第21話 ごろごろ
ジャパリまんを食べながら話をするうちに日は沈み、月が顔を出した。辺りは月光によりわずかに照らされ、木の葉は風に揺れ静かに歌っている。
ジャパリまんを食べ終わった後、スナネコは部屋を出て行った。エルシアは、特にする事も無いのでさっさと寝ようと未だに軋む体を動かし、どうにかベッドに寝そべる体勢に移った。
そのまま何も考えずに夢の世界へ入っていった。
ここは?
気が付くと、地面のところどころが虹のように煌めく場所に立っていた。
視界の先には、以前のパーティーで見かけた多くのフレンズ達……そして、それらと対峙するフレンズと似ても似つかない異形のナニか。
そのナニかは全身が黒く、鋭い鉤爪を両手足に持ち、二対四枚の巨大な翼を広げ、非常に長い尻尾を持っている。
頭は恐竜の頭蓋のような物に覆われ、頭の上には大きな二本の角が付いており、口には鋭利な牙が生え揃っている。目は今まで見た何よりも赤く光っており、その凶暴そうな見た目にふさわしい色合いだ。
当然ながら少年はそのナニかを非常に警戒していたが、その声を聞いた途端に何もかも忘れて立ち尽くした。
『吾輩こそ世を統べるに相応しい!理想の世を作らんとするこの一歩を阻む貴様らは実に愚かよのう?神に至れぬ者が吾輩と渡り合えると思うたか?』
この声は、間違いなく俺だ……
化け物が発する声が自分と瓜二つである事に驚きが隠せなかった。
おい!やめろ!何をするつもりだ!
『一人一人などとつまらぬ事は言わぬ。数など気にせず掛かってくるといい。さぁ、貴様らが烏合の衆でないと神の血を持つこの吾輩に証明してみせよ!』
彼の声は届かず、フレンズ達は化け物に向かって行き、化け物もそれを迎え撃った。拳、槍、爪……様々な攻撃がソレに向けられたが、ソレは難なく往なしていく。
『つまらぬ!実につまらぬ!もっと吾輩を楽しませよ!!!』
フレンズを蹴散らす黒い自分に殴り掛かろうと走るが、いくら走ろうとも一歩も前に進まない。そんな状況に憤りを感じていると、突然視界が歪み、また違う場所に移った。
辺りは一面雪よりも白く染まっているが、何かがある訳でもなく果てが見えぬ程に広がっている。そして、数メートル程先に見知らぬ者が立っていた。
『くゥー!!!やっぱ【介入】と【未来視】の同時使用は魔力の消耗が激しいぜ!オマケに負担がどっと来やがる!』
その者はローブのような黒い衣装に身を包み、右手には赤い玉を噛ませた杖を持ち、痛みに耐えるかのように左手で頭を抑えている。
背中にはこうもりに似た羽を持ち、矢のように先が尖った尻尾を持っている。首には金色の縁取りの小さな美しい時計を掛けている。藍色の両手の指の先は鋭く尖っている。頭には藍色の角が二本生えており、肝心の顔は霧がかったように認識出来ない。
何者かは、杖を地に付け苦しそうに屈んでいる。杖に付けられた玉はわずかに光を放っていたが、すぐに消えてしまった。
『副作用は相変わらずだが、【実験】は成功だな。この世界でもこういう力が使えるって分かっただけで儲けモンだぜ!』
何者かはピンと真っ直ぐ立ち、ガッツポーズをした。
あの、あなたは一体……?
『あァ?何だ何だァ?オレが見えんのかァ?……そういや、この前も認識出来てたっけか。変に根回しすンのも辞めた方がいいのかねェ……?』
何者かは自問自答を繰り返している。
『いやしかし、こうやって対話すンのも面白ェし悪かァねェな!』
表情は伺えないが、どこか納得したような声音を発していることから、疑問が解消されたのだろうと思った。
『そうだ。一つ警告しておくぜ。いずれ遠くない未来……とんでもねェ事が起こる。ま、気ィ付けなってこった!そんじゃァな!』
何者かはそのままどこかへ行こうとしたが、おっといけねェと言い動作を中断した。
『もちろん【夢オチ】なんて事ァねェからな?しっかり覚えとけよ?』
夢オチ?これ、もしかして夢……?
