本編

第1話 はじめまして

 目の前に広がる美しい海。優しい陽の光を反射し輝く砂浜。そんなリゾート地のような場所に一人の少年が仰向けに倒れていた。髪と瞳は黒く、薄手の黒いシャツとジーンズに身を包んだごく普通の日本人という風貌で、死んだようにすやすやと眠っていた。少年に降り注ぐ朝の柔らかな日差しは、目覚めを促すように優しく照らしていた。


 しばらくして、少年の意識が戻った。砂浜に大の字になって寝そべっていることに気付き、起き上がろうと全身に力を込めた。


「痛ッ!?」


 感じたのは全身の痛み。軽度の筋肉痛だ。痛みを堪えて立ち上がり、自分に何が起きたか思い出そうと顎に手を置き、まぶたを閉じて記憶を探ったが、ここがどこなのか、どうやってここに来たのかといった手掛かりになりそうな情報を引き出せなかった。


 足元を見ると、黒色のリュックサックとその近くに乱雑に脱ぎ捨てられた灰色のパーカーを発見した。


 このパーカー、どこかで見たような気がする……。これ、俺が着てたやつだな。


 ……ん?何でフードに海水が溜まってるんだ?


 フードに溜まった海水を流してパーカーを両手で持ち上げた。水を吸って重くなっているのではと思ったが、全く吸っておらず服本来の重さが手に伝わってきた。おまけに砂粒一つ付いておらず、新品と言われても何ら違和感を感じない見た目であった。これは如何にと、起きたばかりでうまく働かない頭を回転させたが、的確な答えが思い浮かばなかったので考えるのをやめた。特に汚れた様子は無いが、一応軽くはたいてから身につけた。


 リュックサックの中身を確認しとくか。これは……よく思い出せないが大事に使っていた気がする。防水加工がしてあるとタグに書いてあるし、中身は無事だろう。何を入れてたっけなー?見てみるか。


 中には一冊のノートに筆箱、保存食(カ〇リーメイト)が入っていた。


 ノートは白紙、筆箱の中身はシャーペン二本に鉛筆、赤ペン、青ペン、ネームペンが一本ずつ、それに消しゴムと定規。何でカ〇リーメイトを持ってきたんだ?そんなに好きだったっけなぁ……。


 この状況で気にしなくて良いことを呑気に考えつつ荷物の確認を終わらせた。現地人に所在を尋ねるべきと思い至り、周囲を見回すも住居は一つも見えない。ならば遠くはどうだろうかと目を凝らすと、明らかに人工物である、円形の鉄骨に円周上に果樹のように色とりどりのゴンドラを付けた建造物……観覧車が見えた。


 もしかして遊園地があるのか?休館日でなければ人が居るだろう。そこで情報を集めてみよう。


 宛は特に無いので遊園地と思しき場所を目指すことにした。






 一方、彼が目指す先では、大勢の少女達によってパーティーが行われていた。点在するテーブル一つ一つに様々な料理が並び、それを囲うように置かれた椅子に腰かけ料理を堪能する者、周囲を元気に走り回る者、友人と談笑する者、休息を取る者など、少女達は思い思いにパーティーを楽しんでいた。


「かばんたちおかえりなさいの会をするわよー!」


 ステージに立つ少女がマイクを片手に声を張り、周りにいた者達も歓声でそれに応えた。


「いただきますも兼ねてまずご挨拶から!」


「ゴコクエリアにヒトは居たかしら?」

「いえ、残念ながら会うことができませんでした。でも、まだまだ行っていない所がたくさんあるので、いつかきっと会えると信じています!」


 白い鞄を背負う少女……かばんは目線の先に居る多くのフレンズたちを見ながら、自分に向けられたマイクに対し答えた。


「今日はわざわざ僕達の為にこんな素晴らしい会を開いてくださり……」

「ヒトは話が長ったらしいのです。」「早く食わせろなのです。」

「今回は食べて……ないわね。かばん、博士達はこう言ってるけどそれで構わない?」

「はい。冷めないうちに食べましょう!」


 かばんは答え、マイクを最初に持っていた少女に渡した。


「それじゃ、いただきまーす!」

「「「いただきまーす!」」」


 そして、ドッタンバッタン大騒ぎの楽しい時間が始まった。






「いつの間に森の中に入ったんだ……?」


 最初は道沿いに進んでいたのだが、いつの間にか道から外れてしまったらしく、森の中で迷子になっていた。森を彷徨っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


 誰かが歌ってる…?


 聞こえてきたのは歌声だ。あまりにも綺麗な声だったので、彼は目的地の事を忘れ歌声が聴こえる方へ進んだ。


「ふんふふーんふふーんふふーんふふんふふふーん♪

 ふんふふーんふふーんふふーんふふんふふふーん♪」


 誰かが切り株に座り足をブラブラ揺らしながら楽しそうに歌っている。その姿に見とれていると、歌っていた少女がこちらに気づいた。コスプレだろうか。黄色を基調とした茶色の縞模様が入った服に加え、猫の耳と尻尾が見える。振り向く時に耳と尻尾が微かに動いたように見えたので、まだ寝ぼけているのかと僅かに自分に呆れた。


「おっ?見ない顔ですね。」

「君は?」

「スナネコです!あなたのお名前はなんて言うんですか?」

「俺?俺は……」


 あれ……?名前………何だっけ?


