避した。
熊手を奪い取った黒い獣は、首を軽く降り後ろに向け投げ飛ばした。
後ろへ下がった丸腰のヒグマへ、獣が一直線に肉薄した。
「あなたの相手はヒグマさんだけではありませんよっ!」
右から如意棒が進行を妨げるように打ち出されたので、後ろ脚を地に着け跳びあがり回避した。
「私のことをも忘れないでくださいねっ!」
同じ高さに跳びあがったリカオンが爪を振るい、獣はそれを左の爪で受け止めた。右の爪がリカオンに向けられ即座に両腕で防いだが、殺しきれなかった勢いのままに地面へ落ちて行った。
危うく背を打ち付けるところでキンシコウにキャッチされ難を逃れた。
「助かりました……。」
「礼には及びません。」
共に獣を警戒しながら軽いやり取りを済ませ、別々の方向へ駆け出した。
ヒグマは、二人が時間を稼いでいる間に全速力で駆け抜け、武器を取り戻した。
獣が静かに着地し、警戒しながらゆっくりと歩いている。
横から近づいたキンシコウが首筋に棒を向けた。すると、今まで脚で往なすか躱すくらいしかしていなかった獣が、即座に体の向きを変え左前脚を上から振り下ろし防いだ。
その様子を見たヒグマは気が付いた。
そうか……首か!
獣は、頭に矛先が向いた時に守備に重点を置く立ち回りに切り替えているように見えていた。しかし、それは間違いだったのだ。
キンシコウが首を狙った一撃を放った時、確かに今までより僅かに過剰に反応していた。頭部ではなく首の中に石があるからに違いない。
「二人とも!コイツの石は首のどこかにある!私が片を付けるから隙を作ってくれ!」
二人は無言で頷き、一度獣から距離を取り再び駆けだした。
目まぐるしく守りと攻めの配役を変えながら本気の命の削り合いは続く。
疲れを感じ始めたハンターらに対し獣は息切れ一つしていない。
度重なる攻防の中でキンシコウは気付いていた。獣は右後ろ脚を損傷している。そこを突けば勝利への筋道を築けると。
「リカオンさん!このセルリアンは右後ろ脚が脆くなっています!なので、そこを叩きましょう!」
「オーダー了解です!」
リカオンに作戦を告げたキンシコウは、正面でかち合うヒグマの横を抜け首目掛けて一筋加えた。獣は熊手を左前脚で押し退け、右前脚と如意棒をかち合わせ急所を守った。
「これは効くはずですっ!」
リカオンは、獣が前方に気を取られている隙に後ろに回り込み、右後ろ脚の削れている部分を爪で攻撃した。
「ガルァッッ!!!」
確かに手応えはあった。しかし、致命傷には至らなかった。黒い尻尾が勢いよくリカオンに向け振るわれたが、腕を使いガードしたため2、3メートルほどわだちを作っただけで済んだ。
「グァァァ……。」
突然、獣が口から黒い液体を吐き出した。無機質な一つ目を細めており、どこか苦しげだ。しかし、手負いの獣は侮れないもの。油断は禁物だ。
獣がキンシコウ目掛け、目にもとまらぬ速さで突進した。
かろうじて目で捉えることができたので如意棒で防いだが、勢いがあったため宙に投げ出された。
追随しようと後ろ脚に力を込める獣であったが、横から飛び出したリカオンが輝く爪を振りかざし、それを右前脚で受け止めた。
「これならどうです!」
如意棒を地面に突き立て着地し後ろに回り込んだキンシコウが、右後ろ脚に向け攻撃した。獣は右後ろ脚で大地を踏みしめ左後ろ脚で防御しようとしたが、竜により小さくないダメージを受けた右後ろ脚はうまく働かず、棒が傷跡を捉え脚を破壊した。
そのせいで踏ん張りが利かなくなり僅かによろめいた。
「「今ですっ!!!」」
二人の声を聞き、ヒグマは駆ける。そして、獣を正面から迎え撃つ……と見せかけ地面と体の隙間に向けスライディングをした。
「これでも食らえっ!!!!!」
そのまま顎の下を抜け、喉に差し掛かった時に熊手を下から掬い上げるように払った。熊手は喉を深々と貫き、奥に隠されていた石を砕いた。
やっとの思いで討伐せしめたのだ。
「……さて、ひと休憩したら見回りに戻るぞ。」
ハンター達は武器を下ろし、軽い休憩を始めた。
ここは、誰にも知られていない閉ざされた空間。
『むむ?余の手駒が討たれたか。』
日の光も届かぬその場所で、誰かの声が木霊した。
『それなりに手をかけたつもりだったが、弱過ぎたようだな。』
謎の声の独白は続く。
『倒されたのならまた生み出せばよいのだ。焦る必要はない。やはり覇道に障壁は必須か…面白くなってきたな……!』
一瞬だけ何かが現れたように見えたが、何事もなかったように静寂が訪れた。
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