第20話 じゃぱりまん
しばらくして、少年は目を覚ました。
「んあっ……寝てたのか?」
全身が痛むので辺りを見渡せないが、部屋には彼しか居ないと思われる。
「はあ……お腹すいたなぁ~。」
目覚めてから何も食べていないからか、腹の虫が騒ぎ始めた。
鼻が何かの匂いを検知し、
これはジャパリまんだな。この近くにあるぞ……!
痛みに耐えながら首を動かすと、確かにテーブルの上の籠にあふれんばかりに盛られていた。しかし、腕を伸ばせば届くような位置には無い。つまり、一度立ち上がる必要がある。
虫共の怒りを鎮めるべく動きたいのもやまやまだが、眼前にそそり立つ筋肉痛という名の絶壁に阻まれている。
壁を乗り越えるべく、全身を軋ませながら立ち上がろうと力むも全く力が入らない。おそらく食事を摂っていないので栄養が不足しているのだろう。
わざわざ立ち上がらずともジャパリまんが口まで転がってくれば済む話なのだが、籠城するがごとく一向に動く素振りを見せない。奇跡など起こりやしないというのか。
少年は世界の残酷さ、並びに非情さをこの刹那のうちに思い知った。絶望を抱えながらどうしたものかとうんうん悩んでいると、扉が開いた。
「どうしたんですかぁ~?」
「お腹がすいたからそこのジャパリまんを食べたいけど、体が痛くて取れないんだ。」
「ボクが持ってきますね。」
めちゃくちゃありがたい……!
「ありがとう……!」
彼の心は、ようやく食事ができるという喜びと彼女の優しさに包まれたのだが、目の前に持ってこられた籠を見て気付いてしまった。籠の位置が変わろうとも自分が動けないのだから事態は何も変わっていないのだと。
「どうしたんですか?食べないんですか?」
「それがね、動けないんだよね……。」
下手に動こうとすれば全身が締め付けられるように軋むのだ。その痛みは計り知れない。
「動かしてあげます。ちょっと待っててください。」
スナネコは、彼の背中に手を回しゆっくりと上体を上げさせた。当然ながらひどく痛むが、好意を無駄にする訳にはいかない。
必死に痛みに耐え、どうにか胴体だけ起き上がる状態まで達した。そこから力を振り絞って自力でベッドに座る体勢に持ち込んだ。
それを見届けたスナネコは彼の横に座った。ベッドを長椅子に見立て、隣合って座っている状況だ。
「わざわざありがとう。」
エルシアは澄ました顔をしているが、心の内では全身から訪れる痛みに耐えているのだ。
「体が痛むのならボクが食べさせてあげますよ。」
何を思ったのか、スナネコはジャパリまんを一口サイズにちぎり自分の口に放った。しばらく噛みしめた後、また放った。
「ん。」
「ん?」
スナネコが顔を向けてきたが、彼にはその行動の意味が理解出来なかった。
「食べないんですか?」
「ん……?ん!?!?」
それってつまり……そういうこと!?