 この瞬間彼は自分の記憶が失われていると知った。だが、名前を忘れたからといって名乗らない訳にもいかない。本名が分からないなら仮の名を名乗ろう。さて、何と名乗るか。仮にも名前なのだから適当なものでいいはずが無い。そうだ!いっそのこと憧れの存在の名を借りよう。脳内を検索した所、丁度良い名前を発見した。よし、これでいこう。


「俺の名前は……」

「名前は?」

「エルシア。エルシアって呼んで欲しい。」

「はい。」


 もしかして……飽きてる?ちょっとショック……




 軽く自己紹介を終えた二人はとりあえず歩く事にした。


「どこに向かってるの?」

「ゆうえんちです。」


 おそらくあの観覧車がある所に向かうのだろう。


「ずっと一人で居たの?」

「あそこに来る前はツチノコと一緒に居ました。」


 スナネコにツチノコ、それにこの格好……。近くで仮装パーティーが開かれているのか?


「その子と仲良いの?」

「はい。親友です。」


 親友、ねぇ……。今頃アイツは俺を探してるかな?


「エルシアにも親友は居ますか?」

「親友?居るよ。」

「名前はなんて言うんですか?」

「ペレって奴。」

「ペレはここに来ていないのですか?」

「俺しか来てないよ。きっと俺の事を心配してると思うんだ。」


 アイツは本当に頭が良い上に顔が広いから、俺が思いつかないやり方や伝手を使ってすぐに見つけてくれるだろう。それまで気長に待てばいい。


「早く会えるといいですね。」

「うん!ツチノコさんも心配してるだろうからちゃんと会ってあげなよ?」

「わかりました。」


 話をする内に視界が開けて、何かが見えてきた。


「お?あれは……。」

「はい。ここがゆうえんちです。」


 遊園地の中には多くのアトラクションがあった。錆び付いて動きそうにないものばかりに見えるが、いくつか動きそうだ。


 ここは廃墟か?なかなか大きいな、ここ……。


 多くのアトラクションをぼーっと眺めていると、


「なんだおまえは!」


 唐突に後から威勢のいい声が聞こえた。


 なんだなんだ!?


 驚き振り返ると牛?のコスプレをした少女が立っていた。その手には、角を模したような形状の穂先の槍が握られていた。鍛え抜かれた腹筋と堂々とした出で立ちから、歴戦の猛者であることが伺える。


 彼はそんな少女に臆することなく、先ほど聞きそびれたことを尋ねた。


「こんにちは。ところでここはどこですか?」

「は?」

「え?」

「「……」」


 一時の静寂が訪れる。


 日本語で話しかけられた気がしたが、こちらの日本語が伝わっていない。それはつまり、牛さん(仮名)は日本語以外の言語で話しかけてきたという事で、そこから仮装パーティーに参加しているのは日本人だけではないと推測出来る。英語なら伝わるか?


「Please tell me where is here.」

「何言ってんだ?おまえ?」


 うーん英語もダメか………。てか、あの子みたいに日本語が通じる人は居ないのか?……あれ?あの子どこ行った?


 先程出会った少女、スナネコはその場に居なかった。


「どうした?」「なになにー?」

「何やら騒がしいね?」


 コスプレガールが増えたぞ…


 彼は困惑する。だが、


 あの子もこの子達も、揃いも揃ってコスプレの完成度高すぎないか?


 こんな時でも余計な事を考えてしまうのであった。


「おまえたち何があったですか。」

「静かにするのです。我々は騒がしいのは苦手なのです。」


 今度はフクロウ……?てか、今飛んできたよな?一体全体どうなっているんだ?


「どーしたの?」

「何かあったんですか?」


 さっきの子とは違うタイブの猫耳の子と探検家っぽいコスプレの子……


 更に近づいてきた二人も彼の目線で分析する。


「わー!見たことない子がいるよー!」

「はじめまして。僕はかばんと言います。」

「サーバルキャットのサーバルだよ!」


 そう言いサーバルは右手を顔の横で猫のように可愛いらしく曲げた。


 なんだ今の挨拶!?めっちゃすこ……


「博士です。」

「助手です。」

「オーロックスだ。」

「タイリクオオカミだよ。」

「コツメカワウソだよ!」

「ジャガーだよ!」


 その場に居た者達がそれぞれ挨拶をした。


 感激している彼にかばんが問うた。


「あなたは何のフレンズさんですか?」


 ……フレンズって何だ?博愛主義だよ~みたいな感じ?どう答えるのが正解なんだ?


 返答に悩んだ末に彼は答えた。


「そそ。親友みたいなモンだよ!」

「え?」


 あれ?なんかミスった感じ?やっちまった?

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