目を覚ますとそこは昨日居た部屋であった。太陽は厚い雲に隠れ顔を見せていない。ここに来て初めての曇天だ。
体の右側に何か柔らかい物が当たったので痛みに耐えながら横に目を移すと、大きな猫の耳が腕に当たっていた。
「あぁ!?あだだだだ……!!」
驚くのも無理は無い。昨日は確かに一人で寝たのだから隣に誰かが寝ている筈など無いのだ。
いや確かに枕は二つあるけど!!そういう部屋なのかもしれないけど!!そもそも俺たちはそういう関係じゃないし!!……じゃない!とにかく脱出だ!
動こうにも体が言うことを聞かないので、どうにか気力を振り絞るために心の中で力の限り叫んだ
巡れ!俺の中のエネルギー!巡り巡って俺を突き動かす潤滑油となれぇぇ!
心の叫びが奇跡を呼び込んだのか、体が少しだけ楽になった。
……これならいける!さぁ、行け!エルシア!
己を鼓舞しながら右腕を動かす。僅かに悲鳴を上げているがどうにか動いた。次に左腕。こちらも大丈夫だ。
両腕を動かし静かに掛け布団をめくり、右足を折り曲げ地につける。後は重力に身を委ねベッドから落下し、左足で見事に着地。そのまま軋む体に鞭を打ち立ち上がり、掛け布団を元に戻しミッションコンプリートだ。
エルシアは無事に脱出した後、改めてベッドを眺めた。スナネコは先程と変わらず幸せそうに眠っている。
……それにしても何で一緒に寝てたんだろう?まさか……本当にそんな事を……!?いや、それはありえない。ついさっきまでまともに動けなかったんだ。それがその事実が無かったと言える一番の理由だ。
このこと考えてたら変に意識するし辞めよう……。
ぎこちない動きで頬を叩き、意識を外へ向けた。
今日は曇りかぁ~。今にも雨が降りそうだ。森は薄暗くてどうにも不気味だな。
などと考えていると、案の定雨が降り始めた。雨粒は、ポツポツと地面や枝葉に降り注ぎ静かなメロディーを奏でている。雨が降りしきる様子を眺めていると図書館での出来事を思い出した。
今日と同じくあの日も雨が降っていた。そして好奇心に任せ地下室へ飛び込み、あの本と出会った。その翌日に言葉を発した。図書館を発ったのが昨日のことのように思われる。
それから今までの通ってきた場所での出来事を一つずつ振り返っていると、いつの間にか雨足が強まっており、ゴロゴロと遠くで音が鳴った。遠雷だ。
彼は微かに響く大空のいびきのようなそれをに耳を澄ませた。雷もさることながら雨の打ち付ける音もまた一興だ。そう思いながら雨と雷が奏でるメロディーを楽しんでいた。
背後に気配を感じたので振り返ると、今起きたのかスナネコが立っていた。しかし、いつも感じられるような春の日差しを思わせる柔らかい雰囲気をまとっておらず、何故か怯えたような顔をしており、大きな耳を両手で塞いでいる。
「このゴロゴロ言ってるのは何ですか……?」
「これは雷って言ってね、雨が降った時にたまに鳴るんだよ。」
以前砂漠に住んでいたと聞いたことから、初めて雷鳴を聞いたのではないかと彼は思った。
「エルシアは嫌じゃないんですか……?」
「俺は平気だね。むしろ面白いなーって感じ。」
その時、視界が白く染め上げられ、一際大きな雷鳴が鳴り響いた。体の芯までビリビリと伝わる鳴動を感じる。きっと近くに落ちたのだろう。
ふと胸に何かが飛び込んで来た。見下ろすと大きな耳が怯えるように縮こまっており、彼より小さなその体は細かく震えていた。
「ちょっと怖いです……。」
「大丈夫。怖くなったら俺に任せて。」
エルシアは内心驚きながらも、スナネコの肩を軽く掴みサムズアップをした。それを見たスナネコは、静かに頷いた。
昼下がりには雷は鳴り止み、うんともすんとも言わぬ厚い雲が空を通り過ぎるのみであったが、夜になる頃には、再び空がうめき声を上げ始めた。
良い子が寝る時間になったが、それでも空模様は相変わらずだ。スナネコは、今日のジャパリまんも美味しかったと呑気なことを考えるエルシアの傍に寄り、裾を掴んだ。振り返ると、金色の目は潤っており、いつになく輝いていた。
「怖いから一緒に寝てください。」
「うん!いいy……ん?」
「ボクはもう寝たいからこっちに来てください。」
あぁん!?おい!俺よ!お前は今、何という言葉に二つ返事を返したぁ!?気のせいでなければ、一緒に!?寝る!?寝る!?!?ほぁぁぁぁ!?!?