「いや……そういうのはしっかり手順を踏んでから……ほら、ピンクの悪魔の仲間みたいに即座に対応するのは難しいって言うか、心の準備がまだ……ってあれ?」
顔を上げると、楽しそうに笑う少女の顔が映った。
「本気にしていたんですかぁ~?」
「ふぇ?」
何が起こったのか分からず彼はあたふたしている。
「こういう時には『いい顔いただき』って言うらしいです。」
……なるほど。つまりはドッキリを仕掛けられた訳だ。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
彼の口の前にジャパリまんの欠片が持ってこられた。腕が上がらないので、そのまま口を開け食べた。美味い。
「ボクもおなかがすいたので食べます。」
もう一つちぎり、自分の口に放った。
「俺はいいから先にスナネコちゃんが食べて?」
そう言った矢先、彼の腹からぐぅ~と情けない音が鳴った。
「エルシアのおなかは正直ですね。」
「おっしゃる通りです……。」
ちょっとは自重してくれよ……!これじゃあ示しがつかないじゃないか……。それもこれも、この筋肉痛さえ無ければどうにかなるのになぁ……。
「それに、一人で食べるより二人で食べる方がずっとおいしいですよ。」
それもそうだな!しばらくお世話になろう。
そのままゆっくり食べながら共に過ごした。
「ふぁ~、なんだか眠たくなりました。」
スナネコはお腹いっぱい食べたからか、少し眠そうだ。
「まだ食べますか?」
「いや、もう大丈夫だよ。」
「そうですか。」
ジャパリまんを食べた後に来る不思議な充足感のおかげか、はたまた単純に栄養を補給した為か、体の痛みが少し薄れている。
そこで、試しに立ち上がろうと思い足に力を込めたが、ピクリとも動かなかった。
一方、スナネコはすっかり眠っており、彼の肩にもたれ掛かっていた。先程と比べればマシではあるが、当然痛い。左肩は小さく悲鳴を上げている。
痛みに耐えていると、彼女の体は彼に体を押し付けるようにしながらゆっくりと倒れていき、膝の上で止まった。
あぁー!?
左肩を上回る痛みが両ももに襲いかかった。もしかすると、立ち上がれなかったのはこれが原因なのかもしれない。
なかなかに痛いが起こす訳にもいかない。しかし、それでは痛みに意識が向かってしまう。そんな葛藤に苦しんでいたが、例の対抗策が頭を過ぎった。
こんな時こそ素数の出番……!頼んだぞ!
彼はひたすらに心の中で素数を数え、スナネコが目を覚ますまで痛みを耐え忍んだ。
エルシアは窓を眺めながら素数を数えていた。気が付けば辺りはすっかり暗くなっている。そして、相変わらずスナネコは目を覚まさない。
すると、太腿に覆いかぶさっていた痛みが一気に小さくなった。
「ふぁ~、寝てたんですね~。」
どうやら目を覚ましたようだ。
「もしかして、エルシアの体を枕にしていましたか?」
「うん。太腿をね。」
「体が痛いって言ってたのに枕にしちゃってごめんなさい……。」
まさか謝られるとは思っておらず、エルシアは慌てふためいた。
「気にしなくていいよ!別に何とも無かったし!何ならまたやってもいいし!」
ちょっと待てぇーい!テンパっていたとは言えども相当ヤバい発言をしてしまったァー!!
「結構快適だったのでまたお願いします。」
「……あ、うん。いいよ!」
なんかよく分からない約束しちゃったけど……!?
これ以上この話をするのはまずいと思い、話題を切り替えた。
「そうだ!お腹減ってない?」
「そういえばそうですね。」
「そういう訳で……そこの籠を取ってくれない?」
ジャパリまんが入った籠はスナネコの横に置いてあり、彼の腕が届かない位置にある。それだけなら立ち上がって取りに行けばいいが、足が言う事を聞かないせいでそれも叶わない。故に取ってもらう他無いのだ。
「分かりました。」
彼女は快く承諾し、籠を二人の間に置いた。
「ありがとう。」
礼を言いつつ、一つぎこちない動きで手に取り少しかじった。連続して食べても全く飽きないのがとても不思議だが、この小さな饅頭に秘められた魅力を彼はばっちり理解している。
食べた後にやって来る充足感。そして少し食べただけで得られる満腹感。これこそがジャパリまんの最たる美点なのだろうと心の中で思った。
「もう自分で食べられるんですね。」
「うん!やっぱりこれを食べたおかげだと思うんだ!」
彼女の顔がどこかしょんぼりしているように映ったが、気のせいだろうとその考えを打ち払った。
「元気になってくれたみたいでボクは嬉しいです。」
「おかげさまでかなり元気になったよ!ありがとう!」
「礼なんていいですよ。ボクがやりたくてやったんですから。」
そのまま二人は仲良く話をしながらジャパリまんを食べた。
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