第19話 あくむ

 ここは‥‥?


 目が覚めると、辺り一面に白い景色が広がっていた。辺りには草すら生えておらず、雪景色のような白銀ではなく絵の具のようにただただ白い。


 すると、音もなく目の前に少女が現れた。顔はモザイクがかかったように認識出来ないが、少女が来ている服は見覚えのあるものだった。


『ボクを騙していたんですね。エルシアには呆れましたよ。もうボクと関わらないでください。』


 え‥‥?何の話?別に騙してなんていないよ!


『あんな姿を見せてよくそんな事が言えますね。』


 俺が何かしてしまったのか‥‥?


 ごめん!別に悪気は無かったんだ!


 別の場所にまた見覚えのある服が見えた。あれは博士と助手だろうか。


『おまえには幻滅したのです。』


『さっさとパークから立ち去るのです。』


 そして破竹の勢いで周囲に見覚えのあるフレンズ達と思しき者達が現れ、彼を囲んだ。


『あっち行ってよ!』


『あなたはもうここに居るべきではありません。さようなら、エルシアさん。』


 ちょっと待って……!せめて話だけでも……


 必死に引き止めるも聞く耳を持たないようで、八面を囲っていた全ての者が遠ざかっていき、姿が見えなくなった。


『なァオイ、こんな終わり方でいいのかァ?』


 ……誰?


 背後から声を掛けられたので顔を向けると、見知らぬ者が立っていた。その姿は霧がかっていてはっきりと伺えないが、声からして男性かと思われる。


『もう一度言うぞ。こんな終わり方でいいのか?』


 ……ダメだ。ダメに決まってる!こんなの間違ってる!みんなならちゃんと話を聞いてくれる筈だ!


『いいぜェ、その調子だ。そのまま悪い”夢”が覚めるといいな。』


 ……夢?これはもしかして…………











「……っ!」


 ここは……?


 白い景色が消えたかと思えば見慣れない部屋の中に居た。柔らかい日差しが降り注いでいるので、部屋は適度に温められており非情に快適だ。


「……!スナネコちゃんは……痛っ!!」


 何故かベッドに寝ていたので起き上がろうとしたが、筋肉痛に阻まれた。


「良かった……!起きてくれて……!」

「あだっ!?」


 突然誰かに強く抱き着かれた。触れている箇所がミシミシと悲鳴をあげている。


「うなされていたからとっても心配しました……!」

「……スナネコちゃん?」

「そうです!スナネコです!」


 その金色の瞳は微かに潤み、美しく輝いていた。


「そうだ!セルリアンは!?」

「あの時エルシアが倒してくれましたが覚えていませんか?」


 俺がセルリアンを倒した?あんなに大きな奴らを?一体どうやったんだ?


「うーーん、覚えてないね。」

「そうでしたか。でもまあ、騒ぐ程でもないですね。」


 瞳を輝かせながらも笑みをこぼしたのを見て彼は少しだけ安心した。


「エルシアさん!起きたんですね!」


 かばんやサーバル、それに黄色に茶色い斑点が入った服を来た子、紺色のブレザーを来た犬耳の子、眼鏡をかけた黄色っぽい鳥の子がぞろぞろとドアを開けて入ってきた。


 あの人は確か……タイリクオオカミさんだったかな?


 彼は、パークにやってきたその日に会ったフレンズ達の記憶が蘇ったと同時に、たくさんの出来事があった事も思い出した。


 ……もしもあの時スナネコちゃんに会えなかったらどうなってたんだろう。多くのフレンズ達に出会えなかったかもしれないし、セルリアンに襲われて終わっていたかもしれない。たくさんの偶然と奇跡が重なり合って今の俺が居るんだな。


 過去の余韻に浸っていると、サーバルが嬉しそうに口を開いた。


「二日も寝込んでたからみんな心配してたけど、無事で良かったよ!」


 二日……二日も寝てたの!?


「エルシアさんほど大きなフレンズさんは滅多に来ませんからお部屋選びに苦労しました~!」


 黄色い鳥が彼を見て笑いながら言った。


「わざわざすいません。」

「いえいえ、気にする事はありません!貴重な体験だったのでむしろ感謝したいくらいですから!」


 よく分からないけど、喜んでもらえたみたいだ。


「そういえば名前を聞いていませんでしたね。エルシアです!」

「アリツカゲラです!改めて……ろっじアリツカへようこそ!」


 ここはろっじアリツカって言うのか。覚えておこう。


「久しぶりだね。少し前に会ったけど、覚えているかい?」

「はい!もちろん覚えています!」


 タイリクオオカミの隣に立っていた黄色い地に茶色い縞々が入った服を着たフレンズが一歩前に出た。


「あなた……怪しいわね。実に怪しい!でも、この名探偵アミメキリンはあなたの正体を見抜いている!今からその化けの皮をはがしてやるから覚悟しなさい!」


 誰が頼んだ訳でも無いが、唐突に推理が始まった。


「白っぽいフードに太い腕と足、それにあの強さ……あなた、アルビノのニシキヘビね!」


 ヘビ……!?俺が!?何で!?