まさかの要望に彼は戸惑った。任せてとは言ったものの、怖くなったら傍に居てあげる程度の事しかかんがえていなかったのだから当然ではあるが。
……落ち着け、俺。何も
言われた通り横たわった。まだ動く時に痛みを感じる筈だが、今は痛みなどに構っていられないからか何も感じなかった。
「何でそっち向くんですか?」
「え……?いや、なんか落ち着かないんだよね……。」
二人で寝るだけでもかなりまずいのに向き合ったりなんてしたら安眠なんて得られたもんじゃない。悪く思わないでほしい。
「こっち向いてくれませんか?」
そんな心の願いは彼女には届いていなかった。
「……分かった。」
葛藤の末に体の向きを変えると、スナネコは彼の体に手を回し、軽く抱きついた。
「こうやってると安心します。」
「そ……そうなんだ、それはよかった。」
俺は落ち着くどころの話じゃないんだけどね……。はぁ、眠れるといいけど……。
そんな事を考えるうちにスナネコは眠りについたようだ。そのまま寝ようかと思ったが、部屋の電気を消していない事に気付いた。起こさぬようにベッドを抜け出し、電源を落とそうかと思ったが、リュックサックに目が留まった。
屈んでリュックサックを掴み、中から例の本を探り出し手に取った。
そういえば二日経ってるんだよな……。そしたらまた我との約束を破ったのかー!って怒られるかもな……。事情を話せば分かってくれるよな?
覚悟を決め、本を開いた。
『皆様いかがお過ごしでしょうか。作者のケムリネコです。エルシア君がパークに来て初めて自分の力を使いましたね。ようやく書きたかった所を書けて非常に満足しています。
しかし、彼はその力をまだ制御しきれていません。端的に申し上げますと、現在の彼は非常に弱いのです。狂気には更に上があるしそれを乗り越えた先にも更なる力が眠っているのです。彼は今、そのどちらにも至れる可能性を秘めています。
心の奥底に眠る衝動に身を委ねバーサーカーを極めるか、はたまた荒ぶる力を見事に制御し確かなものとするか。その答えは遅かれ早かれ分かります。
それともう一つ。応援コメントを確認することをおすすめします。基本的におなじみのメンバーと楽しく会話をしているだけですが、たまに重要な情報を流すこともあります。本当です。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
-・--』
あれ?また読めなくなってる……。何でだ?試しに先のページに行ってみるか。
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"(濁点)・・ ゜(半濁点)・・--・
ー(長音府)・--・ 、(読点)・-・-・-
(-・--・- )・-・・-・』
開いたページいっぱいにアルファベット、ひらがな、点と線が並んでいる。
アルファベットとひらがなは読めるけど、この線と点は一体……?思えば初めてこの本と出会った時もこんな風によく分からないものが表示されたな……。はぁ、せっかくプレゼントをあげようと思ってたのになぁ。
その後もページをめくり続けたが、相変わらず読めない謎の言語が綴られていたのでそっと閉じてリュックサックに戻した。
未だに本と対話出来なかったのが気掛かりだが、開けどめくれど応答は無いのだから今日は辞めにしようと思い眠ろうかと思ったが、安眠の約束された神秘の地、ベッドにはスナネコ。自分からそこへ向かうのは非常に骨が折れる。
なのでソファーに横たわり夜を明かそうかと考えた。
「んぅ~、どこに行ったんですかぁ~。」
寝言で彼を探しているようだ。手が僅かに空を泳いでいる。
……そう、これはスナネコちゃんの為だ。俺の判断ではない。スナネコちゃんの為だぞ。
そう自分に言い聞かせ部屋の電気を消し、彼女が眠るベッドへ向かい先ほどのように並ぶ形で横たわり、そのまま目を閉じた。
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