 強さ?一体どこで判断したんだ?戦いなんて仮面フレンズくらいしかやってないはずだけど……。まあ、あれも模擬戦だけどね。


「いやでも、あの時は青かったわね……。すると、他の青いけものかしら……。いや、単に擬態していただけかもしれない……。そしてなんだかふにゃふにゃしている……フードが納得しかないけど、これはつまり、アメフラシね!」


 ふ……ふにゃふにゃ!?それにアメフラシ!?


「あの……フレンズじゃなくてごく普通の人なんですけど……。」


 そう、俺はただのヒト。フレンズみたいな耳とか尻尾とか羽とか羽とか羽は無いんだ。いいよな、フレンズの中には飛べる子も居て。俺も空を飛びたいよ。


「この前のパーティーでもヒトだって言っていたじゃないか。」

「それはフレンズを騙す罠だったんです!外から来たヒトだと言っておけば辻褄合わせにピッタリですからね!」


 ……ひどい言われようだな。そんなに疑わしいのか……?


「先生や他のフレンズを欺くその巧妙な手口……あなた、相当な切れ者ね!それでも、私を欺くには及ばなかったのよ!見てなさい!今に鼻を明かしてやるんだから!」


 ああ……どうも話聞いてくれる感じゃないしとりあえず推理を聞いとくか。


「では、推理の続きを始めましょうか。あの時の青い体とフードから見てインディゴ?もしくは他のフレンズより大きいしプレシオサウルスかしら……?でもそれじゃあ翼があるのはおかしいし……うぅ~ん……。あぁーー!!!いくら考えてもキリがないわ!とっとと吐きなさい!!!」


 迷探偵は彼の正体が分からず自棄を起こした。


「吐きなさいもなにも本当に人なんですけど!?」

「正体を教えないならあなたをプレシオサウルスとして認識するわよ!」

「ええ……。」


 彼はどうすればいいのか分からず、ただ呆然としている。


「プレシオサウルスっていうのは海に居るものじゃないのかい?」


 余裕の表情を浮かべていたタイリクオオカミが迷探偵に尋ねた。


「確かに先生のおっしゃる通りです。何故プレシオサウルスが海辺じゃなくてこの森に居たのか……その理由は至極単純!あなた、陸を海に沈めてあなたのすみかを広げる気ね!そんな悪事はこの名探偵アミメキリンが許さないわ!」


 何をどう解釈すればそうなるんだ……?


 彼はこの怒涛の展開に着いていけずただ困惑していた。一方、タイリクオオカミはいつもの事と言わんばかりにさらりと対応している。


「まあまあ、仮に彼がプレシオサウルスで本当に海に沈めようとしているとしてもこの体じゃ出来っこないだろう?今はそっとしておこう。」

「む……確かにその通りです。あなたの体調が元に戻ったら白状してもらうわ!」


 ビシっと人差し指で彼を指し、部屋を出て行った。


「エルシアと言ったわね!私に敬語は不要よ!その代わり、先生にはちゃんと敬語を使ってちょうだい!」


 かと思えば、ひょっこり顔を出し、一言付け加えた。


「分かりました……じゃなくて、分かったよ。」


 返事を聞いたアミメキリンは満足そうに部屋を出て行った。


「僕達もそろそろ行きますね。」

「またねー!」


 かばんとサーバルも彼らに続くように静かに立ち去り、部屋にはスナネコとエルシアだけが残った。


「あれだけ動いたんだし疲れていませんか?」

「すごく体が重いね。それになんだか眠たいよ。」


 それから僅かな静寂が訪れたが、彼女が口を開きそれを打ち砕いた。


「……あの時は助けてくれてありがとうございました。とっても嬉しかったです。エルシアが覚えていなくてもボクはちゃんと覚えています。だから……もし良かったらボクの……」


 気が付くと、少年は静かに寝息を立てていた。


「……ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃないですか。」


 その反応にスナネコはむくれたが、彼の耳には届いておらずすぅすぅ言っている。


「まあ、仕方ないですね。おやすみなさい。」


 スナネコはしゃがみ彼の頭を少し撫で、静かに部屋を後にした。

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